そして、文化祭当日。
「なんでアリスのまま?」
ありえねぇ。
待ち合わせた場所に行くと、伊集院は昨日のアリスの格好だった。
さらに。
頭に赤いリボンを着けていた。
ほんとにありえない。
なにそのハデさ?
「もちろん、その格好は着替えるんだろーな?」
「いえ、この格好ですよ?」
Why ?!
「え、だって着替えたらみんなが困るし…」
なぜ。
キミのその可笑しな格好を見なくても困らんだろう。
「やだ、竜くん知らないんですか?」
「知りません」
ここ最近そのセリフばっかり聞いてる気がします。
隠蔽された匂いがぷんぷんしますよ?
「えーと、スタンプラリーみたいなものをするのは知ってますよね?」
「色んなところを回った人がスタンプを集めて、3つなら、5つなら…って何か貰えるヤツだろ?」
でもアレは外部から来た人たちだけだったような。
「ええ、陵湘生はスタンプを集めても流石に品物はもらえないことになっているのですが…くじ引きに参加できるようになります」
「くじ?」
「はい、特賞が『国内温泉旅行』です」
「おお?!」
そりゃまた豪華だね!
温泉…いいなー。
「って、貰っても行けねえよ」 ← 受験生
「いえ来年の三月まで有効なので」
「あ、卒業旅行にも使えるってわけか」
いいじゃん。
こりゃ狙うしかねえなー。
温泉が俺を呼んでいる!!!
…と、ちょっと待て。
「それとアリスのどこが関係あるんだよ」
なんもねーじゃん!
「うーん、ダブルチャンス、というか自分のところが忙しくてあまりあちこち行けなかった人のために」
「ために?」
「クイズがあるんですよ」
ほう?
「アリスの頭のリボンが何色だったか、うさぎのネクタイの模様やハートの女王の髪型はどうなっていたか、そういう色々なクイズで」
ほー。
「それをクリアしたら一回分の抽選権利に」
なるほど。
「…って竜くん」
「なんだ?」
「明らかに逃げているように見受けられますが?」
あったりまえだろ !
一緒に歩いたら見せモンじゃねーかっ
後退りしていた身体を翻ひるがえす。
「あー!逃げるんですか!」
「約束はなかったことに!」
「男が二言をつくんですか!?」
「俺は二言でも三言でもつくぜ!!」
「そんなこと自信満々に 言わないで下さい!!」
知るか!!
「竜くんの嘘つきーーー!!」
その格好で追い掛けてくんなーー!!!
ちくしょークラスの奴らめ!
賞品のことを俺に黙っていやがったな!!
賞品のことはもちろん、この格好のコイツと約束して恥をかくことも想定内だったに違いない。
「ねえ、あれ、アリス・・・」
「リボンは赤?!」
俺、他人ですからっっ!
すたこらと逃げ出した俺は、校内の隠れ部屋に潜り込んだ。
そして。
「・・・ふぁあァ~~」
寝てしまった。
いくつかある校舎の隠れ場所(昼寝場所)だが、伊集院にバレてしまっているところ以外にも、二年半在校している俺にはまだまだ隠し部屋がある。
時間を見ると、11時だった。
クラスの当番が12時からなので、昼飯を食べてから行けば丁度いい時間だ。
(けっこう人が来てるなー)
俺がのん気に寝こけている間に、文化祭は結構な人出になっていた。
体育祭のときのように地元の人たちや、来年受験を考えている中学生も見学ついでに来ている。
「ね、あの人、もしかして…」
「ウソぉホントだ」
ん?
見られている気配がして向かいから来る女の子二人を見る。
二人はキャアと言って俺の隣りを通り過ぎていった。
「目が合っちゃった!」
「やだぁ見てたの判ったかな?!」
・・・え。
なに?
後姿の赤チェックのスカートは近くの女子高のものだ。
(なんだ?)
