books / 2003年06月06日〜

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宮部みゆき『あやし』
1) 角川書店 / 四六判ハード(怪ブックス所収) / 2000年07月発売 / 本体価格1300円 / 2000年09月12日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]
2) 角川書店 / 文庫判(角川文庫所収) / 平成15年04月25日付初版 / 本体価格552円 / 2003年06月06日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 江戸・深川界隈を舞台とした九つの短篇を収録する、奇談小説集。
 著者が得意とする江戸独特の人情味や臨場感溢れる筆致はそのままに、従来の合理的・情緒的結末から幻想怪奇の世界へスライドした作品群が収録されている。とは言え怖さよりも人間関係の機微や情愛、愛憎といったもののほうが濃密に窺え、全体に「ちょっと怖い」という程度に落ち着いているので、そちらが苦手な人には寧ろ程良いバランスが保たれた作品集となっているだろう。
 実は今回再読だったのだが、2度目にして面白いと感じたのはその構成である。九編中八編までが奉公人を語り手としており、最後の一篇のみ彼らの世話人である口入屋を親から引き継いだばかりの男を道化役としている。出入りの激しい奉公人たちの生活を丁寧に描きながら、最後の一篇でそれを逆手に取った演出を試みて、あとに漂う余韻を深めているのだ。
 構成の巧みさと語り口の精妙さで、恐らくは時代小説に苦手意識のある方でも取っ付きやすい作りとなっているはず。最近の長大な作品にやや辟易気味だった私にも快い作品集だった。

(2003/06/06)


江戸川乱歩『妖虫 乱歩傑作選8』
東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 1994年3月25日付初版(1995年10月13日付4版) / 本体価格466円(再版当時、2003年06月現在本体価格580円) / 2003年06月09日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 昭和八年十二月から翌年十一月まで『キング』誌上に連載された、いわゆる通俗長篇の一本。実業家・相川操一の娘・珠子とその兄で探偵マニアの守、そして珠子の家庭教師・殿村京子が入った食堂で、殿村の読唇術が偶然に拾った会話は、不気味な犯罪計画であった。興味に駆られた守が訪れた現場で目撃したのは、春川月子という女優が不気味な一団の手で殺害される姿だった。犯人の一味が珠子殺害を予告するに及び、守はかねて崇拝していた名探偵・三笠竜介の登板を希う。だが、「赤いサソリ」を標榜する悪党は、そんな彼らを嘲弄するかのように大胆不敵な犯行を繰り返す――
 同年の連載作品が僅か三回で中絶するなど、決して本調子ではなかった時期の作品らしい。事実、犯罪の外連味もいまいちだし、探偵を含めどの登場人物も行動に精彩を欠いている。猟奇性を高めようとして登場させたと思しいガジェットも、行き過ぎて滑稽になっている側面が多々あるし、決着してみると果たしてそこまでする必要があったのか? と首を傾げる。終始そんな感じなので、中盤はちと飽きた。
 それでも、連載ものと承知のうえで解体してみると、一回一回読者を愉しませよう、読者の興味を惹こうと様々な趣向を鏤めているのが解り、不調であった時期にも優れた娯楽作家であった乱歩の一面が窺える。犯罪の手法や解決場面、そして特異な犯行動機などなど、色々な意味で現代の作家が書けないものも多く、この時代独特の雰囲気を味わうのも楽しい。
 通俗長篇のなかでもやや短めで、やたらに惨い描写が登場しないという点で物足りない、と感じることも出来るが、それだけにさらりと読める作品でもある。
 ただ、探偵と犯人との対決場面で、探偵が最後に用いたあの趣向だけはちと腑に落ちない。それは、ちょっと、あんまりだと思う……

(2003/06/09)


