「大沢先輩」
「え?あ、了解」
後ろから放送部一年に耳打ちされて、大沢が頷いた。
「皆さん!お待たせしました!! 陵KENの準備が整ったようです!!」
わぁーー!!
「では早速 始めましょう! まず第一試合では…」
やれやれ。
時間つぶしに使ったな、アイツ。
大沢はマイクで話しながら放送席に慌てて戻っている。
「俺、着替えてくるわ」
すでに道衣になっている沢田の肩を叩いた。
「おう、また後でなー」
しっかり観戦ムードなメンバーを残して、更衣室に向かう。
「あの…っ竜くん…!」
「あ?」
更衣室に入る直前、後ろからシャツを掴まれた。
「ごめんなさい…!」
伊集院が本当にすまなそうに頭を下げる。
「あ?ああ、別にいーよ」
落ち込んだ様子の伊集院に気のない返事をした。
「え?」
「だから、別にいいって」
「…怒ってない…んですか?こんな勝手に…」
一体どうしたのだろう、と探るように伊集院は俺を見た。
「いや、だって」
「優勝者とデートすんのは俺じゃねーし」
え?と伊集院が目を大きくする。
「伊集院がどーゆう約束しようと伊集院の自由だろ? 俺には関係ないじゃん」
「 ―――… 」
クシャ、と伊集院の顔が泣きそうに歪んだ。
・・・やべ。
「あーーーーーーーそういう意味じゃなくって!」
グシャグシャッと伊集院の頭を混ぜる。
伊集院の目にはすでに涙が溜まっていた。
「んーーーと、伊集院が どーでもいいって話じゃなくて、な」
なんて言えばいいんだ?
「えーと、だから、」
「俺は勝つから、いいんだよ」
「竜くん…!!」
「うおっ」
ガバーッ と伊集院が抱きついてきた。
ぎゅうぎゅうと締められて痛い。
「……俺は最初から、伊集院に手ぇ出すヤツ等に思い知らせてやる予定だったんだ」
「~~~!!(感涙)」
ぎゅ~~~!!
「え? いや、今の声、俺じゃな…!」
「ってことか、竜。 男だな」
「大里!」
いつの間にか俺の後ろに剣道防具をつけた男が立っている。
「あ、陵KENか」
「これから試合だ」
「がんばれよー」
俺の声援に、元ホワイト団長・大里はクールに頷いた。
相変わらず「漢」って感じだな、大里。
・・・などと呑気に思っている場合じゃなかった。
「竜くん、私、全然わかってなくて…!」
ぎゅ~~~!
「いでででで!だから俺が言ったんじゃねえって!」
放せ!!
俺は勝負事に負ける気はないから、どっちにしろ勝つ予定ってだけだ~~!!
俺はベリッと伊集院を剥がすと、更衣室に退散した。
はぁ、と溜息をついて来客用のロッカーを開ける。
「第一試合は、なんと英語教師のアリー先生が・・・」
大沢の放送がここまで聞こえてくる。
アリーって・・・強いのか?(弱そう)
「あーーーはっはっはっ!」
な、なんか変な高笑いが・・・
「 蝶のように舞い !! 」
「 蜂のように刺ス! 刺ス!! 」
「あ、圧倒的! 圧倒的強さでアリー先生の勝利ぃーー!!」
ワアァアーー!
・・・ヲイヲイ。
い、異様さにビビって負けたんじゃねえ・・・?
「うまいこと言うなー。アリー先生なだけに」
「宇田山?」
「うーーっす竜!」
野太い声でヘッドかましてくる男は、柔道部の宇田山。
一年のときに同じクラスだった。
「なんで陵KYOじゃねーんだよ~。俺とやろうぜ~~時代は総合だぜ?」
「いや、沢田に誘われたからさ」
確かに俺は、投げ技、関節技の使える総合格闘技のスタイルの方が近い。
立ち技格闘技のK1に似せた陵ONEよりも、
PRIDEに近い陵KYOが合っているといえば合っているのだが。
「沢田めー。俺も誘えば良かった~~」
宇田山は残念だ、残念だ、としきりに嘆いた。
授業で対戦したときに楽しかったらしい。
「一年のときは出ないって言ってたじゃん」
「んー、まぁ事情が変わったというか」
「なるほど」
うんうん、と宇田山が頷く。
「真琴ちゃんを守るためだな」
ちっげーよ !!
ジジイと出会ったからだ!
俺は、持っていたタオルを宇田山に投げて、観戦に向かった。
「陵KENどう?」
応援をしている沢田の横に、宇田山と並んだ。
陵湘の武道場は、武道系の部活が多いため広く作られている。
陵KENは普段 剣道部が使用している場所を試合会場にして、多くの観客が集まっていた。
少し離れたところから、試合の様子を眺める。
「明日の準決勝に出場決定したのが、アリー先生、大里」
「へー」
まぁ妥当なところか?
今やっている試合を見ると、片方の剣道着は随分と小柄だ。
「里佳~!」
「がんばれー!」
ん?
試合を目の前で応援している集団に、伊集院が混じっている。
「真琴ちゃんの友達みたいだけど」
「ああ、滝口か。剣道部だったんだっけ」
伊集院のクラスメイトで、体育祭でも同じカラーだったから覚えている。
(もっとも防具で誰がだれだかサッパリわからんが)
もう片方も剣道着だが、身長・体格からいって男だろう。
「さっきから見てるけど、あの子やるぜ、なかなか」
「へえ」
「はじめ!」
ダン! と
速く力強い踏み込み。
すばやく間合いを詰める。パーン!といい音がして面が決まった。
「勝負あり!」
きゃあああ~!
