原付二種の免許取得簡易化のゆくえ先週の21日は台風15号が首都圏を直撃して、ほとんどの鉄道を止めた日ですが、その日の朝にヤフーニュースがレスポンスのこの記事を掲載していました。
125cc以下というのは、いわゆる原付二種(50〜125cc)のことだが、免許制度では「普通自動二輪の小型限定」になる。そのため、教習所では原付二種ではなくて、小型自動二輪と呼んでいる。中型免許の下位クラスという扱いで、「自動二輪」と「原付」の間の、どっちつかずの中途半端な区分でした。『オートバイ国内4社、合同会見開催へ 9月21日』 レスポンス 9月21日(水)9時55分配信 オートバイの国内4メーカーが21日、東京・港区の自動車会館で会見を開く。 出席者は日本自動車工業会二輪車特別委員会のメンバーで、同会の要望事項の ひとつである「排気量125cc以下の免許取得の簡易化」についても何らかの発表 がある予定。ところが、アジアや新興国で爆発的に普及しているオートバイは、この125ccまでの小型バイクが主流。かつてはカブなどの原付も多く見られたが、なにせ人と荷物を運搬する経済の牽引車。馬力と燃費と利便性からしても、世界ではこのクラスが実用車。それが日本で普及しなかったのは、単に免許制度の障壁があったから。
3年ほど前のエッセーで、「スペインにおいては、2004年10月の免許制度改定により普通自動車免許で運転可能な二輪車の範囲が排気量50cc未満から125cc未満に拡大したことから急速に需要が拡大」したことに触れました。(『二輪需要のダイナミズム - HONDA Annual Report に見るバイク市場動向 08.3/13』)先進国においても、環境問題と経済性から、こうした原付二種の需要が高まるのは当然のことで、とくに50ccの原付の制限速度30キロというのは、都市圏のように交通の流れのあるところでは、かえって危険度を高めていることはだれでも分かります。原付が普通免許のおまけになっていることを思えば、原付二種免許も、せめて車の免許のある人にはもっと簡単に取得できてしかるべきなのです。
さて、いったい4メーカーは「排気量125cc以下の免許取得の簡易化」についてどんな提言をするのか、と楽しみにしていたのですが、続報がありません。台風のせいで、会見そのものも中止になったのかな、と思いながら、やっと見つけたニュースが、これ。
ここで言う「原付き」とは一種と二種のこと。不況と震災の影響で需要が高まるのは、途上国の事情と似ている。けれど、免許制度についての提言はありません。たかが販売実績の公表のために、メーカー4社が合同会見することもなかろうに。それとも、発表を予定していたが、直前にどこかから横槍が入ったか。もっとも、自工会ははすでに去年、原付二種の免許取得の障壁を低くするよう記者会見で発表していたようなので、今回も継続努力の意向があったものでしょう。『原付きバイク復権! 4年ぶりの販売増、震災を機に便利さ再評価』 産經新聞 2011.9.21 15:32 減少が続いていた原付きバイクの販売台数に底打ち感が現れた。日本自動車 工業会の二輪車特別委員会(委員長・柳弘之ヤマハ発動機社長)は21日、 二輪車メーカー4社合同で記者会見し、今年1〜8月の原付き販売台数が、 前年同期比10.5%増の24万636台と2007以来4年ぶりに増加に 転じたと発表した。わたしが中型免許をとったとき、教習所での規定実習は10時間。それが、1996年だったか、免許制度改正で、いまや17時間というから驚き。で、原付二種免許はというと、現在は技能教習が10時間(MT、普通免許あり)という。小林ゆきBIKE.blogによると、改正前は7時間だった。それを、
というのが、自工会の提案だったという。この自工会の二輪車特別委員会というグループも、何をやってんだか、この提言内容をHPに掲載していない。ニュース記事も今となっては検索でヒットしない。だから、「免許取得の簡易化」と聞いただけで、内容を早とちりしたコメントなどがブログや掲示板に見受けられる。<現行>技能教習 10時限、学科教習 1時限 → 技能講習 7時限程度+判定講習 1時限