江戸川乱歩『湖畔亭事件 乱歩傑作選9』
東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 1995年8月18日付初版 / 本体価格563円(2003年06月現在本体価格600円) / 2003年06月13日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 大正十五年に雑誌と新聞でそれぞれ連載された、江戸川乱歩のいわゆる「通俗長篇」の嚆矢となった二作品を収録している。
【湖畔亭事件】神経衰弱症の療養のため、H山中のA湖畔に佇む宿に長期逗留していた私は、生来の悪戯心からあちこちに覗き眼鏡の仕掛けをつけて、宿泊客や従業員の飾らない姿を透き見することを楽しみにしていた。ある日、浴室の鏡の前で流血沙汰を目撃し仰天する。慌てて浴室に駆け付けたが、血のあとも被害者の姿も見つからない。滞在中に交流を得た河野という男と共に調べていくうちに、事態は複雑かつ深刻になっていき……
【一寸法師】小林紋三が夜の浅草公園で目撃した一寸法師。紋三の先輩である山野大五郎の娘・三千子の失跡。一見何の繋がりもないこのふたつの出来事が、銀座にある百貨店の呉服売場にある生人形の腕が屍体のそれにすげ替えられるという事件を契機に、不気味に結びついていく……小林の旧友であり、上海からの帰投以来沈黙を守っていた明智小五郎は、この事件を如何様に解き明かすのか?
 前者は乱歩初の連載作品であり、後者は初の新聞連載であるという。後者の終了直後、妻子を置いて一時的に失踪したくらいに乱歩を自己嫌悪の極みに追い込んだ作品だが、なかなかどうして、後年の『孤島の鬼』『吸血鬼』などを思わせるストーリーテリングの片鱗を見せながら、初期短篇の論理性の名残をも覗かせた、一種独特の味わいのある作品に仕上がっている。
 解説で橋本直樹氏が語るように、特に後者は終盤になってバランス感覚を損ない失速した印象があるし、解決編になって明らかに探偵しか握っていない証拠が提示されたり、関係者の証言を鵜呑みにしてしまっているあたりに手抜かりが見られ、論理一辺倒の本格ものと見るにはだいぶ問題があるが、それでも中盤までの先読み不能な展開、そこにきちんと鏤められた伏線の数々など、のちの「通俗長篇」とは異なる読み応えに満ちた作品となっている。こと前者は初期短篇、特に『屋根裏の散歩者』や『人間椅子』に通じる背徳的かつ蠱惑的な空気を宿しながら、決着には不思議なリリシズムさえ感じさせ、探偵小説として多いに問題を残しながらも忘れがたい印象を齎している。
 が、『湖畔亭事件』は兎も角、『一寸法師』については描写の面でも意識の面でも、現代の観点からすると道義的な問題を孕んでおり、そういう方向に敏感な読者には少々辛いかも知れない。ラストでは明智がとんでもない小細工を企むのだが、これとて乱歩がある描写を徹底したからこそどうにか受け入れられるもので、それを脇に避けると危険極まりない考え方である。これを古典的な娯楽作品と捉え、弁えた上で読み流すか、歴史上の教訓として記憶に留めておけるくらいの読み方が出来る人でないと、色々と拙い作品かも知れない。
 いずれにしても、初期の傑出した短篇作品から、一般読者を強く惹き付け「探偵小説」の膾炙に一役買った通俗長篇への橋渡しをした作品であり、初期の論理性を色濃く残した異色長篇として、なかなかに興味深い二作品である。

 ところで、なんでこの一冊だけ編集後記がないんでしょう。

(2003/06/13)


倉阪鬼一郎『無言劇』
東京創元社 / 四六判ソフト(創元クライム・クラブ所収) / 2003年06月20日付初版 / 本体価格1500円 / 2003年06月15日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 故・坊城本因坊が創設した、囲碁・将棋・麻雀という三つのボードゲームの集会場とそれぞれの名手が居を構える胡蝶ビル。新作の長篇本格ミステリの執筆に悩む作家・黒杉鋭一郎が入り浸るこのビルで、突如悪魔に魅入られたかのように連続する死。その果てに立ち現れる真相とは……?
 著者らしい仕掛けが随所に盛り込まれたミステリである。本格、と添えるのに躊躇ったのは、伏線こそかなり張り巡らされているが充分と言うにはやや不足の感を覚えたし、終盤の推理も恣意や直感が占める割が大きいように感じたからだ。
 そのうえ更に割り切れていない感覚があるのは、著者の資質が「不条理なものを描き出す」ことにより重きを置く傾向にあるからだろう。頻出するボードゲームに纏わる蘊蓄が、事件の推移と絡み合って複雑怪奇な読み応えを生じさせているあたりは、解説の福井健太氏が挙げる竹本健治のゲーム殺人事件三作を想起させる。
 細かな描写にまで気配りが行き届いた緻密な作品だが、その読みやすさの代わりに登場するボードゲームのルールが把握しにくく、三つのいずれかひとつでも不得手がある読者にやや敬遠させてしまう嫌いはあるように感じた。登場人物同士の対戦の推移もまた本編の読みどころのひとつゆえ、本当はこう言っては拙いのだろうが――ルールが把握できなくとも、さほど問題はない。本当に必要なことは、理解できるように書いてある。そこが巧い。