陵湘の近くにある女子高の生徒が俺を知っているわけがない。
(誰か似たヤツを知ってるのかな)
頭を捻りながら、黒木から貰った食券を出そうとポケットに手を入れる。
伊集院と一緒に来いということだったが、まぁ『リボンは赤』だと伝えれば問題ないだろう。
こういうものは、実際に見ていなくても周りから聞いて最終的には全生徒が知ることになる。
結果的には全員がクジに挑戦できるように工夫されているのだ。
さーてメシメシ♪ お好み焼・・・
「あーー!!」
叫び声にビックリして前を見ると、今度は中学生が俺を指差している。
近所にある第一中のセーラー服を着たガキが三人、俺を見ていた。
「 リョウ君ですよね!!」
「は?」
「リョウ君ですよね!」
「はぁ??」
俺はリュウ君です。
ガキんちょ三人娘に取り囲まれた俺は、意味がわからずジロジロ見られるままになっていた。
「なん・・・」
「あたし、絶対リョウ君がイイです!」
「頑張って下さい!!」
・・・なにを?
「 カツヤ なんかに負けないでくださいネ!!」
いや誰だよソレ
「応援してます!!!」
だから何をだよ!!!!!
キャイキャイと言いたいことだけ言って去っていく中学生の後姿を呆然と見送った。
・・・・・・・なんの話ですか。
頭がぐるぐると回って状況判断しようとする。
そういえば・・・
食券を取り出そうとしてズボンのポケットに手を突っ込んだままの姿勢で、俺は、よくよく周囲の気配を探った。
そういえば さっきから なんか・・・
すっっげぇ 視線を感じる・・・!!!
え、なんで?
昼寝してただけなのに? ヨダレ垂らした跡でもある?
だらだらと冷や汗をかきながら、壁に手をついた。
そこには・・・
「 なんっじゃ コリャーー ?!! 」
デカデカと俺の顔写真が貼ってあった・・・
「ちょ、ちょっと待て」
なんだこれ。
壁に顔を近づけてポスターを凝視する。
俺の顔と、もうひとり。
唐沢の顔。
(陵ONEのポスター?)
K1もどきは、陵ONEというイベント名で開催されるが、そのポスターらしい。
しかし…
(前に見たときはこんなんじゃなかったよな?)
確か全出場者の小さな顔写真が並んでいるだけだった。
「えーと、なに…」
「『 今回の陵ONEではなんと!あの映画【夏の日】』…ってなんだよ、『にライバルとして出演した二人が対決!』」
「『 カツヤこと唐沢勝時、リョウ君こと一宮……』って、しゅ…つえ~~ん?」
思わず大きい声が出た。
身に覚えがないことが堂々とデカイ字で書いてある。
映画ってなんのことだよ?!
『 カツヤこと唐沢勝時、リョウ君こと一宮竜也が、陵湘のNO.1を決定する陵ONEに登場する!』
『 二人が相まみえるのは準決勝だが、両者ともに実力者。期待が寄せられる』
っつうか・・・
映画ってなんのこと?!!!
「あれ? 一宮?」
呆然としている俺の後ろから、高岡が話しかけてきた。
「もう交代の時間でしょ?」
さ、行きましょ、と背中を押される。
「あ、え、嘘? 俺まだ昼メシ…」
グゥと丁度よく腹が鳴った。
「あらら。真琴ちゃんと食べてこなかったの?」
「いや伊集院とは…」
ハッと、そこまで言って気がついた。
映画って・・・そういえば伊集院が夏に・・・
『 映画の、真琴ちゃん相手役 』
そうだ唐沢も出てたんだ!!
「待て高岡!」
ぐいぐいと背中を押す高岡にストップをかけた。
「なによ、お昼なら買出し班に頼めば」
「メシのことじゃなくて!」
いや、それも重要だけど、今はそうじゃなくて!
「な、これ見た?」
ポスターの映画という文字を指差して訊く。
「ああ、真琴ちゃんが出たっていう…まだだけど」
高岡は立ち止まってじっくりとポスターを眺めた。
「…一宮も出たんだ。へえ」
「出てねえ!!」
まったくもって身に覚えがない!!
「ふぅん…真琴ちゃんが出てるから見るつもりだったけど…これはますます見ないと」
ニヤリと人の悪い笑みで高岡が俺を見上げた。
「だから出てねえって!」
「塩谷もやるね、どう説得したんだか」
「だーかーら、……って、塩谷!!」
元凶はヤツかーーー!!!
「ちょ、ちょっと一宮!」
高岡の止める声を無視して、走り出す。
塩谷はどこだ?!