疑惑の「冷温停止」 続報昨日19日は祝日だったので「たね蒔きジャーナル」はお休みかと思ったら、放送があったようで、さっそくYouTubeにアップしてくださった方がおられます。昨日の夜の番組ですから、とうぜんながら、政府が今日発表予定の「冷温停止」の前倒しと日本原子力学会について、水野アナが小出氏にインタビューしております。
『20110919 たね蒔きジャーナル 京都大学原子炉実験所助教 小出裕章』
疑惑の「冷温停止」ついでだから、「疑惑」シリーズをもうひとつ。今日NHKがテレビのニュースで、細野原発大臣のIAEAでの演説を伝えていました。
「冷温停止」なんていう、人を誤解へ導く用語を臆面もなくNHKが使っているなあ、とヤフーニュースに当たると、やはりヤフー編集部はすぐに反応していました。「福島第1原発の安定化作業」のカテゴリーのヘッドラインに掲載していたのはNHKではなくて、このTBS系のJNNニュース映像『細野大臣 冷温停止年内達成目指す』 NHK NEWS WEB 9月19日 20時0分 細野原発事故担当大臣は、ウィーンで開幕したIAEA=国際原子力機関の 総会で演説し、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉の温度を100度 以下に継続して保つ「冷温停止状態」について、当初、来年初めまでと していた予定を前倒しして、年内の達成を目指す方針を明らかにしました。でしたが、その同じページに関連サイトとして以下の2つがありました。さすがというべきでしょう。『年内に「冷温停止」宣言へ』 TBS系(JNN) 9月19日(月)12時9分配信 これまで、政府と東京電力は、原子炉圧力容器の底の温度が100度以下に なり、放射性物質の放出が大幅に抑えられる「冷温停止」を、来年1月中旬 までを目標に実現するとしてきました。現在、原子炉への注水は安定し、 1号機と3号機ではすでに100度を下回っていることなどから、20日に 公表する工程表の見直しの中で、「冷温停止」の目標時期を前倒しして年内に 達成できるとの見通しを示すことにしています。さすがというのは、上の小出氏インタビューで、ズバリ「冷温停止」の用語の誤りが語られているから。◇依然残る課題と今後の見通し ・ <福島第1原発>京都大原子炉実験所・小出裕章助教に聞く - 毎日新聞(9月9日) ・ 福島第1原発:自治体外避難10万人 帰郷めどなく - 毎日新聞(9月8日)おしりも今日、原発安全神話の構築を担ってきた日本原子力学会が事故後初の大会を開いたこともニュースになりました。テレビには会場の様子が少し映し出されましたが、まったく緊張感も、責任感もない空気が漂っていました。小出氏のインタビューには、これも折よく、学会所属の研究者についての言及があります。−−東電は工程表で、1月までの「冷温停止」を目指しているが。 小出 「冷温停止」という言葉は専門用語だが、「圧力容器の中の健全な核燃料を 100度未満にする」という意味だ。でも、今は炉心が溶け、圧力容器の底が 抜けていると東電自身が言っている。それなら「冷温停止」も何もないのでは ないか。工程表が発表された4月、東電は「炉心は(健全な状態に)ある」と 言っていた。そんな前提が崩れてしまっている以上、「冷温停止を目指す」目標に どんな意味があるのか教えてほしい。これまで原発推進に与した学者で、自分の間違いを公表したという例を知りません。これはひょっとして、学会という村に所属しているせいもあるでしょうか。「みんなで間違えば恐くない」?小出 日本原子力学会に所属する研究者は山ほどいるが、事故がとんでもない 状況になっているにもかかわらず「レベル4」と言い張る研究者もいた。原子力 を推進した自分の責任を逃れたいと思い、事故ができるだけ小さくあってほしい と思いながら発言した結果だ。日本原子力学会は「個人の責任を問うべきでは ない」との声明を出しているが、自分が間違ったと思うなら公表するぐらいの 気構えが必要だ。
