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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − school festival −





「・・・か、テメーは」
言いつのる端整な顔を、俺は眉をひそめて見返した。

「え?」
「ば、か、か、っつったんだよ」
ハッキリ区切って言ってやる。

俺か、唐沢か、なんて伊集院が決めることだ。

「伊集院が俺がいい、っつたんだろ。残念でしたー」
「…ッ!」
あっかんべー、とでも言いそうな俺の口調に唐沢はカッと頬を紅潮させた。

「今さら!」

「あれだけ泣かせておいて、今さら…!」

「知らねえよ」
声を荒げる唐沢に、冷静な声で応えた。

伊集院がどんな顔しようが、どんなに泣こうが、伊集院の気持ちは伊集院のものだ。
それでも頑張ってみるって伊集院が決めたんだろ。

「伊集院自身のことは、お前が判断することじゃねえし、もちろん、俺が判断することでもない」

あれだけ泣かせて、今さら付き合うな、って?
あんときは嫌いだったんだ。
大嫌いだった。
だから、ハッキリ断ったんだよ。

それから先の行動は、伊集院が決めたことだ。


諦めないと決めたのは、伊集院だ。


「譲ってもらおう、なんて、小せぇ真似すんなよ」

俺よりも高い位置にある瞳に、ピタリと目を合わせる。

俺に引いてもらおうなんてセコい真似。


「仮にも伊集院に惚れてんなら、根性見せてみろ」


唐沢は目を見開き、俺は満足してニヤリと笑った。

「…っ俺は、別にそんなつもりで…!」
「あー、はいはい」
泣かせるなって話ね。ハイハイ。
まあ、なんつーの?

よけーなお世話。

「宣戦布告なら、受け付けてやる」
ひらひらと左手を振って、放送室に入った。

「・・・ったく」
放送室に入れば、眠る伊集院の姿。

「むぼーび過ぎだっての」
音響装置のテーブルにつっぷして寝ている。
一体いつから寝てるんだ。

薄暗い部屋で音響装置だけが照らされいた。
ガラス張りの正面窓から映画の明かりがチカチカと部屋に入る。

長い髪が、肩、そして頬に掛かっている。
フィルムの彩りを映して髪も光った。
    
半分顔を隠す髪に手を伸ばす。 小さな、形のよい耳に掛けようとして


やめた。


ふぅと息をついて伊集院のとなりに座る。
連日の準備で疲れているのは本当なんだろう。
起こさないようにしばらく寝せておくか。

スクリーンに映る映画に目をやるが、途中からで意味がわからない。
唐沢と並んでいるのがムカついて目を逸らした。

呼吸に合わせて緩やかに細い肩が上下する。
閉じられた長い睫毛や、柔らかそうな桃色の頬をぼんやりと眺めた。

「・・・ん・・・」

紅い唇から吐息が漏れる。


突然、見ているだけでは足りなくなった。
手を伸ばして額にかかる髪を撫でつけ、 ゆっくりと頬に手を滑らせる。
そして、親指でその柔らかな唇に触れた。

「ん・・・」
淡い茶色の瞳がひらく。

「竜くん・・・?」

黒い睫毛にふちどられた瞼がゆっくりと瞬いた。

「よう」
寝起きのぼんやりした顔に笑う。


(・・・・・・・・・今は)


いまは、もう。


この瞳が曇るところは見たくないな、と 思った。




「・・・竜くん・・・?」
寝起きの濡れた目を瞬いて、伊集院は俺を見上げた。
だんだん意識がハッキリしてきたのか、眉間にシワが寄っていく。

恨めしそうな顔をしたあと、プイッと横を向いた。

「伊集院」
「・・・」
「おーい」
「・・・・・・」
呼びかけても無反応。

・・・・・・あのね、俺も怒ってるんですけどね。

勝手にポスター貼られてみ?
知らないところで自分の映像流されてみろ?

