HOME   15←back  HAPPY、HAPPY、LOVELY !  || 由希の話 ||  next→17






母親の病院は、高校からそう遠くない場所にあった。
いや、むしろ伊集院家よりも近い。

名の知れた病院で、金持ちの男と再婚している母親は当然のように個室だった。
その廊下一つとっても、はっきり言って病院じゃない。
高級ホテルだな。
絨毯が敷き詰められてたりするんだぞ?

俺は途中で買った菓子と花(伊集院のアドバイス)を抱えて部屋をノックした。

コンコン。

「はーい、どうぞ?」

「具合はど……」

「 おそい ! ! 」

スカーン、と空き缶が飛んできた。
危うく避ける。

「…っぶねー! 何すんだババアーー!」

「母親に向かってババアですって !!? 」

ぎっくり腰 で入院したくせに」

「骨折よ!!」
今度はスリッパが飛んできた。 もちろん、軽く回避する。
イキナリでも なかったら誰が当たるか。

「ああ、そうだった。 尾てい骨 骨折 だっけ」

「…かわいくなーーい! もっと可愛く産んであげたのにぃ〜〜」
「高校生にもなって可愛かったら、その方が問題だ」
俺は そう言って、菓子を無造作に手渡した。
父親の話によると、母は、階段から落ちて骨折したらしい。
母に甘い、今の旦那が大騒ぎをして、今回の入院となったそうだ。
そりゃ普通 尾てい骨 骨折くらいじゃ入院しないもんなぁ…。

母親はまだ可愛くなーいと繰り返していたが、花を見せると「あら?」という顔をした。
「竜が花っていうのも珍しいわね。ヤリが降るんじゃない?」
「俺じゃねーよ」
俺は背中に隠れている伊集院を前に出した。
「初めまして、伊集院 真琴と申します」
伊集院はどうやら突然のやりとりに驚いて呆然としていたようだが、慌てて挨拶をした。
ぺこり、と頭を下げる。
変な所は大胆なくせに、伊集院は こういう場面で はにかむ から 不思議だ。
「あら…あらあらあら?」
母親は素っ頓狂な声を上げて嬉しそうな顔をした。
なんか勘違いしているに違いない。
「私、竜くんの……」
と、言いかけた伊集院の口を、俺は慌てて塞いだ。
いったい何を言おうと思ったんだ。 油断も隙もないな。
「居候先の家の人」
用意していた言葉を言う。
伊集院は不満そうだったが、そんなことは俺には関係ない。

しかし・・・


こんな可愛い彼女と 同棲 なんて やるじゃない、竜 ! !


だから、違うって…

「親父から聞いてんじゃねぇのかよ?」

「ああ、おじいちゃん と同じ師匠についていた人のところにいるって話?
 そんな、誤魔化さなくていいのよ!

いや、真実。。。

お母さんは わかっていたわ!

何も わかってないぞ…

俺の冷たい目線もシカトして、母親は伊集院の手を握りながら「変な子だけどよろしくね」、とか何とか言っている。
あんたの方が、よっぽど変だ。

伊集院も そこで頷くな!!


ちらっと時計を見ると、かなり時間が過ぎていた。
「んじゃ、俺 帰るな」
俺はカバンを抱えて そう言った。
「ええ!?」
母は驚いた声を出し、伊集院から目を離して俺を見た。
「なんだよ」
「…遅れてきたくせに、もう帰ろうだなんて、いい度胸してるわね」
母は恨みがましそうな目で俺を睨む。
「遅れて…って、親父から電話あってから すぐ来たんですけど」
「うん、あんたは昼の内に来ると思ったわ」
ち、バレバレか…。