疑惑の「東電の企業年金」報道ヤフーニュースのトピックスに、朝日の報じた東電企業年金の記事が紹介されておりました。
だが、記事は、東電の企業年金っていったいどれくらいの金額なのか、報じていません。かわりに、『東電、企業年金を減額へ 数千人の人員削減も』 朝日新聞 2011年9月17日21時27分 東京電力が、社員やOBの企業年金の支給額を削減する方針を固めた。人員も 数千人規模で削減する。原発事故の賠償問題で政府支援を受けたり、料金を 値上げしたりするには、5月に公表した合理化策を積み増して、世論の理解を 得ることが必要と判断した。いったい、なんのこっちゃ、と読んでいてイライラするのはわたしだけじゃないはず。企業年金は、給付額に影響する利回りを引き下げる方針だ。現在は現役社員が 年2.0%、OBが最高で年5.5%。下げ幅は調整中だ。引き下げには社員 やOBの同意が必要となる。もしも紙メディアで記事を読んでいたのならそこで不満と疑問を飲み込むしかないけれど、そこはポータルサイトとしてのヤフー。例によって、関連する参考情報のリンクをいくつか掲載していました。そのひとつが、
さて、ここに疑惑がふたつ浮上しました。ひとつは大手新聞はどこも東電の企業年金の金額を報じていないこと。ほんとに平均支給額が月40万〜50万円なら、これは日本に住む読者にとって驚愕ニュースだが、記者にとってはニュースではないのか、あるいは同じ境遇なのか、どちらかでしょう。『東京電力はふんぞり返っているOBたちの企業年金も見直せ!』 日刊ゲンダイ 2011年4月27日 掲載 原発事故で巨額の補償を迫られている東電は、役員報酬の最大50%減額など 人件費削減で総額540億円を捻出するというが、企業年金の支給額も見直す べきだ。 「JALがOBの企業年金を3割から5割カットしたように、東電も見直しが 必要でしょう。聞くところによると、平均支給額は月40万〜50万円程度と いうからベラボーです」(経済ジャーナリスト・深川孝行氏) 月40万〜50万円なんて厚生年金の倍以上、国民年金の5倍以上だ。これ まで原発を推進してきたくせに、今は悠々自適のOBたちが原発事故に対し “高みの見物”を決め込んでいるのである。もうひとつの疑惑とは、じつはヤフーに掲載されていた上の朝日の記事と関連リンクのページが、いつの間にか消えて(消されて?)しまったこと。サイト内検索でも見つからなくなりました。そこに掲示されていた関連サイトは、あと3、4件あったのですが、直接たどることはできなくなりました。けれど、Googleで検索すればまだヒットする過去記事はほかにもあります。たとえば、この記事は以前読んだ記憶のあるもののひとつ。
原発被害者ばかりでない。そんな「ベラボー」な企業年金を電気料金として、気づかないで払わされている東電管轄域の国民だって、穏やかではいられない。ここは、しかし、40万円という数字に唖然とするよりも、それをニッポンメディアがなぜ報道しないのか、というより、なぜ報道を規制できるのか、そのことのほうが、はるかに深刻な問題に思えます『懲りない東電、被災者の人生より社員の老後を優先』 2011.05.14 zakzak 福島第1原発の事故をめぐり、数兆円に及ぶ巨額の補償を迫られる東京電力の 清水正孝社長(66)は13日、参考人として出席した参院予算委員会で、 企業年金についての削減は考えていないことを明らかにした。 (中略) 同社の企業年金は1人月額40万円以上とされ、賠償金の原資捻出に伴う リストラの有力候補だが、減額には同社OBと現役社員の3分の2の賛同が 必要。トップ自らが早くも予防線を張った格好だが、老後どころか現在の 生活のすべてを奪われた原発避難者からは怒りの声があがりそうだ。
続 疑惑の「放射能つけた」報道――時事通信社へ問い合わせ昨日、USTREAMで「2011/09/12 枝野幸男経済産業大臣 就任記者会見」の様子を見ていたら、田中龍作氏が例の暴言記者を見つけて、名刺交換しようと追跡するシーンがありました。記者は無言のまま逃げ回ったといいます。記者会見で質問するときは、会社名と氏名を述べるのがルールですが、この記者は鉢呂辞任会見の場でそれもせず、この枝野就任会見では終止無言でした。
