「・・・っと! あぶないなぁ〜」
ついつい出てしまった拳を片手でガードしたシズカは、呑気な声で言った。
「止めんなよ。せっかく頭の修理工事してやろうと思ったのに」
「破壊の間違いだろー?」
すっかり元の男声で話すシズカに、周囲は固まった。
「ん?シズカ?」
アリーも来て、女装姿をじろじろと眺める。
「イチミヤの愛人が応援に来タと噂を聞いたのだが…」
「キミたちはそういう関係だっタのか」
んなわけねーだろ。
「あれ?アリーも出場するの?」
アリーのフェンシング姿を見たシズカが訊く。
あ!ばか、シズカ!その話に触れるな!
俺はシズカを責める視線を送った。
せっかく俺がさっきから
フェンシング姿というか
全身 白タイツ姿 のようなアリーを極力見ないようにしてたのに!
しかし、俺の心の叫びなど知らずに、
「フッ…まあネ。皆に頼まれてしまっテね」
と、アリーは金色の長髪をかき上げる。
「今回はイチミヤと対戦できなくて残念ダ」
その姿で近付くな。ぴっちりしすぎだろその服。
「我々の勝負はオアヅケだな、イチミヤ」
「ハ、俺はいつでもいいぞ?」
口ではそう応じつつ、顔を睨み付けて、姿が見えないように努力した。
「対戦しないの?」
シズカが一見美女の可愛らしい仕草のように首を傾げる。
「部門が違うからな」
俺が出るのは空手部やテコンドー部などが出場する陵ONE、アリーが出るのは剣道部やフェンシング部が出る陵KEN (剣のこと) だ。
他にもPRIDEもどきの陵KYO (強) がある。こっちは柔道部、レスリング部などが出場する。
「剣道や柔道は先生の中にも経験者がいるからな、先生も参加」
そして今年はアリーまで参加。
「へ〜!楽しそうだなー」
飛び入り参加したいなぁとシズカはわくわくした顔を浮かべた。
「おー参加しろ参加しろ。抹消してやる」
俺はそう言ってから、ハッと女装男と白タイツ男と一緒に並んでいることに気がついた。
な・仲間と思われたくねぇ・・・
会場となっている武道場はすでに人が集まり始めてザワザワしている。
「ねぇあの人…」
「リョウ君?」
「だよね?!」
という不吉な声まで聞こえる。
「じゃ、俺、着替えるから」
必要なとき以外は更衣室にとどまっていようと決意して、おざなりに手を振った。
・・・が。
「竜くん! 愛人ってどういうことですか ?!!! 」
最も うるさい人物が・・・
「・・・コレだよ、コレ。俺の愛人」
再びアリスの格好をした伊集院に、女装シズカを指差してみせる。
「兄さま・・・?」
「そういう関係だったんですか…!?」
だから んなワケねーだろ。
ズビシと伊集院のデコにチョップをかましてやった。
「あ!役者が揃ってますねー!」
「は?」
後ろを振り返ると、マイクを持った放送部の大沢が立っていた。
「あ、わたくし本日解説を務めさせて頂きます大沢です」
「ほう、キミが」
「アリー先生、どうですか自信のほどは」
「はっはっは!ワタシが出ること自体反則みたいなモノだヨ」
「おおー!すごい自信ですね!」
「イチミヤをこてんぱんにしてやれナイのが残念ダ!」
「…だそうですよ、一宮選手!」
こっちに振るな。
「誰が出てようと関係ない」
「こちらも不敵な発言!」
おお、と会場がどよめく。
すっかりインタビュー形式になって注目を浴びている。
くそ、さっさと退散…
「どうですか今の発言は!唐沢選手?」
げ…
振り返ると唐沢がいる。
どうやら大沢は、唐沢が後ろを通って更衣室に向かうことを見越していたらしい。
役者が揃っているってそういうイミだったのか・・・
「そうですねえ」
更に注目を集めていることにも無頓着に唐沢はのんびりと応えた。
「ま、こんてんぱんにするのは俺に任せてもらいましょうか?」
キャー!と、どこともなく会場に悲鳴が上がった。
それに合わせて、男どもからも、
「一宮に思い知らせてやれー!」
「うう、真琴ちゃーん!」
「ゆるせ〜〜ん!」
「のたうち回らせてやれーー!」
などと声援(?)が飛び出した。
「うわぁ、すごいですね! 一宮選手の実力はまったく不明なので、空手部の主将である唐沢選手の方が有力だとされていますが…」
どうですか、と大沢が俺にマイクを向けた。
「あー」
別に・・・
「竜くんは負けません!!」
伊集院が声を張り上げた。
「竜くんは強いんです!」
怒ってます、という顔で言う。
「おいおい」
腕を引っ張ってマイクから遠ざけた。
「だって!あんなふうに言われるなんて!」
どうもさっきのことに腹を立てているらしい。
あんなの祭りだからだってー。別にどーでもいいって〜〜。
試合を見りゃあ判るんだからさぁ。
俺がめんどくせぇーという顔をしている横で、唐沢がふっと笑った。
「じゃあさ、俺が勝ったら、真琴ちゃんデートしてよ」
・・・はあ?