…ってか、何組だっけアイツ。
階段を駆け上ったところで、ハタと気がついた。
えーと、えーと…
最近 受験以外には使っていない脳ミソを働かせて思い出そうとする。
「なに階段の途中で止まってるんだ? 竜也」
パコンと頭を文化祭のパンフレットで叩かれた。
「んだよ、由希。今いそがしいんだ…よ、」
そうだ。
パンフレットには映画の上映している教室が書いてある。
「ちょっと貸せ」
由希の手から奪って、ざっと見通す。
映画研究会…これだ。
『上映:第2視聴覚室』
待ってやがれ塩谷ーー!!
由希にパンフレットを返すと階段を二段飛ばしで上った。
西棟の端にある第2視聴覚室に着くと、ちょうど塩谷が入口で受付に座っていた。
「しおたぁにぃいー!」
「おう一宮」
怒り心頭な俺を見て、塩谷は手を上げて気楽に挨拶をしてきた。
「オウじゃねー!!」
バンッ!と破ったポスターを机に叩きつける。
「どういうことだコレ!」
「あーあ、ぐちゃぐちゃにしてもう」
呑気な声にますます血が上る。
「てめー、あのな…!」
「シー!!上映中なんだからさ…」
「知るか!!」
「リョウ君を見に客が出てきちゃうよ?」
「くっ…!」
黙る俺に、塩谷はそうそう、と機嫌よく笑う。
「そんな怒んなよ。真琴ちゃんの役が片思いしている相手にちょこっと映像使っただけだよ」
「ざけんな、おまえ、勝手に人の写真つかって」
肖像権の傷害だぞコノヤロー!!
「勝手じゃないよ」
「ああ?! 許可した覚えなんてねーぞ!」
さらに塩谷に突っ掛かろうとしたとき、後ろから声がした。
「いや、竜也、お前サインしたろ」
いつの間にか、俺のあとを追ってきたらしい由希が立っていた。
「サイン~~?」
「陵ONEのあれだろ、塩谷」
「んー藤崎はさすがに話の理解が早いなあ」
ニヤリと塩谷は、鞄から一枚の紙を取り出した。
陵ONEの宣伝のために
私 一宮竜也 の映像を 使うことを許可します。
20XX年 9月 XX日 一宮竜也
|
こっ、これは…!!
「な?」
「ちょ、待て、これはあのポスターのだろ!?」
陵ONEの出場者全員の小さな顔写真がそろったポスターのために書かされたものだ。
俺だけじゃなく、他の奴等も書かされていた。
「竜也……書類では使うものは限定されてないぞ?」
後ろから追い討ちをかける由希。
さ、詐欺だ…!
ガクゥ、と俺は机に手をついた。
クソ、沢田め! 塩谷と組んでたな!!
「俺たち映研はいつもの閑古鳥をどうにかしたい、奴等は野太くない声援が欲しい」
利害が一致したわけ、と塩谷がしれっとした顔で言った。
「まぁ、そんなに気にするなよ」
塩谷が俺の肩を叩く。
お前が言うな!
「ホントに使った映像なんて少しだけだって」
あまりの俺の意気消沈ぶりに塩谷が慰めてきた。
だったら使うなよ。
「ふーん」
俺ら二人の様子を眺めていた由希がやっぱりな、と呟く。
「竜也の映像なんて、渡り廊下を歩く、教室で寝てる、真琴ちゃんと話しているところ、登下校、くらいだろう」
腕を組んで言う由希に、
「…さすが藤崎」
と塩谷は感心したようにパチパチと拍手した。
「なんでわかんだよ?」
当事者を無視して話を進めないでくれます?
二人には通じるらしいが、こっちはさっぱり分からない。
「…竜也」
由希は鈍いヤツだなというように呆れた溜息をついた。
「視線、感じるって言ってただろ」
・・・あ。
あ、あ……
「あーーー !!」
あの視線!!
「お前だったのかーー!!」
「望遠で撮ってるのに気づかれそうになって大変だったよ」
盗撮じゃねーか!
ガックリと落ち込む。
そんな俺の横で、由希と塩谷はのんびりと話していた。
「藤崎、いつ気がついた?」
「ああ・・・塩谷が竜也の声マネしたとき。なるほどなって」
「あんときかー」
やっぱり藤崎は騙せないなぁと塩谷が変な感心をした。
由希お前、そんな前から分かってたんなら教えろよ!