ただ、記者の所属が「時事通信社だった」とやりとりしているのが聞こえていました。(胸元に吊るすIDカードは会社名だけ? 氏名と顔写真入りではないか?)新聞社などに記事を配信する立場の通信社記者とはよけいに驚き。
確認された情報ではないので昨日、時事通信社のWebサイトの「お問い合わせ」フォームにより、質問メールを送りました。しかし、24時間経ってもなんの返答もないので、無回答が返答ということなのか、と解釈して、以下にその質問内容を公開します。
質問2の記事は、もしもこの記者によるものなら、ほとんど自作自演のねつ造記事ですが、確認できていないので、単に参考ということで。鉢呂吉雄経済産業相の辞任会見の一部始終をビデオで見ており ましたが、そこに記者とは思えない暴言を吐いていた参加者が おりました。その後、その記者は時事通信の記者との情報が ありますが、 1.ほんとに時事の記者なのかどうか? 2.もしそうなら、貴社サイトにアップされている「歯切れ悪い やりとりに終始=辞任理由、曖昧なまま−鉢呂経産相」(2011/09/10 -23:31)の記事はこの記者によるものか? 3.社としてこの記者の言動についてのご判断は? 以上、ジャーナリズムのあり方についての関心からお伺いします。
疑惑の「放射能つけた」報道10日夜、「放射能つけた」発言の責任をとって鉢呂吉雄経済産業相が辞任したニュースがありました。
大手メディアは新聞もテレビも一斉にこれらの発言を批判的に報道していたので、だれもが事実よりも評価のほうを先に植え付けられたことでした。そんなに大騒ぎすることでもない言葉尻をとらえて、メディアが大事件のように騒ぎ立てることのほうが、よっぼど不祥事だと思うが、いつものことなので、あまり深入りしていませんでした。鉢呂吉雄経済産業相は10日夜、東京電力福島第1原発事故を巡る不適切な言動の 責任を取り、野田佳彦首相に辞任を申し出て、了承された。 (中略) 辞任理由として、8日に報道陣に「放射能をつけたぞ」との趣旨の発言をしたことと、 9日の記者会見で原発周辺を「死の町」と表現したことを挙げ「大半は視察の中身の 真剣な報告をしたが、不信を抱かせる言動があったととらえられた」と釈明。 「放射能をつけた」との発言については「記憶が定かでない」と述べた。 『鉢呂経産相:辞任 「放射能」不適切発言で引責』 毎日新聞 2011年9月10日 20時16分(最終更新 9月11日 0時29分)【高塚保、和田憲二】ところが、辞任にまで追い込まれたことで、問題となった発言の事実と背景について気になりました。
そもそも、原発周辺が「死の町」であるのは事実で、問題なのはむしろ、この先何十年も人が住めない地域がありながら、政府と東電がそれを隠蔽したまま、あたかも数年で戻れるかのような幻想を与えていること。さらに、「死の町」にした張本人の責任を問う姿勢も見られない。もっとも、それはメディア自らが加担した結果だから当然ともいえる。
それよりなにより、大臣としての評価は、そんな言葉尻ではなくて、その政策と実行によってなされるべきはず。鉢呂氏は停止原発の再稼働に前向き発言の一方で、新設はしないで順次廃炉する方向を示唆するなど、まだはっきりと政策は見えていなかった。だが、「中長期のエネルギー政策を議論する「総合資源エネルギー調査会」に原発に批判的なメンバーも加える意向を表明。すでに人選を始めていたが、後任人事次第では白紙に戻る可能性もある」(毎日新聞 【野原大輔】)との記事からは、原子力ムラにとっては歓迎されない大臣だったことも背景にあったのではないか、と気づきます。
「放射能つけた」報道にいたっては、さらに疑惑だらけだ。ヤフーニュースでは、関連ニュース・記事の中で、鉢呂氏への批判記事とともに、鉢呂報道そのものへの批判記事も以下の4件、あわせてリンクを提示していました。これなどは、ヤフー編集部の見識というべきでしょう。
