幸いにして伊集院とは顔を合わせることなく文化祭前日になった。
メールは来ていたが、『突然にして尿意に襲われたのだ。悲劇だ』という適当な返信に納得したのかしないのか諦めた様子。
ふーやれやれ。
「じゃあ明日の準備よろしく~!頑張っていきましょー」
「おー!」
「へーい」
「まかしとけー」
三年のレッドメンバーから気の抜けた返事が返る。
今日は一日文化祭の前準備だ。
うちのクラスは、いわゆる「ゲームセンター」。
高校最後の文化祭、やりたいヤツはしっかり参加、勉強したいヤツは有効に時間を使えるという、なかなか考えられた企画である。
「お、これ欲しいなー」
賞品を見て鎌田が言う。
「俺はコレだな」
「私コレ♪」
西田と坂井も混じって、好き勝手に物色している。
「ほしければ勝負に勝ってねー」
その後ろから烏山(からすやま)の冷静な声が入った。
賞品は、
『引き出物でもらったけど使わないタオル・食器』
『新型を買ったから使わなくなったプレステ2』
なんてモノも混ざっている。
クラスメイトから募集すれば意外に掘り出し物があるもんだ。
もちろん予算で買ったものもある。
「企画のメンバーは最後の打ち合わせをするからコッチに集まって~」
高岡が手を振る。
お祭り好きな連中を中心にしたメンバーが教室の端に集まった。
「じゃあゲームメンバーこっち」
「賞品はこっちー」
声に合わせて、あちこちに輪ができる。
俺はやる気がないのでゲーム班だ。
決められた時間の当番だけで、前準備などはいらない楽な役。
「じゃあ川原は明日10時から12時まで当番ね」
「へーい」
由希や川原など特別にゲームに強い人物は、『この人に勝ったら賞品1つ好きなものを選べる!』というのに参加する。
俺は、簡単なトランプゲーム『スピード』の勝負に出ることになっていた。
「竜は12時から14時まで、と」
「ほいよー」
予定表を確認する鎌田に返事をする。
将棋に囲碁の他に、トランプゲームもあれば、テレビゲーム対戦まで色々ある。
「竜は明日 陵ONEだろー?」
「ヤラれるために出るようなものじゃねえの?」
ゲーム班の奴等が言う。
まぁなんとでも言ってくれ。
「あ、でも、沢田のヤツが昔 竜に負けたことがあるって」
「げぇホントかよ?一宮?」
「小学校のときの話だけどな」
「……ホントに昔だな」
全くだ。
「 だいたい、竜に勝ち目はあんのか?」
「 毎日 真琴ちゃんと
花婿修行に明け暮れている
だけのくせに」
「そんな修行はしてねえ。」
「くっそー! 一宮などメッタクソにやられてしまえ!!」
「真琴ちゃーん!!」
「はーなーせ~~!!」
俺は純粋にジジイと修行しているだけだーー!
「お取り込み中ですか?」
ピタ。
「竜くん、後のほうが…?」
「いらっしゃい真琴ちゃん!」
「ぜんぜんヒマだから!」
「そうそう!」
「さ、どうぞどうぞ!」
俺を羽交い絞めにしていた連中は、俺を放り出して、伊集院にイスを勧めた。
くそー、覚えとけよお前ら!
「お邪魔します」
半分ドアに隠れていた伊集院が、ぺこっとして教室に入る。
………って…
何その格好?
「やっぱり真琴ちゃんがアリスだったんだ~!」
「かっわい~~!」
喫茶の準備をしていた女子からも声が上がる。
坂井にいたっては抱きついていた。
「ねえねえ、リボンは?」
「当日まで秘密なので」
「え~~」
さっぱり意味がわからん。
伊集院の格好は、ふわふわと広がる青いスカート。
白いレースふりふりのエプロン。
長めの白靴下に、長い髪は下ろして……何そのマニアック。
「なあに、まだ知らなかったの?」
高岡が呆れた顔で俺を見た。
「今年の文化祭のテーマは?」
「知らん」
メイド喫茶ではなかったはずだが。
腕組みをする俺の横から、川原が、
「ワンダーランド~!」
と手を上げて答えた。
「あー?」
もしかして……………
『不思議の国のアリス』?
「ひとたび足を踏み入れれば~♪ ワンダーランド♪」
「陵湘祭はワンダラ~~ン♪」
適当にメロディをつけて川原と坂井が歌う。
ニヤリと顔を見合わせて拳を合わせる体育会系お祭り人間ふたり。
お前らなぁ・・・
「ワンダーランドから連想して、実行委員は色々なキャラクターで歩くんです」
伊集院が笑って説明する。
「へー…」
なに考えてんだ実行委員・・・
俺は伊集院の奇妙な格好を眺めながら呆れてしまった。
「それで、なんか用だったんじゃねえの?」
「え?」
「だから、なんか用で来たんだろ?」
わざわざ三年の教室まで。
俺は奇天烈な姿の伊集院を見下ろして訊いた。
「うっわー…」
「信じらんない」
「鈍っ」
「 激にぶっ 」
あちこちから俺を非難する声が上がる。
「竜くんに見てもらいたかったに決まってんじゃなーい」
「そうよ~」
「愛しの竜くんにー」
「 大好きな竜くんにぃ~~!!」
うっさいわお前ら!!!
気色悪い!