ど ん な 羞 恥 プ レ イ だ。 耐えれん

「お前ね、アレはもう犯罪だ、犯罪」
みんなにジロジロ見られて大変だったんだぞ。

「・・・だもん」
ぼそっと伊集院がつぶやく。
「え?」
「逃げた竜くんが悪いんだもん!」
キッと振り向いて伊集院は俺を睨みつけた。
「・・・つっても、俺があの格好を嫌がるのだって予測できただろ?」
いい加減つきあい長いんだから。
「それは・・・」

「それはわかってたけど!」
声を大きくした途端、大きな目からポロっと涙が転げ落ちた。
伊集院は慌てて目をこすって俯く。
「…わかってたけど…」


  ・・・見つからないところまで逃げないで


小さく呟いて伊集院はさらに下を向いた。

「・・・あーー・・・」
そうか。
・・・・・・そうだよなあ。
逃げたくらいで大袈裟なって思ってたけど。

「わりィ」
うつむく伊集院の頭を撫でる。

「・・・・・・前みたいで、竜くんに嫌われていたときみたいで・・・・・・」

うん。
そうだよな。

「・・・怖かった・・・」

「ごめん」
「・・・・・・・・・・ッもうっ!」
がばっと伊集院が俺に抱きついてきた。
「ホントにわかってるんですか?!」
「そりゃな」
背中をポンポンと叩く。
「だって、竜くんは三年生なんですよ?これが最初で最後の一緒の文化祭なんですよ?」
「あ、そうか」
「やっぱりわかってない!」
「いや、まあ」
「当日アリスだから雑用を免除してもらって一緒にいる時間を作ったのに…」
そうだったのか。
でも、確かに準備であれだけ忙しそうにしていたということは、当日も仕事が多かったはずだ。
どうにか一緒に過ごせるように色々頑張ったんだろう。

「竜くんのバカ」
ぎゅうと俺の肩に顔を埋めて伊集院が言う。
「受験生になんてこと言うんだ」
「ばかばかばか」
「あーーーハイハイ」
髪を撫でながら返事をした。
伊集院はますます強く抱きついてくる。

・・・・・・相変わらず、やわっこい身体だ。

俺はふわふわの細い髪の毛を弄びながら顔の近くにある伊集院のうなじを見た。
すぐ目下には泣いたためか赤くなっている耳がある。

柔らかそうな白い耳たぶ。
マシュマロみたいだ。

ほんのり紅く色づいて        美味そうだ。



歯で咥えると、やっぱり柔らかくて、ペロリと舐めた。



「・・・・・・・・・っ!!!!?」
バッと凄い勢いで伊集院が離れる。


は?

え?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えええ ?!!!!!




伊集院が真っ赤になって耳を押さえていた。

「あ、いや、ちがっ!」
ブンブンと手を振っていう。
伊集院は大きな目を零れそうなくらい丸くしている。

「ちがう!ちがうんだ!」
いやホントに!!
「や、だっ・だからメシ!」
そう、それだ!
「昼飯!食ってないから!だからそれで!」

目の前のものが美味そうに見えたんだ!!

「・・・ごはん、食べてないんですか?」
そうそう!
「だから噛みつきたくなったと?」
そのとーり!

意気込んで頷く俺に、はぁーーと伊集院は大きな溜息をついた。
「・・・・・・もう」
脱力したように椅子に座って俺を見上げる。
「やだなあ、もう。いっつも竜くんに翻弄されて・・・」
見て、と両手を出された。

俺の手とふた回りほども大きさの違う手は、小さく震えていた。

・・・たぶん、 多分それは、
手を取ってほしいってことだったんだろうけど。


「メシ、行こーぜ」


俺の手も震えそうな気がして。

背を向けて、扉を開けた。






・・・のだが。

ガツン!

「・・・・・・・・・・・・・・・何やってんの、お前ら」

ドアの前に勢揃い。

「いやぁ」
「だって、なあ?」
「・・・二人きりですからね」
「密室で」
「・・・なあ?」

聞き耳立ててドアに張り付いてんじゃねーよ!

「なんもねーよ!馬鹿か!!」
顔を見合わせてニヤニヤすんのはやめろ!

そしてソコ!
扉に頭ぶつけて悶絶しているソコ!

「なんでお前までいるんだシズカ!?」

「〜〜っ!・・・!!」  ← 痛くて声にならないらしい

しかも頭ぶつけるって一番近くで聞いてやがったのか!


