「竜くん!」
「だー! 追い掛けて来んな!!」
・・・今日も、元気に二人の追いかけっこは続いている。
俺は いつもの場所で読書をしながから二人の声を聞いていた。
(いい加減、竜也も観念すればいいのにな)
のんびりとそう思いながらも、それでこそ竜也、という気もする。
まあ、嫌がる竜也を見るのが俺の楽しみだし。
『 竜也 』と俺が呼び続けるのも、一種の嫌がらせだ。
アイツは竜と呼ばれる方を好む。
「由希!」
間近で声がした。
振り向くと、俺の静かな聖域に竜也が入り込んでいた。
「・・・お前・・・」
「まいてきたからさ」
俺が不平を口にする前に、竜也が先に断りを入れる。
図書館の奥にある屋根裏部屋は、日当たりもよくソファも置かれているのに、知る人は少ない。
俺は図書館の資料倉庫から行けるのを偶然に発見し、それ以来 自分の場所として使っていた。
以前 俺を探しに来た竜也には知られてしまったが、他には知っている奴もいない。
新卒で来た司書は、用事でもなければ暗い倉庫には近寄らないし、旧制中学だった頃の教科書や製本の古い文書がひっそりと置かれているだけなので、よっぽどの物好きでもなければここに足を踏み入れることはない。
その奥に、こんな屋根裏部屋があるなどと知っているのは、まあ、このソファを置いた人物くらいか。
きっと、自分のような変わり者が何年か前にもいたのだろう。
俺が初めて来たとき、それはホコリを被って、変色していた。
「あー疲れた」
そう言って首を鳴らす竜也を、俺は冷たい目で睨みつけた。
「本当に撒けたのか? あの子も、一応 お前の師匠の弟子にあたるわけだろ?」
「勘弁してくれよ…。撒くことぐらい出来るって」
竜也は嫌そうに顔を歪めて、ドサッと乱暴に腰を下ろした。
向かいのソファに、だらしなく寝そべる。
「勝負したことないんだったよな? 案外 竜也より強かったりしてな」
「さあ…知らね」
竜也は俺の挑発には乗らず、眠そうに欠伸をした。
そのまま ここで一眠りするつもりらしい。
「勝負したいとは思わないのか?」
なおも俺が言うと、竜也は目を開けて俺を睨んだ。
「眠い」
そう言って、俺に背を向けて昼寝用に持ち込んであるケットを被った。
コイツは俺が判って訊いているのを知っている。
竜也は たぶん彼女よりは強いのだろう。
ただ、手加減できるほどには差がないのだ。
竜也にとって、強い奴と戦うのは最高に面白いことである。
それにしか興味がないと言ってもいいくらいだ。
しかし、やはり女の子を傷付けるのには躊躇いがあって、本気で勝負をしたら傷付ける可能性があるし、かと言って、きっと手加減できるほど力の差はない。
年下の女の子相手に手加減も出来ないというのは、竜也にとってはかなりの屈辱のはずだ。
しかし それ以上に、戦ってみたい、と思っているのが見て判る。
(格闘バカだからなぁ)
すでに ぐぅぐぅと寝息を立てている竜也を見ながら、俺は初めて話した、中学のときを思い出した。
弟のテツが竜也の祖父が開いていた道場に通っていて、話は聞いていたし、何度か見かけたこともあった。
よく笑うヤツで、俺はアイツの笑い声しか聞いたことがなかった。
中学で、同じクラスになったが、竜也は俺の顔を覚えておらず、テツから俺が同じクラスだと聞いて初めて話し掛けてきた。
『 似てね〜 』
そう言って宜しくな、と笑った。
笑顔が、自然に出るヤツだと思った。
変わったと言われる竜也の、それが一番 変わった所だろう。
笑わなくなったわけではない。
その質が、変わっただけだ。
祖父が死んで道場は売られ、竜也は家に帰らなくなった。
父親が再婚した妻を連れて転勤するまで、それは続いた。
新しくアパートを借り、一人になって やっと普通に帰るようになった。
『 変わっていない 』
そう、伊集院 真琴は言ったらしい。
テツの話によると、彼女が昔 会った竜也と今の竜也は、やっぱり、同じだと言うのだ。
『 変わったよなぁ? 』
テツはそう俺に訊いた。
俺は、それに答えなかった。
馬鹿だな、と思いながら。
テツ、お前は考えても無駄なんだよ。
変わったなら、お前はなんで未だに懐いてるんだ?
アイツが、結局、アイツだからだろうが。
竜也もテツも感覚で行動する種類の人間だ。
すぐに頭が回転してしまう俺には信じられない。
俺の頭は、意識もせず あっという間に 自分の損得を弾き出すというのに。
アイツらの全ては感覚で、理由を聞いたら、『 なんとなく 』。
訳のわからない嗅覚で、自分の選ぶ道を知っている。
憎たらしいヤツら。
見ていて飽きない。
本能で動くから、困難にもお構いなしで足を突っ込む。
あとで何故こんなことをしているのかと疑問に考えても、すでに遅い。
理由は出ない。
馬鹿なヤツら。
物事が計算され尽くされ、退屈する俺のヒマ潰し。
きっと、コイツらが居なければ俺は退屈を持て余していただろう。
最近はそこに伊集院 真琴が加わって、面白いこと この上ない。
『 性格わりぃ 』
竜也の俺に対する評価。
うん、流石よく判っていらっしゃる。
よく寝たァ、と竜也が起きた。
俺も竜也も選択授業が休みで昼休みから空き時間だったのだ。
「さて、授業に行くかね…」
伸びを一つして竜也が言った。
「お前 真琴ちゃんから逃げてきて、昼飯は?」
「弁当は食った」
「なんで追いかけられてたんだ?」
「あいつ嫌がらせで必ず俺の嫌いなもの入れてくるんだよ…川原に食わせてやったがな!」
ふはははザマを見ろ、と竜也が高笑いをする。
まったく もってガキだ。
それでも、はじめに比べれば彼女に対する態度は軟化した。
彼女の方もそれには気づいているだろう。
(まぁ…勝負したいと思っているからだと知ったら…ショックだろうけど)
そう、竜也は強い人間に目がない。 というか、強い相手との勝負が大好きだ。
恋愛事も、追い掛けてくる彼女に掴まったら負けだとでも思っているようなフシがあるので、手に負えない。
まぁ、俺には勝負の行方は、見えているけれど。
最近は隙あらば彼女にキスされ、竜也は既に慣れてしまったようだ。
お見事、としか言い様がない。
「お前、もうちょっと粘ってくれよな」
「はぁ?」
「じゃないと、面白くない」
「なんの話だ」
竜也は意味がわからず片眉を上げた。
「こっちの話」
俺はニヤッと笑ってみせた。
「変なヤツ」
呆れた声を出す。
「お前ほどじゃない」
俺がそう返してやると、どっちがだよ、と笑った。
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