俺は手に持っていたトランプを男どもに投げ付けた。
ニヤニヤする連中を睨みつけると、
「竜くん」
くいくい、と伊集院が俺のシャツを引いた。
「あんだよ」
「あのね、この衣装、一生懸命作ったの」
「え?手作り?」
これ?
へぇ、すげえ。
「あ、もしかして泊り込みで準備してたのって衣装?」
「はい。衣装や小道具を」
「へーー」
なるほどなー。
これなら確かに手間が掛かりそうだ。
「とても気合を入れて作りました、私」
伊集院がキラキラといつもより何割増しに目を輝かせて言う。
「だって ふわふわフリルなんて
竜くんが大好きな格好 じゃないですか! 」
だからそれは誤解だ!
「うっわーマジ?」
「一宮ってそういう趣味?」
「いやっ不潔よ竜くん!」
「まさか家でもさせてるんじゃあ・・・」
ちっっがぁーーーう!!
ちっくしょー、伊集院ワザとだな!
「いい根性じゃねーか」
「竜くんと付き合うならこのくらい」
すました顔には、この前の仕返しだと書いてある。
まったく…。
最近はシズカや由希にどんどん似てきて根性が悪くなっている。
「誤魔化されたことにしてあげるのは今回だけですからね」
プンと顔を背ける。
ちっ。
やはり不幸な出来事では納得していなかったか。
「…と、それはそうとして」
どうやら気が済んだらしく、アッサリ伊集院が話題を変える。
本当に切り替えの早いヤツだ。
「持ってきました」
ぴらっと黄色い紙を伊集院が俺の前に出した。
「おお!食券!」
二年のレッドがやる和風喫茶の食券だ。
「ほしいって仰っていましたよね」
「さんきゅー!」
やったやった♪
ほれ見ろ。やっぱり用だったんじゃねーか。
コレを渡しに来たんだろー。俺は まちがってない!
「あ、そういえば…」
食券を見て思い出す。
このまえ二年の黒木が、伊集院と来たら お好み焼きサービスするとかなんとか…。
「……うーむ」
「なんですか?竜くん」
じろじろと伊集院を見下ろした。
首を傾げる伊集院の髪がふわふわとレースを揺らす。
「…いや、なんでもない」
冗談じゃねえ。
こんな格好の人間と歩けるか。
無しだ、なしなし。
「…竜くん?」
「なんでもねえって」
「………」
伊集院がプクーとふくれる。
ムシ。
「…竜くん、もう一つ忘れていました」
「あ?」
「これ…」
そっと紙袋を手渡された。
「プレゼントです」
「ああ?」
ガサガザと開けると、そこには。
バニー。
いわゆるウサギ耳。
「あ、そっか」
「お茶会の」
「真琴ちゃんは竜を追ってきたわけだから…」
「真琴ちゃんがアリスなら」
「 竜くんはウサギさんv 」
アホかーー!
「よっ!ウサギちゃん!」
「つけてつけて!」
「可愛い~~竜ウサギちゃーーん」
「耳つけてあげようか~?」
黙れ!
近寄ってくんなー!
ノリノリの奴等に押さえ込まれ、今にもウサギ耳を着けられそうになる俺。
「今回だけって言ったでしょ」
にっこりと伊集院が微笑む。
「くっ…!」
覚えていやがれ!!
「ああ面白かったー!」
「いいもん見れた!」
「真琴ちゃん、明日ゲームしに来てね~!」
クラスの面々から声が掛けられ、伊集院はハイと笑顔で応じる。
俺はというと、荷物を背負ってムッツリと下駄箱へ向かった。
押さえつけられウサギ耳をつけられ。
挙句の果てには写メになり。・・・・・・・・・・凌辱された気分です。
「ちょっと待ってってば!竜くん」
「(無言)」
「竜くんってば」
「(無視)」
「………ふーん、あっそ~」
「これ、おじい様や兄さまにも送っちゃおー」
「すみません、なんでしょうか伊集院さま」
これ以上 辱はずかしめるのは勘弁してください。
「明日はもちろん一緒に回って下さいますよね?」
「いやです」
「………」
…おもむろに携帯を取り出すのは止めてください。
行きますよ行けばいいんでしょ!
くそう。
忘れてたけど、コイツは末っ子のお嬢さまなんだよ。
我がままじゃないはずがないんだよ…!
「まぁ仕方ない…」
さすがに明日一日中この格好で歩き回るわけじゃないだろう。
「仕方ないってなんですか、仕方ないって」
ぷぅと頬をふくらませて伊集院は俺の腕を叩いた。
そのまま、するりと俺の手の中に自分の小さな手を忍ばせる。
「明日、頑張ってくださいね」
指と指を絡められてしまえば、手を繋いで歩く羽目になる。
「応援いきますから」
「別に来なくてもいいよ。よゆーだから」
靴を取り出すために指を外そうとすると、伊集院がぎゅっと力を入れた。
「待って」
「あんだよ」
両手で、俺の両手をぎゅうと握る。
目を瞑って、数秒。
「はいっOKです」
パッと笑って手を離した。
「なんなんだ」
「いま手からパワー送っておきました♪ これで明日は大丈夫!」
バッチリです、とVサインする伊集院。
まったく。
「まだ準備 残ってるんだろ」
「はい」
「頑張れよ」
そう言って頭をグシャグシャとすると、伊集院は顔を綻ばせて、
「私も竜くんからパワーをもらいましたから」
と、笑った。
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