「まぁまぁ一宮」
塩谷がポンポンと俺の肩を叩く。
「俺は一応止めたんだぜ?」
「だったら聞くなよ・・・」
「うんうん、まぁそうだ」


で、『 噛み付きたくなった 』ってナニ?


「あれー? 竜也、何もなかったって言った気がしたけど・・・」
「聞き間違いですかね?」


だーー !! お前らは !! ほっとけよ!!


・・・ったく。

「竜くん竜くん」
つんつんと伊集院が俺の袖を引っ張る。
「んだよ」

「食事、行きません?」

   ↑ 目の前の出来事 、 オール・スルー


「お腹すいちゃったv


・・・ある意味 スゲエよ。


「…おう」
この図太さは見習うべきかもしれん・・・

「なに食べますか?」
ニコニコと伊集院は手を繋いできた。
「・・・」
じーっと伊集院を見下ろす。
「え…えーと・な・なに?竜くん??」
とたんに落ち着かない様子で伊集院の目線が泳ぎ、顔が赤くなった。
「いや…、それ」
「え?」
右手を繋いだままキョトンと見上げる伊集院に、空いている左手で、ふりふり青いスカート、レースエプロンを指差した。

「やっぱ その格好で行くわけ?」

  ↑ さっき図太くなるとか言ってませんでしたか




「すっごく嫌そうな顔ですね竜くん・・・」
諦め悪いなぁという表情で伊集院は少し考えていたようだったが、
「あ、いいこと思いつきました!」
ぽむ、と手を打った。

「よいしょっと・・・」
突然、エプロンを脱ぎ出す。

「は?」

ジーー…

スカートのジッパーを下ろ・・・っちょっと!なにやってんの伊集院さんーー?!!!


ぬぎぬぎ。


「ちょ・ま、待てっっ!!!」


廊下でストリップーーー?!!!




「・・・って」
なんで。

慌てて両腕を掴んで止めようとした先には。

「なんで下に制服 着てるんですか」
青いスカートの下から現れたのは、ふつうの制服のスカート。

「え?スカートの下地がわりに」
「・・・・・・」
「薄いスカートは中が透けてしまうので、スカートには下地がついているのが当たり前なんですけれど…時間がなくて下地をつけられなかったから」
俺にはスカートの構造など分からないと思った伊集院は詳しく説明した(確かに知らないが)。
「・・・・・・」
・・・そうですか・・・

どっと疲れた気持ちで、掴んだ手を外す。

「兄さま♪」
しゅるり、と赤いリボンも取った伊集院はまだ少し涙目のシズカに近付いた。


「 わー赤いリボンとても似合います兄さまv


「え、そう?」

照れるな!!!!!

「ええ!お似合いです♪」
「はっはっは」
赤いリボンを髪に飾ったシズカは、いやぁと頭を掻く。


「きっとスカートもお似合いですよ☆」


んなワケねぇえええ〜〜〜!!!



「ウエストは調節できるので……」
伊集院はエプロンとスカートを渡して、シズカに合わせた。

「…着れるな」
由希も面白そうに見物している。
「…だね」
塩谷も同様。

「あ、でも………」

少し考える伊集院。

「ちょっとミニスカート?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ま、いっか。」



いいワケあるか !!!!!   きもいわ!!




・・・とはいえ、チャンスだったのでシズカの女装に任せて退散した。

「ねえねえ、やっぱりお好み焼き?」
まったく気にしていない伊集院が、俺の袖を引いて訊く。
ホント図太ぇな。
「あーー黒木が割引してくれるって言ってたし」
リボンの色を見たいらしいから、いま行ってもあんま意味ないんだろーけど。
「伊集院のとこは和風喫茶だっけ?」
「はい」
「あそこの美味いよなー…」
昔から伊集院家が馴染みにしている和菓子屋が、伊集院の頼みを聞いて文化祭用に卸してくれたのだ。
「値段などの交渉も応じてくれて」
「ふむふむ」
あとで行かないとなー。