「竜也、顔を見せて」

母は、別れ際のいつもの台詞を言った。

そこで初めて、俺はベッド脇の椅子に座った。
目線を合わせるからだ。
母は、しばらく じっと眼鏡をかけた俺の顔を見つめていた。

「……行って」

「ああ」

母が目を逸らしたのを合図に、俺は立ち上がった。

「じゃーな」
「うん」
母と俺の別れの挨拶のあとに続いて、伊集院は、ぺこり、と頭を下げた。
相変わらず柔らかそうな髪は ふわふわと揺れている。


「やさしそうな お母様ですね」
伊集院が言った。
「空き缶を投げつけてくる母親が?」
俺は笑った。
「いえ、そうじゃなくて」
「…そーだな」
言いたいことは わかっている。
伊集院には『 子供を置いていった母親 』としかイメージがなくて、意外だったんだろう。
「お母様とは定期的に会っているんですか?」
「んー、まあ、最近は半年に一度かな。前はもっと頻繁に会ってたけど」

俺が声変わりをしているのに気がついて、母は泣いた。
自分では気がつかなかったが、まったく別人のような声になっていたらしい。
会わない内に目線が10cm変わってしまったこと、髭が生えてきたこと。
その度に、悲しい顔をした。

「新しい嫁ぎ先が金持ちだったんだ。連れて行けるわけないだろ」

伊集院家に育ったなら、わかるだろう。
連れて行けば、なんの血の繋がりもない俺に遺産相続権が出来てしまう。
しかも、長男として。
母の再婚した相手は もともと母の婚約者で、ずっと母が好きだったらしい。
はっきりとは言わなかったが、俺と暮らすのは嫌だったはずだ。
離婚が遅れたのも、母が俺を気にしていたからだ。

慣れない貧乏暮らしも、父と仲の良かった頃は耐えられただろうが、それさえもなくなって、何もかもが投げ出したいくらいに苛立たしかったろうと思う。
まあ、他にも色々事情が重なって、結局、別れて暮らすことになったけれど、仕方ない。
捨てられたと考えた、なにも判らなかったガキのときとは違う。

もう、どうでもいいじゃん?
お互い幸せに生きてるんだったらさ。



「お母様、竜くん そっくりでした」
駅のホームで電車を待っていると、伊集院が言った。
「よく言われる」
母の、肩よりも短い真っ黒な髪や、鼻、口。 どうやら俺は、母親似らしい。
「手は父親似だけどな」
ヒラヒラと左手を振ると、伊集院はその手を取って、じっと観察し始めた。

・・・・・・おーい、手なんか見て 楽しいか?

「どんな所が似ているんですか?」
「大きいし、中指が短いとか、薬指が横に反り返ってる、とか」
母親が、以前そう言っていた。
「本当、私の手よりずっと大きい」
伊集院は、自分の手の平と俺の手を合わせて、笑った。
確かに伊集院の手は小さくて、指先は俺の第一関節にも届かないくらいだ。
身長も20cm以上は違うから、伊集院が俯くと顔が見えない。
ふわふわの髪が伊集院の肩を覆っていた。

・・・ん?
目線を感じる・・・

振り返ると、微笑ましそうに見ているオバサンや、『 いちゃついてんじゃねーよ、バカップル 』という冷たい目が・・・


ち、違う ! !
これは違うんだー ! !



俺は慌てて伊集院の手から自分の手を抜いた。
すると伊集院はムッとしたのか、今度は腕を組んできた。
「バカ、伊集院、離せ!」
「い・や」
そう言うと、伊集院は振り返って、見ているギャラリーに向かって にっこりと微笑んだ。
あー・・・男共はヤラレタ。
女達も顔を赤くして見惚れている。
すげえ・・・と俺がしばし感心していると、電車がホームに入ってきたので、ぼーっとしている人々を置いて電車に乗り込んだ。

そして・・・電車に乗ってしばらく経って、俺は ずっと腕を組んでいたことに気がついたのだった・・・






■由希の話■
由希から見た竜と真琴の話











HOME  HAPPY、HAPPY、LOVELY ! 1 5 10 11 12 13 14 15 16 17

和書トップ100   音楽100   ビデオ100   DVDトップ100
サーチ:
Amazon.co.jp
和書ページ   音楽   ビデオ   DVD   ソフトウェア   TVゲーム