「いいですよっ!!」
オイオイ
「竜くんは誰にも負けないんだから!」
戦う当の本人を無視して話を進めるな。
やれやれと溜息をつく。
すると。
目が合った唐沢がニヤリと笑った。
・・・・・・あーーーー・・・
なるほどね。
なるほど。
宣戦布告、受けて立ってやろうじゃねーか。
「おおっとぉ! またここでドラマが…!」
「おい、ちょっと待てや」
ぬっ、と現われたのはテコンドー部の元主将・柿沼だ。
「好き勝手いってくれるじゃねーの? まだお前等がやるって決まってないだろう」
長身で、その上ほどよく鍛えられた筋肉。
「一宮」
「あ?」
「この生意気な二年坊は、俺がやるからよぉ」
おおお、と会場がまたどよめく。
「よっ!男の味方!」
「唐沢も一宮もやっちまえーー!」
なるほど、美形の唐沢も男の敵か。
「それで一宮に俺が勝ったら・・・あー・・・」
なぜかとつぜん口篭もる柿沼。
意を決したようにバッ と伊集院を振り返った。
武道人らしくビシっと折り曲げて伊集院に頭を下げる。
「あっあの!」
「 俺とデートして下さい!! 」
お前もかーー!!
「なんとーー!! 柿沼元主将からも!!」
大沢が唾が飛びそうな勢いで実況中継をする。
「え、あ、・・・」
勢いに任せていた伊集院もやっと我に返ったようだ。
ちらりと俺に謝るような視線を向けてくる。目立っちゃってごめんなさい、と伺う顔。
俺は気にすんな、と片手を振った。
ここまできたら いい加減あきらめるしかない。
「えーー!柿沼センパイずっけぇー」
柿沼の後ろから、ひょこっと小さいのが顔を出した。
俺も俺も、と手を上げるのは・・・・・・・知らん。
だれだ?
「テコンドー部 期待の星、一年の園部三平です!」
「自分で期待の星いうな」
柿沼に小突かれる。
「大体お前は彼女いるだろうが」
「別れましたよー。いつの話してんですかぁー?」
「ついこの前だろ!サンペー!またかよ!」
「いーーじゃないっスか!俺も真琴センパイとデ〜トしてえ〜〜」
駄々をこねる姿は、子供そのものだ。
・・・ふうん。
「一回戦だな、園部」
「そうっす!竜センパイ!」
園部は元気よく返事した。
トーナメント表の俺の一回戦相手は、そのべ さんぺー。
この一年らしい。
すばしっこそうだなー。
色黒の可愛い顔をした園部サンペーは、バネがありそうな身体をしている。
ふーむ、どう攻めるかな。
などと考えていると。
「柿沼もサンペーもいいなら、俺もお願いしよっかなー」
と、沢田がのんびり言った。
「沢田ぁ、お前まで・・・」
悪ノリすんなよ、と、言おうとした俺の声は、しかし周囲から起こった声にかき消された。
「え!じゃあ俺も!」
「オレもお願い真琴ちゃん!!」
「俺もですセンパイ!!」
「え?…え?」
他の出場者たちも立候補し始め、大勢の男に囲まれることになった伊集院は戸惑った顔で周りを見た。
「大変な人気ですねー、どうしますか?」
絶妙なタイミングで伊集院を助けるように大沢がマイクを向ける。
「え、あの…」
「急に言われても困ってしまいますよねー」
さすが放送に慣れている大沢。
うまく状況を変え・・・
「 そんなの簡単な話よぉ〜 」
・・・この嘘くさい高い声は・・・
「優勝者がアリスちゃんとデートすればいいのよ!」
またお前かシズカーー!!
「こちらの女性から素晴らしい提案が出ました!ええと、どちらからいらした方でしょうか?」
「うふふ、アリスの姉でーすv」
兄だろ。
「あー!なるほど! 美人だと思っていましたが」
「あら、ありがとう」
にっこり。
・・・・・・無気味すぎる。
「あの、にいさ」
「そうそう!」
伊集院の声を遮るようにしてシズカが両手を叩く。
「アリスじゃなくて わたしがデート してもいいわよ〜」
おま、それ、サ…ギ…
「ホントっすか!?」
「まじ?!」
騙されるな!!
「ええ、もちろん」
微笑むシズカは、ちらりと伊集院に目を向けた。
「 竜は負けないって信じてるものv 」
「ね?」
と俺の肩に手を置くシズカ。
だから気持ち悪いんだって!
「わ、私だって…私だって……」
伊集院はぷるぷる震えて、キッと顔を上げた。
「私だって信じてます!!」
・・・あーーー
あーーーーーーー・・・
「バっカ…」
「 陵ONE優勝者に アリスちゃんと一日デート贈呈〜!! 」
のせられやがって、まったく・・・
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