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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − school festival −





「あ〜〜暑いーー」
「お前のその間延びした声の方が暑苦しいわ!」
どうにかならんかねー、この残暑は。
夜はだいぶ涼しくなったが、日中はやはり暑い。
「竜、これ何だっけ?」
「あー? 俺に古典を訊くなよ」
隣りに座った川原は追試の勉強にうなっている。
高校ラストの夏休みを部活に捧げた川原は、夏休み明けの試験も哀れな結果だったらしい。
「俺に後悔はない!!」
「おー、じゃあ大人しくやれ」
「むむ…」
川原は唸って、バタッとテーブルに突っ伏してしまった。

最近は伊集院が忙しいので、 学食で昼飯を食べていた。
テーブルの向かいでは、力尽きた川原を無視して鈴木がのんきに茶を啜っている。
「竜、この前の模試の結果どうだった?」
「ちょっと上がったかなー」
英語のむちゃくちゃな特訓も無駄ではなかったようで、英語も安全圏内に入ってきた。
「古典は?」
きかないでくれ。
もう理系でカバーすることに決めました。やっても無駄。 漢文はまだ文法に沿っているからできるけど古文は無理。
昔の人の情緒なんてわかりませーん。  ←ひらきなおり
「何えばってんだよ…」
鈴木が呆れた声を出した。俺と川原を見て駄目だコリャとか失礼なことを言っている。
いやだって古文の単語ひとつ覚えるなら英単語みっつ覚えた方がまだ早くて点になるよ、俺の場合。
「あ、竜…」
「え?」
鈴木の目線を追うと、伊集院が学食のレジに並んでいる。手にサンドイッチと野菜ジュースを持って、目の前に並んだ男と話していた。
誰だアイツ。
「あー、いいなあ、竜はいつも家に真琴ちゃんみたいな可愛い子がいて!」
うらやましい〜〜と川原が騒ぐ。
コイツは男だらけの三人兄弟なので、女に対する期待が過剰なのだ。
「帰ったら、おかえりなさいとか迎えてくれる子が…カー!いいなー!」
「馬鹿だろお前」
まぁ知ってたケドな?

だいたい、最近といったら全然伊集院と顔なんか合わせてない。
あの日、伊集院も俺が元気だと安心したのか、またメールが来るくらいの擦れ違い生活に戻っていた。
なんだかなー、俺は元気が出たって言ったんであって、元気だったとは言ってな…

つうか、誰だよアイツ。

とっくに別の話題に移っている川原と鈴木を無視して、俺はイライラと伊集院と話している男を眺めた。
おい、レジ済ませたならダラダラといるなよ。並んでる連中に邪魔だろ。伊集院もカネ払うのに集中しろよな。返事なんていいから。

伊集院は男に話しかけられていることにいちいち律儀に返している。
男が何かを言った。
伊集院がふたつに結んでいる三つ編みの片方を見る。
ちがう、と言うように男が手を振った。
よく見ると、もう片方の三つ編みが乱れて取れそうになっている。
男は、手を伸ばして、伊集院の髪に…

ガタンッ!

「え?竜?」
突然立ち上がった俺に川原がどうしたんだという目を向ける。
それを俺は無視してズンズンと歩いた。

「よ、伊集院」
後ろから肩に手を回す。
身長の低い伊集院は、首を逸らして俺を見上げた。
「りゅうくん!」
パァという効果音(と花)が出ているんじゃないかというほど、大きな笑顔になる。
俺はというと、じろじろと目の前の男を見ていた。
……やっぱり知らん。
身長は俺より少し低いくらいで、髪の毛はツンツンと立てた短髪の黒。ちょっとタレ目。上履きからすると二年だ。
俺が見覚えがないのだから、伊集院のクラスのヤツじゃないだろう。いちおう体育祭で顔くらいはみんな知っている。
「あ、一宮先輩、こんにちは」
ぺこり、と軽く目礼する男は、片手は頭の後ろ、片手はビニール袋と財布。
伊集院の乱れた三つ編みはちゃんと伊集院自身の手の中に収まっていた。
触らなかったらしい。
「…ちわ」
俺が挨拶を返すと、
「先輩も来て下さいね!」
と、意味不明なことを言われた。
「じゃ、また」
「うん」
伊集院が笑顔で手を振る。……また?
「だれアイツ」
「やだ竜くん、知らないんですか?」
呆れた、という顔で伊集院が俺を見た。
…なんで俺が知ってなきゃいけないんですか。
むっつりと黙る。
「も〜〜。朝居くん。文化祭の実行委員長ですよー」
何度か朝会でも前に出て話していましたよ?と伊集院に言われて、そのときの様子を思い出そうと……だめだ、寝てた記憶しかない。
「そっか、実行委員の手伝いもするんだっけな」
「そうですよーだから竜くんとのラブラブ生活が…」
「誰がラブラブ…って、離せ!くっつくな!」
いつの間にか伊集院がぎゅうぎゅうと抱きついてきていた。
「やーですぅ〜」
俺は学食で見世物をするつもりはないんだ!
くっついてくる伊集院を引っぺがそうとすると伊集院はますます力を込めた。
「やーだ〜〜! 充電くらいさせて下さいー」
くっそ…、このバカ娘!
俺は周りの生温い視線にヤケになって、伊集院の乱れた三つ編みを軽く引っ張った。
「旧校舎でさせてやるから…」
耳に囁く。