(2003/06/15)


高原伸安『乱歩先生の素敵な冒険』
文芸社 / B6判ソフト / 2003年06月15日付初版(2003年06月25日付2刷) / 本体価格1400円 / 2003年06月17日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

『予告された殺人の記録』以来沈黙を守ってきた高原伸安氏の第2作。昭和七年、失踪した江戸川乱歩が秘かに投宿した富豪の別邸兼旅館で起きる連続殺人。謎を解くのは乱歩か、それとも明智小五郎を彷彿とさせる探偵か?
 ……ええと、駄目です。
 まず文章がいけない。とっ散らかりすぎて、興味が繋がらない。小説を名乗る以上、ある程度自然に事実を提示するべきところを恣意的に、しかも大半を思い出したようにあちこちに挟んでいくから、読み手が状況を整理するのにも手間取るし、何より恣意的すぎて明らかに時間の進行に矛盾を来している。
 また、これはきっちりと検証したわけではないのだが、昭和七年という時代をあまり考証していない節があちこちに見られる。この当時果たして豊満な体つきの女性を「グラマー」と呼ぶ表現は使われていたのか、「本気」と書いて「マジ」と読ませるのが妥当なのかなどなど、突っ込んでいけば幾らでもボロが出そうだし、そういうところを疑問に思わせるほど迫真性に欠いている。物語は語り手が現代の時点から過去を振り返る形で記しているという体裁を取っているので、昭和七年以降に発表された乱歩作品との対比が地の文に見られるのはまだいいようにも思うが、それでも空気を壊していることだけは否めない。
 だが、何より拙いのは、題名にまで掲げた作中人物の江戸川乱歩が魅力に欠くのみならず、乱歩として適当な人間像に見えないことだ。地の文の拙さも原因しているが、作中人物の乱歩――正直、これを乱歩と呼ぶのも烏滸がましいと思うのだが――の口にするいい加減な推理を、語り手がめったやたらに賞賛するため、あらゆる言動が浅はかに映ってしまうのも問題なのだろう。人物の魅力のなさ、完成度の低さは他の登場人物も然りである。とってつけたような、伏線も紆余曲折もないロマンスも作品を薄っぺらなものにしている。
 唯一認められるのはトリックの創意だけだが、これとてオリジナリティに溢れるものではなく類例は遥か昔から存在しているものだし、如何せん叙述が拙いのでまったく効果を齎していない。そもそも最初の事件など、発生以前に不格好に提示された幾つかの要素のために、密室であると登場人物が驚いているのさえ馬鹿馬鹿しく見えるほどで、折角の大トリックが役立っていないのだ――実際には、仕掛けの段階で幾つもの欠陥があり、よく途中で発覚しなかったものだと呆れるばかり。また、この解決だと、事態を悪化させていたのは謎を解いた当人だ、ということになると思うのだが、この状況を目の当たりにして本当にこの書き手は心穏やかでいられたのか?
 第1作『予告された殺人の記録』の出来もあんまりだったが、そのなかのある記述のために、「まあ第2作ぐらいは読んでみようか」と思いつつ待つこと約十年、果たしてどれほどのものを示してくれるかと思えば……案の定だった、と言うべきか。文章力、物語を綴る力、トリックの完成度、どれを取っても低水準。
 これでもだいぶ言葉を柔らかくしたつもり、なのですが……

(2003/06/17)