と、のんきに廊下を歩いているとき。

「発見! 竜を発見しました!」

「川原ぁ?」
振り向くと、川原が携帯を片手に叫んでいた。

「竜! おまえ当番だろ!」
「あ・・・忘れてた」
ポスターのせいでクラスの当番のことは頭から吹っ飛んでいた。
「ケータイも持ち歩いてないし!」
「え? 携帯? あーーーカバンに入れたまんまだわ、そういえば」
「掛けたら教室で携帯が鳴ってるしよー…、え? 替われ?」
川原が俺に携帯を差し出す。
「高岡だよ」
「ういーす」
『あんたドコふらふらしてんの!』
「すっかり忘れてたわ。わりぃわりぃ」
『こういうのは割りとキッチリしてたのにねー。うぷぷ』
「なんだ」
『真琴ちゃんのことになると冷めた態度でいられないのねえ』
「はぁ?」
伊集院とは関係ないだろ。
ポスターのことで走り出したの見てたじゃねーか。
『まーまー。いい傾向だと思うわ。冷め切ってた頃より。真琴ちゃんと替わって?』
「ったく・・・おい、伊集院」
「え?私?」
『 一宮の当番、貸しにしとくから楽しんでネ♪ 』
「・・・! はい!」

『一宮ぁ!食べて体力つけて勝つのよ!あんたに賭けてんだからね!』
「楽勝」
っつーか、これも賞品つきになってんのか!

俺は、だんだん自分の無関心さを反省する気になってきた。


「へい! らっしゃーーい!」
店に入ると一斉に店員の声が重なった。
「あ、黒木」
お好み焼きを焼いている黒木を見つけて、よ、と手を上げた。
すると、 カラン・・・と 黒木がお好み焼きのヘラを落としてショックを受けている。
アリスじゃない…!
ガクリと頭を落とす黒木。
「ごめんなさい」
と伊集院が慌てて謝った。
「ま、俺がリボンの色は教えてやるから」
ポンポンと俺が黒木の肩を叩くと。
「かぁーーー! 竜センパイはわかってません!全然わかってない!」
手を振り回して叫んだ。

「 アリス! アリス姿が見たかったのにーー!」

周りを見渡すと、一様にみんなが頷いている。

そ、そういうもんなのか?

「あ・あの、またあとで来ますので…」
少し後退りしながらも、伊集院が約束した。

その後、少しブラブラして(視線は伊集院を見習って無視!のつもり ) 伊集院と別れ、武道場に向かった。

裏口から更衣室に入る。
と。

ピタッと会話が止まった。


…あんだぁ?
むさっ苦しい男だらけの更衣室を見回す。
試合前だからって、もう殺気立ってんのか?


というか。


殺気がすべて俺に向かっている気がするのは何故?




ダダダ ダダダ ダダダ ダダダ ダダダ


ばぁん!


「…っイチミヤーーー!!!」

「貴様、マコトというものがアりながら!!」

アリー???
振り返って飛び込んできたアリーを見る。

「そーだそーだ!」
「竜、お前ってヤツはぁーー!」

途端にみんながアリーに賛同したように騒ぎ出した。



なんにん女を騙せば気が済むんだ!!!


はぁ?







「ふふ、そうなの、わたし、竜の応援に」
「えーやっぱり本当なんスかー?!」
「また一宮センパイかよぉーーー!」

「うふふ」


「竜センパイとどーいう関係ですか?!」




声のする特設リングに目を向ける。

そこにいるトンでもない美人は・・・




「関係?」


「 もちろん… 」



人には言えない カ・ン・ケ・イ v






シズカぁああ〜〜〜!!







「あら、竜」

あらじゃねーよ!

「イヤね、こわい顔して」
嫌なのはお前だ!!

シズカは微笑んで、長い髪を後ろに靡かせた。
肩にはショールを掛け、どこから見つけてきたのか足首までのロングスカートを履いている。

ばっちり化粧した、朝季さん似の顔は、はっきりいって超美女にしか見えない。
シズカは、やると決めたらトコトンやる人間なのだ。

ジロジロと気色悪く眺める俺に、シズカが妖艶な目を向ける。



「なーに?」



見・惚・れ・ちゃった?


ちょん☆、と俺の鼻をつつく。




・・・ふっ



神サマ。




そっちにアホを一匹 送り込んでもいいですか?








つづく




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