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いま俺は窮地に陥っている。

あれを凶器と言わずして何と言うのだ。

「はい、あーーーん v

伊集院はにっこり笑ってお箸をこっちに向けていた。

やめてくれ。

「…伊集院、俺は自分で弁当ぐらい食べられる」
俺は憮然として言った。
「竜くん。…私が知らないとでも?」
「…なんのことだ?」
知らない振りをして、目線を動かした。

まったく冗談じゃない。
弁当の件を俺が知ったことで伊集院は引くと思ったのに、反対に押せ押せ状態だ。
『 開き直りました 』
と、伊集院は言うが。

「それにしても いい天気ですね」
ウチの学校は屋上を普段から開放しているので、天気のいい日には生徒が昼食を取っている姿がよく見られる。
もっとも俺は弁当を作ってもらう前はずっと学食で食べていたから、あまり屋上で昼を取ったことはない。
お昼に来る伊集院を避けて屋上に避難したのだが…

「あ! 川原!」
友人の姿を見つけて、俺は呼んだ。
「おう、竜!」
川原はシュタッと右手を上げた。
「あ、伊集院さんも一緒?」
へらっと笑う。
コイツは女の子が大好きだ。
「こんにちは」
「あーあ、竜はいいよなぁ。かわりてぇよ」
「かわってくれ」
「またまたぁ、照れ屋だなぁ」

いや、マジで。

「竜くん」
伊集院がお箸を向けてジリジリと迫ってくる。

「う・・・」


「・・・・・・あ! UFOだ!



「え!どこ!?」


馬鹿め。

俺はひょいっと箸の先に乗っていたシイタケを取って、川原の口の中に放り込んだ。

「!? なにす…!」
「 伊集院の手作り弁当 だ」
「……ありがとう!!」
ガシッと川原は俺の肩を掴んだ。

礼には及ばないぜ。

「…竜くん〜〜!!」
「なんだよ」
シイタケ嫌いって、何を子供みたいに!!

うるせー。
アレは人間の食いモンじゃねぇ。

「だいだい嫌がらせか? 毎度 毎度シイタケ入れやがって」
「毎度って、毎度 食べないのはどっちですか!」
「残したことねぇだろ」 (← もったいないオバケが出るから)
「竜くんが食べなきゃ意味ないでしょ!」
「美味しいと思ってくれるヤツが食べた方が、シイタケのためにもなるってもんだ」
「屁理屈…」
「真実だ」

「ははは、すっかり夫婦の会話だな」

どこがだよ !

俺は呑気に笑う川原を蹴っ飛ばした。


「竜くん、携帯が鳴っているみたい」
俺の脱いだ学ランを指して、伊集院が言った。
「ホントだ」
ディスプレイを見ると、父親からだった。
引っ越して、家の電話は解約してしまったから、連絡は携帯を使うことになっていた。 しかし、その知らせは父親の会社のメールに入れたし、返事もメールで返ってきた。
いつも俺の居ないときを狙って電話を掛けてきた父親が、なぜわざわざ携帯に掛けて寄越したんだろう?
「もしもし?」
「竜也か?」
「なに?」
「……お母さんが、倒れた」
「って、どっちの」
俺には母といえば、血のつながった実の母親と、父の再婚した相手がいる。
まあ、義母が倒れたって関係のない俺に掛けてくるわけはないから、おそらく実の母親の方だろう。
そう思っていたら、案の定だった。
命には別状はなかったらしいが、母の再婚した相手から俺に連絡を取ってほしいと言われたそうだ。

「お前に会いたがっている」
「わかった」

俺は父親から病院と連絡先を聞いて電話を切った。


伊集院が、心配そうに俺を見ている。
病院の名前を書き留めていたからだろう。
「どうした?」
川原も眉間にシワを寄せて、訊いてきた。
「母親が倒れたってさ」
「お前、そんな落ち着いてる場合かよ!!」
「馬鹿、命には関係ないって。ちょっと入院するだけらしい」
「あ、なんだ、そうか。良かったな、大したことがなくて」
ホッと川原が息をつく。
俺もそうだな、と言って笑った。

「でも、まあ、そういうことだから、次の授業のとき早退したって言っておいて」
「おう!了解」
俺は川原に頼んで、弁当をもって立ち上がった。
弁当箱は洗ってから返すようにしている。 一応それが礼儀だと思うし。
じいちゃんがそういうのには うるさかった。

「竜くん!」
俺が屋上を出て階段を降りようとすると、伊集院が追って来た。
名前を呼びながら、勢いよく飛びついてくる。
階段に足を伸ばしかけていた俺は滑って、ずだだだん、と何段か下に落ちてしまった。

「殺す気か!!」

とっさに、手すりを掴んで留まった。
「だ、大丈夫ですか!?」

誰がやったんだ…

「あ、あの…」
言い辛そうな伊集院に、俺もピンと来た。
「なんだよ」
「これから お母様のお見舞いに行かれるのですか?」
「まーな」
「・・・・・・」
「あんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」
俺は、階段の真ん中から伊集院を見上げながら言った。
伊集院は近づいて来ない。

ジジイが、以前 俺のことを調査したと言っていた。
伊集院もそれを読んで、母親が俺を置いて家を出たことを知っているのだろう。

うんざりする。

俺の事情を知ったやつはいつもそうだ。
なんで、俺が気にしていないことを他人が気にするんだ。

俺は、気にしないといけないのか?

それを?

俺には どうでもいいのに。

だから、紙の上で俺のなにが判るって言ったんだ。

俺には なんでもないことなのに、大きな出来事でなくては いけないかのようだ。

俺にとっては、じいちゃんが死んでしまったことや、ジジイに会ってもう一度チャンスが与えられたことなどの方がずっと重要だった。


まぁ、そんなことは どうでもいい。
昼間のうちに病院に行っておきたいから、ノンビリしている場合じゃない。
さっさと行って帰って来ないと。
バイトもあるし。
「じゃーな」
俺は伊集院に背を向け、手をひらひら振って階段を降りた。


「一緒に、行ってはいけませんか?」

伊集院の声が、追い掛けてくる。


「はあ? 知らないオバサンに会ってどうすんだよ?」


「竜くんのお母様は すなわち 私のお義母さま ですから」

「いや、違うだろ」

俺のツッコミを無視して、伊集院は跳ねるようにポンポンと階段を飛ばして降りてきた。
隣りに立つ。
またもや くっついてきそうだったが、それは阻止した。


「授業があるだろ」
「成績がいいので平気です」
平然と言う。
「じゃあ代わりに受験してくれよ」
嫌です。
にっこり。
「ケチ」
「竜くんにケチって言われたくありません〜」
伊集院は澄ました顔をして言った。
ちっ。
由希と同じようなこと言いやがって。


「ホントに来るのか?」
恋人でも友達でもないのに、なんて紹介すればいいんだよ。

フィアンセですから!

・・・・・・もちろん、婚約者でもないし。
まあ、居候先の娘ってことでいいか。


俺が荷物を取りに教室に入ろうとすると、伊集院が立ち止まった。
伊集院も荷物を取りに行くのかと思ったら、俺のシャツのスソを掴んでいる。
「なに?」
俺が肩越しに振り返ると、伊集院は泣きそうな顔で俺を見上げていた。

「……駄目ですか…?」

周りに かき消されそうな小さな声。

「別にいーけど」

俺が言うと、伊集院はうつむいて俺の背中に額を当てた。





続き







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