「里佳かぁっこいい~~!」
「やったぁ~!」
わらわらと応援の女の子達が駆け寄った。
「うわー!華やかだなイイなー」
宇田山がうらやましそうにボヤく。
「ふぅん。やるねー」
いつもキャーキャーと騒いでいる姿しか見ていないので意外だ。
『 これで陵KENの4強が決定!! 』
『いやー滝口選手は番狂わせでしたねー!』
放送席には、大沢や解説のOB・OGが座っている。
あれ?
「あそこにいるの・・・」
大沢の隣りに座って解説をしている小柄な女性は・・・
「彼女は小さい頃から続けているそうですよ」
こ、校長先生?
「ああ、剣道部のOGらしいぜ?」
「ナギナタ経験者でもあるらしい」
「なぎ・・・」
そりゃスゴイな。。。
『 では明日の陵KEN準決勝・決勝をお楽しみに~~!!続いて陵KYOです!』
「お、いよいよ陵KYOだぞ」
「うう、どうせ陵KYOは見学人減るんだ・・・」
「男同士のもつれ合い見てもな・・・」
寝技になってくると観客は退屈するのは仕方ないことだ。
「投げて派手に勝て宇田山!」
バシっと沢田が肩を叩いた。
「ちぇっ!俺ンとこの部員も映画に出してもらえば良かったよ」
「はっはっは作戦勝ちだ!」
沢田は今年は女子の応援いっぱいだぞ~♪と浮かれている。
・・・そうだ。
そうだった。
「 さぁーわぁだぁあー!!」
よくも人を売ってくれたな!!
「おめーのせいで廊下を歩くたびに見られて大変だったんだぞ!!」
ギリギリギリと道衣の襟を絞める。
「ぐぇっ!一宮!
俺は柔道経験者じゃないから!落ちる!落ちる!!」
絞め技のない空手部であることを主張して、沢田はバシバシと俺の腕を叩いた。
「お・ち・ろ」
笑顔で言う。
「 ッぎゃあーー!!
ころされる~~~!」
・・・・・・結局。
慌てた周囲に止められてしまった。 ちっ。
「じゃあ頑張れよ宇田山」
「おう」
俺と沢田は宇田山と別れて、身体をほぐすために特設練習場所に向かった。
柔軟をしながら試合のシュミレーションをする。
さて。
どう攻めるかな。
「一宮ぁ」
「あ?」
「決勝前にコケるような情けない真似すんなよ」
「おめーもな」
『 さぁっ!いよいよ注目の陵ONEが始まります!!』
わぁあああ!
『スゴイですねー!例年に見ない観客数!』
『テコンドー部、空手部、そして特別選手!』
『格闘技ブームに加えて、今回は特別な趣向がされているお陰でしょうか?』
『そうですね、この文化祭で公開されている映画研究会の映画に、空手部の唐沢選手、テコンドー部の園部選手、そして特別選手の一宮選手が出演しています』
『ははぁ、なるほど!』
『映画では、唐沢選手、園部選手の華麗な技も収録されているそうですよ』
『そういう事情があったのですねえー』
『そして、先ほどハプニングもありまして』
『後から来られた方はご存知ないかもしれませんね』
『スタンプラリーにご参加の皆さんは、今年の文化祭のテーマである「ワンダーランド」にちなんだキャラクターがあちこちを歩いていることを知っておられるかと思いますが、実は!その中の一人「アリス」が、映画の主人公「ありす」でもあります!』
・・・そうだったのか。
俺は、ヘッドガードをつけながら放送を聞いた。
全く関心なかったから、全然知らなかった。
『そのアリスちゃん!なんと!陵ONE優勝者に1日デート権利が与えられます!』
『応援にきているので、インタビューしてみましょう!』
『こんにちはー!』
『こんにちは』
『先ほどは大変でしたね!』
『ええと…こんな騒ぎになるとは思わなくて』
『そうですねえ・・・』
『・・・・・』
『・・・・・』
軽く両拳を叩き合わせる。
よし。
グローブも大丈夫。
『 いよいよお待ちかね!一宮選手、入場です!』
いくか!
『おおー!颯爽と赤コーナーから姿を見せました!一宮竜也選手!』
ぶっ!赤コーナーって。
更衣室1、な。
赤い布が扉に架けられた更衣室から、ロープの張ってある道を通って特設リングに行く。
途中、沢田がグローブをした右手をひらひらさせた。
ヤツはシード選手なので、今日は一試合しかない。
「きゃーー!! リョウくん~~!」
だから俺はリュウだっつの。
「竜~!がんばれ~~!」
「やっちまえー!」
おお、川原、鈴木! …と、由希。←応援しろよ
「ブーブー!」
「やられろー!」
『 声援!そして罵倒!』
『さまざまな声が飛び交います、一宮選手!』
『そうです! 実は この一宮選手こそが、映画で「ありす」の片思い相手、「リョウ」を演じたその人なのです!』
演じてねえ!
『一宮選手、』
『愛を守るため戦います!』
やめろーー!!
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