YouTubeにはその鉢呂吉雄経済産業相の辞任会見がカットなしにアップされています。そこに、やくざまがいの記者の発言も収録されています。その暴言を吐く記者をその場で諌めたのが、フリージャーナリストの田中龍作氏。彼は自身のブログで、こう伝えています。・ 囲み取材、測りかねた鉢呂氏の真意 - 中国新聞(9月11日) ・ 鉢呂発言でのマスコミ報道に抗議する - Approaches(9月10日) ・ 無念の経産相、辞任 - 河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり(9月11日) ・ 鉢呂氏辞任は脱原発議員に対するいじめにしか見えない - Afternoon Cafe(9月11日)「記者室に逃げ帰った」ということは、記者クラブメディアの記者でしょう。「放射能うつす」発言はどこで取材したかというと、上の中国新聞の記事にはこうあります。大臣を辞任に追い込んだ記者クラブの面々は鼻高々だ。記者会見室には哄笑が響く。 得意絶頂のあまりヤクザ言葉で鉢呂氏に答を迫る記者もいた。社名も名乗らずに 無礼千万な態度で質問するのである。同業者として恥ずかしい。 筆者はその記者をドヤシ付けてやった。後で名刺交換し社名を聞こうと思って いたが、当人は記者会見が終わるとソソクサと記者室に逃げ帰った。大手メディア の記者であることだけは確かなようだ。 『鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて』 田中龍作ジャーナル 2011年9月11日 00:33こういう「囲み取材」を担当するのはだいたい新人の新聞社社員。夜の11時半まで待っているのは、仕事熱心だからでも、なんでもない。そこでの大臣の言動を逐一メモして上司に報告する、いわばこどものお遣い。それをどう脚色するかはデスクのおしごと。中国新聞記事は最後にこう結ぶ。囲み取材の現場にいた共同通信の記者によると、東京電力福島第1原発の周辺地域 視察などを終えた鉢呂氏が議員宿舎に戻ったのは8日午後11時半ごろ。防災服のまま だった。帰宅を待っていた記者約10人に囲まれた。政策議論ではなくて「資質」診断を持ち出すようでは、いよいよニッポンメディアも崩壊への末期症状か。岡部央・共同通信経済部長は「『死の町』発言で、原発事故対策を担う閣僚としての 鉢呂経産相の資質に疑義が生じたことで、前夜の囲み取材での言動についても報道する べきだと判断した」としている。
バイクがニュース種になるのはめずらしく、盗難バイク押収のニュースがありました。
昨日の毎日新聞の記事によると、
と、台数とオークション転売に注意が向きますが、改めてヤフーニュースで関連記事を捜すと、TBS系のテレビではちょっと違った視点から報道されていました。(逮捕された3人は)昨年9月から、都内や神奈川、埼玉両県で計約300台 (被害総額約2000万円)のバイク盗を繰り返したとみている。バイクは 組み立て直してオークションで転売していたという。 『窃盗:廃品回収を装い、バイクを 容疑で3人を逮捕 /東京』 毎日新聞 9月6日(火)11時8分配信
文字情報の記事よりも、こちらの映像のほうが伝えるものが多い。ニュースのナレーションは、『窃盗団摘発「ヤード」に大量盗難バイク』 TBS系(JNN) 9月7日(水)0時34分配信というが、ライダーなら誰しも「・・・?」と思ったのは「タイヤにカギがついたままのバイク」って何?、でしょう。映像を見ると、すぐに切断できそうな細めのワイヤロックが付いたままでした。(たしかに、日本語ではキーとロックを一緒くたにしていることがあるかも)切断していると泥棒っぽいので、白昼堂々と持ち上げて回収したということか。中からは盗難バイクが次々と見つかりました。中にはカギ穴が壊されたもの やタイヤにカギがついたままのバイクも・・・。押収台数は、72台に上り ました。さらに、「押収台数は、72台に上りました」というが、映像ではこのヤードに原付はじめ中型と思しき車種が何百台と並んでいる。つまり、盗難バイクと(一応正規にか)買い取られたバイクが混在しているらしい。皆が皆盗まれたバイクではない、ということ。