とたん、パッと伊集院が離れた。
耳を押さえて真っ赤になっている。

なんだ? させてやるって言ってるのに喜ばないのか??
目尻を赤く染めて睨みつけてくる伊集院を見る。
もしかして周りに聞こえないように小さく言ったのが気に入らない? 周りに見せたいの?露出狂ですか?
まぁいいや。
俺は伊集院が離れたのをいいことに、学食の出口に向かって歩き出した。
しばらく伊集院はボーっとしていたようだったが、慌てて追い掛けてきた。
「に、逃がしません!」
シャツを掴まれる。
ちっ。

つかまったので仕方なく俺はそのまま伊集院と学食をあとにした。



…のだが。

すっかり忘れていたのだ。

「おーい、竜…」
「食器 置きっぱなしなんですけど…」
「片付けてけ、とか言ったら…」
「馬に蹴られる、よ、な…」

「……」
「………」
「………なあ鈴木クン」
「…なんだい、川原クン」


「充電が必要なのって……………」

「…皆まで言わなくていいぞ、川原クン」




「もう、さっさと一人で行っちゃうんだから」
パタパタと付いてきた伊集院は、中庭に出ようかというところで不平を言った。

何でもさせてくれるって言ったくせに」
「何でもとは言ってねえ!」
充電させてやるって言っただけだ!
伊集院の手の中にあるシャツを振りほどく。
手の中が空になった伊集院はますますプゥと不満顔をした。

旧校舎は中庭を上履きのまま突っ切り、部室が並ぶ一帯の、さらに奥にある。 旧制中学のころからある陵湘は、開発が進む前に開設されただけあって無駄に敷地が広い。

「あ…金木犀の香り」
伊集院が辺りを見渡す。手入れもされず草木が好き勝手に伸びている旧校舎の中庭の端に、ひっそりと金木犀の木は立っていた。
濃い緑の葉に隠れて、小さな花は集まり咲いている。
「毎年、香りがして花に気がつくんだよな」
近くに寄った伊集院の後ろに俺も行く。
「竜くんが風流なこと言ってる〜〜」
「俺ほど風流人はいねぇ」
伊集院はよけいに笑う。
まったく失礼なヤツめ。
本当は、金木犀がじいちゃんの道場の裏に生えていたから知っていた。銀木犀と一対にして植えたのは、ばあちゃんだという。
今はもう存在しない裏庭を思い出して、眺める。
「りゅーうくん」
伊集院が俺を見上げて両手を広げた。
ちょこん、と首を傾げる。

「充電、させて?」

「イ…」
「えいっ!」
「うぉッ」
つい反射でイヤだと答えそうになった俺に伊集院が飛びついた。
ほとんどタックルだ。
「信じられねえ」
口から昼メシが飛び出そうになったぞ!
「男には二言はないはずでーす!」
「男は嘘吐きだぞ?」
信じてはいかん。
「わーい竜くんだ」
…聞いてねえし。

俺は諦めて伊集院の背中に手を回した。
伊集院の身長が低いので髪がちょうど頬にふれる。
シャンプーの他に僅かに甘い匂いがする。
伊集院の匂いだ。

どちらともなく溜息が漏れた。

ほぅと吐息が伊集院の唇から俺の肌にかかる。
「気持ちいい〜…。安心する…」
伊集院が俺の肩口に頬をよせて呟く。
「…うん」
温かくて柔らかい。
ただ抱きしめるだけでホッと安堵する。

……なんなのだろう。これは。

ふれあっていることが本当の姿で、完全であるような。
重なった二人の温かみが、真実の体温であるような。

世界の全てが満たされる錯覚。


「竜くん」


もっと。
もっと近づけば、


もっと     






……って、危ねぇええ〜〜〜 !!!


何しようとしたの?俺?
えええ?!!!

慌てて伊集院の肩を掴んで引き離す。
「竜くん?」
きょとん、と驚いている澄んだ茶色の目。
何も気がついていない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・逃げるが勝ち。



「えっ、ちょっ……竜くん!?」

先人の言うことは正しい。
うむ。

「授業が始まるのだ!さらば〜」
「まだ全然……竜くん〜〜?!!」


伊集院の呼び止める声を無視して、俺はスタコラと旧校舎を後にした。






つづく




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