ナボコフ/大久保康雄[訳]『ロリータ』
Vladimir Nabokov “Lolita” / translated by Yasuo Okubo

1) 河出書房新社 / 昭和34年2月発売 [bk1の商品ページを参照する]
2) 新潮社 / 文庫判(新潮文庫所収) / 昭和55年4月25日付初版(平成7年4月25日付24刷) / 本体価格743円 / 2003年06月19日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 パリに生まれ、幼少時の恋愛経験を引きずって幼い少女に性的衝動を覚えるようになったハンバート・ハンバートは、長じて渡ったアメリカの地で、宿命の「恋人」に出逢う。ヘイズ未亡人の娘、ドロレス――愛称ロリータ。教育の行き届かない跳ねっ返り娘の傍にいるため、ハンバートはヘイズ家の下宿人となり、やがてはドロレスの義理の父の座に納まるが、ある悲劇がハンバートの欲望を加速させていき……
 フロイトの学説(が、のちにすべてではないが撤回している)に名前を冠されるほどに膾炙した幼児性愛の象徴「ロリータ」の根拠となった小説である。が、現代人がその名前に感じるような扇情的描写は本書の主題ではなく、あくまで倒錯的だがある意味純粋とも言える熱情を、饒舌かつ衒学的な文体によって描き、背徳をも含んだ芸術に昇華する(或いは堕落させる)ことを目論んで執筆されたものだ。
 性愛描写を目当てに読み始めると肩透かしを食らうどころか、ふんだんな文学知識を盛り込んだ文章に辟易するだろう。承知のうえで時間をかけて読み解していけば、その豊潤な文学的芳香に最後まで酔いしれることが出来る。
 同義に纏わる問題などはあまり考えない方がいい。現代人の膠着した思考が作り上げた「純粋」を嘲笑いながら、同時に一途な熱情を執着的に描いた、純然たる文芸作品――作者に敬意を表して、娯楽作品と呼んでもいい。その話題性を抜きにしても後世に残ることが約束づけられた傑作だと思う……などという半端な讃辞を書き連ねれば書き連ねるほどうわついてしまうくらいに。

(2003/06/19)


西澤保彦『笑う怪獣 ミステリ劇場』
1) 新潮社 / 四六判ソフト / 2003年06月20日付初版 / 本体価格1300円 / 2003年06月20日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 特異な状況設定を駆使したミステリを得手とする著者の最新作品集。アタル、正太郎、京介の三人は学生時代からの腐れ縁で、連れだっては成果の上がらないナンパに精を出している。が、とある孤島で正真正銘の怪獣に遭遇してからこっち、改造人間に襲われるわ宇宙人に攫われそうになるわおよそ人知を外れたトラブルにばかり遭遇する――
 とまあ粗筋は荒唐無稽だが、基本はいつもの西澤節である。相変わらず容赦のない人間描写に、特殊な設定を援用した仕掛けが炸裂する本格ミステリを中心として、安定した筆運びを見せている。
 それどころか、その残酷すぎるくらいの人間洞察ゆえに従来の作品ではことの推移や結末が深刻な者になりがちだったのに対し、本書は事件の惨さ深刻さを特撮紛いの非常識な設定がいい具合に混ざり合い、事件の性質にあるアクを中和して他の作品よりも読みやすい印象がある。ろくでなしだがいずれも憎めない主人公三人に対する愛着と、往年の特撮ものへの作者の愛情も感じられる文章もあって、実に気楽に読んでいられる。一部、本格ミステリにすることすら放棄している話もあるのだが、それもまたご愛敬と言えよう。
 帯に謳われた「本格特撮ミステリ」という惹句に相応しい、荒唐無稽な設定と本格ミステリの融合を最もうまく成し遂げているのは冒頭の『怪獣は孤島に笑う』だが、いずれ劣らず無茶苦茶で楽しい。最後の『女子高生幽霊綺譚』だけは微妙にずれてしまった感があるが、次への伏線と捉えれば、いろいろと期待させてくれる幕引きでもある。
 真面目なミステリファンにお勧めするには問題が多いが、気軽な読み物で、けれどちょっと凝った細工も欲しい、という方ならばお薦め。そのうえ特撮愛好家ならば更に嵌ること請け合いではなかろーか。

(2003/06/20)


元田隆晴・編著『病院の怪談 医療関係者、恐怖の告白!!』
1) 竹書房 / 文庫判(竹書房文庫) / 2003年06月18日付初版 / 本体価格524円 / 2003年06月23日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 テレビやビデオに体験談を提供する著者の、五冊目となる恐怖体験談集。今回は著者以外に看護師、医学部学生から会計担当に警備員、葬儀社など医療関係の仕事に就く人々の体験談を収めている。
 自身の体験談を纏めるスタイルは、数を重ねるごとに密度が薄くなっていくという問題があり、本書のように同業者や関係者の証言を集めるという手法は理に適っている。が、それでも全体に味が薄くなっているのはどうしたものだろう。恐怖体験と言うよりはただの奇妙な体験と呼ぶべきものが多く、変に理屈や説明をつけてしまったために白けた印象を残す話も多い。加えて、体験者が医療関係者というだけで病院には何の関係もない話が幾つか混ざっているのが、題名に期待して本書を期待した向きには興ざめとなるのではないか。
 ただ、ひとつひとつを採り上げると、なかなか面白い話が含まれているのも事実。「訃報」「刺青」「帰国」のような、同一テーマのバリエーションが集まっていることに注目してみるのも面白い。もっと多くの話を蒐集した上で取捨選択をし、話ひとつひとつの質を更に高める努力が可能であれば、もっと優れた「怪談集」になりうる資質はあると思うのだが……。
 軽い読み物としてはまず及第点といったところ、か。