「あれでセリフ入れたんだろ」
「そうそう。さすがに一言も話さないのは無理でさあ」
まいったよ、と塩谷が頭をかく。
だったら、俺じゃなくて別のヤツ使えーー!
俺は心の中でツッコミを入れた。
しかし、今更なんと言ったところで負け犬の遠吠えにしかならない。
受付の机に突っ伏した俺は、あのポスターをどうするか頭を抱えた。
くそー、全部 剥がして回るか?
「おい、塩谷・・・」
そう言いかけると。
「塩谷先輩、声、中まで聞こえてきてますよ」
ガチャリと視聴覚室の放送室から唐沢が出てきた。
「あ。」
「あ・・・」
バッチリと目が合う。
「・・・唐沢ぁあ~~~」
くぉんの、
「露出狂がァ!」
「はぁっ!?」
「知ってたなら止めろよな!」
お前が暴れて阻止してくれてたら良かったんだ!
「この 破廉恥!」
「なっ?!」
「お前はそれでも空手部主将かぁ!」
「関係ないでしょ!?」
関係ありまくりじゃ!
空手部は硬派!! チャラチャラすんな!
「俺だって今日まで知りませんでしたよ!」
露出狂扱いされた唐沢が反論した。
「そうそう、ホントはこのポスターは使うはずじゃなかったんだよねー」
塩谷が言うと、唐沢も頷いた。
「真琴ちゃんが止めてたんですよ」
・・・真琴ちゃんだぁ?
馴れ馴れしいぞテメー!!
と。
咄嗟に思ったものの。
あれ? みんな呼んでるのに??
なんで今だけ?
んん?
自分の感情に首を捻る。
「『本当に竜くんが嫌がるだろうから』って、どアップのポスターは真琴ちゃんが反対したんだよ」
塩谷が言う。
「伊集院が・・・」
ちょっとホロリときた。
・・・って待て。
「結局 使ってんじゃねーか!」
あやうく騙されるとこだった!
「うん、それが今日になっていきなり使いましょうって」
塩谷が首を傾げた。
「一宮、なんか真琴ちゃん怒らせた?」
・・・・・・。
「カラーコピーしてきますって 超笑顔 だったぞ?」
怖かった、と塩谷が言う。
「こんなポスター、俺だって真琴ちゃんが頼んできたんでなければ断ってます」
「竜也、なにしたんだ?」
「う・・・」
三人が責めるような目で俺を見た。
「超笑顔のままでコピーしてたぞ」
「なにやらオーラが出てて近づけませんでした」
「連日の文化祭の準備で疲れてるのになあ、何したんだか。可哀想に・・・」
「うう・・・」
・・・・・・ に 、逃げました
・・・なんだよ!
俺が悪いのか!?
ええ、ええ、逃げましたよ!
すたこらと逃げましたよ!!
俺がすべて悪いですよ!!! (逆ギレ)
うー、すべては伊集院を敵に回したゆえか・・・
「それで、元凶の伊集院はどこ行った?」
俺が訊くと、塩谷が放送室のドアを親指で指した。
「音響みてるよ」
第2視聴覚室は、映画館のように後方にある部屋から映像や音響を操作するようになっている。
さっき唐沢が出てきた部屋だ。
「一人?」
「今は、たぶん」
ということは、さっきまでは唐沢と二人きりだったということだ。
チッと舌打ちをして、扉を開けようと手を伸ばす。
「待ってください」
唐沢が呼び止めてきた。
「…んだよ」
振り返って、睨みつけてくる長身の男を睨み返した。
「あんな顔させるくらいなら、俺に下さい」
切れ長の目が、意志を持って俺を見る。
「…あんな顔?」
「泣くのを、我慢してる顔」
色を抜いた茶髪をかき上げて、唐沢はもどかしそうに続けた。
「ふわふわしている子だと思ってたんです、ずっと。興味なんてなかった。…でも、一緒に撮影して、気丈な芯の通った子なんだなって解りました」
「一宮先輩が好きだから、諦められないから、って断られました。
キツイときも笑顔で頑張れる子が、困ったような……泣きそうな顔をして」
唐沢は細い顎をいったん引き結んで、俺に真っ直ぐな視線を向けてきた。
「大切にしないなら、ください」
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