(2003/06/23)


江戸川乱歩『影男 乱歩傑作選10』
東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 1995年10月20日付初版 / 本体価格534円(2003年06月現在本体価格600円) / 2003年06月23日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 あるときは事業家、あるときは稀代の蕩児、あるときは猟奇的な作風で知られる小説家――男は様々な肩書と名前を駆使して社会の裏面を嗅ぎ廻り、人間の知られざる一面を垣間見ることに情熱を注いでいた。自ら称して“影男”――詭計に長けた男はある日、殺人請負会社を経営するという人物の接触を受け、殺人方法の立案を請われる。だが、この出来事がのちほど大きな災いを齎す結果になろうとは、流石の影男も予測し得なかった……
 昭和三十年の連載というから、乱歩晩年の作にあたる。最も多く作品を発表していた時期から約二十年を隔てしかも戦争を経て価値観にも違いが生じているせいか、文体にも雰囲気にも変化が感じられる。文章的には洗練されたが、往時の熱気は薄れている。
 反面、乱歩自らが綴るように、ガジェットのひとつひとつには乱歩の嗜好が濃密に反映されており、その淫靡な世界観は粘度を増しながらも瑞々しさを損なっていない。物語としての流れはやや切れ切れになっているものの、終幕できっちり結びつけようとしているあたりには相も変わらぬ論理性への憧憬も覗き、老境に至っても乱歩が健在であったことを窺わせる。
 明智小五郎が登場するわりにはいまいち活躍せず、幕引きも安易であったのが残念だが、倫理に束縛されない空間を表現している点では最盛期にも引けを取らぬ秀作。

(2003/06/24)


木原浩勝、中山市朗『新耳袋 現代百物語 第三夜』
1) メディアファクトリー / B6判ソフト / 1998年10月06日付初版(1999年07月28日付初版4刷) / 本体価格1200円 / 1999年08月09日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]
2) 角川書店 / 文庫判(角川文庫所収) / 平成15年06月25日付初版 / 本体価格590円 / 2003年06月24日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 現代の怪談本を代表するシリーズ第三作。オリジナルのメディアファクトリー版は、第一夜・第二夜と同年に刊行されている。
 著者が自ら語るとおり、シリーズの本質的な仕切り直しの一冊であり、その後の標準となるようなエピソードが綴られ、旧刊の反応として発見されたバリエーション、更にはシリーズの執筆中、著者や関係者の身に起きた怪異も収録されており、シリーズ後年の膨らみを予見させる内容となっている。元々「因果」や「呪い」の類は扱わない、という姿勢を貫いたシリーズだが、ことこの巻では従来の分類に当て嵌まらない――ただの錯覚や思い違いと言えばそうも捉えられる、だがそれにしてはあまりにも不合理なエピソードが多く収められているのも特徴である。
 本書は角川文庫に収録されるにあたって大幅な加筆修正が加えられ、本来「改訂版」と添えてもおかしくないものだという。今回この感想を書くにあたって、親本との比較検討を行うつもりだったが、時間的な都合もあり控えることにした。ただ、その訂正が親本発売後に発覚した、関係者の事情によって行われた部分もあることは特筆していいだろう。関係者の感情や事情を考慮していつでも筆を入れる覚悟、怪異として語ることで累を拡げない誠意、このふたつが本シリーズを凡百の怪談本と一線を画しつつ、同時に定番としての地位に押し留めている。
 ……いずれも今更触れるまでもない事実なのだけど、ある意味再出発となる本書の文庫化を記念してちょっと再評価してみた次第。

 ところで、読了当日の日記にも書いたことだが、本書の初版には一箇所、どう考えてもイニシャルで表記するべきところが、実名で記されている。ある有名な心霊事件(と呼ぶしかない出来事)に絡んだエピソードで、怪談マニアには先刻承知の出来事だしあくまで事件そのものは枕に過ぎないので、大過ないと言えば言うことも出来るだろうけれど、やっぱり気になるところ。

(2003/06/26)


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