注意して報道内容を読むと、逮捕されたのはヤードの責任者ではなくて、窃盗の現行犯(実行犯)の2人と、それを買い取る「中古二輪車買取販売業」の1人。ヤード側は、おそらくこの買取販売業者から仕入れているので、
と、関与を否定。で、ナレーションは、警察は「ヤードなどが、盗難バイクの隠し場所になっているケースが多いとみていて、ヤードの実態解明を急いでいます」という。「うちらは(盗難品とは)見当がつかない」(「ヤード」作業員)知らない人は、これでバイク盗難対策が進展すると期待するかも知れないが、「実態解明」なんて意味がない。というより、できない。だいいち、このような野ざらしヤードにしろ、屋根付き倉庫にしろ、盗難バイクを隠匿、保管、分解する集積所はずっと昔から知られていることで、そこで盗難バイクを押収したことも何度もニュースになった。でも、それによって何か対策が打たれたわけではない。
なぜ、こうもバイク盗難が野放しなのか?
人の社会であるかぎり、窃盗はいつの世にもつきもの。しかし、バイク窃盗は社会学的犯罪でもある。バイク窃盗件数は、10年ほど前までは年間24万台、ここ数年は10万台を切るところにまで落ちたが、それでもゆゆしき数字と言わざるをえない。バイク窃盗の特徴、それは、多くが転売目的である、ということ。転売できる環境・条件があるから、バイク窃盗が生まれる。転売できる環境・条件があるかぎり、バイク窃盗はなくならない。
その環境のひとつは、二輪窃盗が四輪窃盗よりも「軽い」こと。警察にとっては二輪窃盗は、ひったくり以下、万引きと同じ扱い。組織犯罪であることがはっきりしない限り、捜査の対象にはならない。被害届を出したときに、「まあ、見つからんね」と冷たく言われた被害者も多いことでしょう。
それに加えて、いわゆる法律上の「善意の」売買。盗品と知らずに買わされても、所有権をもてること。つまり、盗品と知って買っても、「知らなかった」と言えば済む。そのために、組織的バイク窃盗は分業が成り立つーー実行係、買取係、保管係、出荷係などなど。
三つ目は、怪しい保管場所があっても、そこに盗品がある、という証拠がなければ簡単に立ち入れないこと。かつては、大型バイクに発信器を付けていたオーナーが場所を特定したため、警察が踏み込めた、というケースがあったが、今回も、現行犯で逮捕した犯人からの供述でヤードに捜査令状が出たものでしょう。
それでは、転売をしにくくする環境・条件はなにか?
いちばん効果があるのは、盗品であることがすぐに分かってしまうシステム。それには、まずVIN(車体番号)を個々のバイクのIDとして一元的にトレースできるようにすること。そうなれば、VINによって盗品と判明したバイクは、購入者が「知らずに」買ったとしても、即没収の対象にできる。
バイクは戦後日本が誇るべき産業技術であり、その技術で世界のレースを制しただけでなく、それが戦後の経済復興にどれだけ寄与したか、忘れてはならない日本の文化のひとつ。いま、日本のバイクが途上国で爆発的に需要が広がっていることが、それを象徴している。そんな貴重な国民的宝にたいして行政は、駐輪規制、速度規制、免許規制によって、常に邪魔者扱いをしてきた。今やニュースになるのは、バイクに絡んだ犯罪や事故だけ、か。
8月のもうひとつの顔――「西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり」8月は、人によっては高校野球の月かも知れないが、日本にとっては敗戦記念日と原爆忌の月。敗戦か終戦かで、まだまだ対立があるようだ。終戦があるなら開戦があるが、その開戦についてもずっとひっかかるものがあった。それは1941年12月8日の朝6時に放送されたというNHKラジオの開戦第一報。
「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍は今八日未明、西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり」これが今では普通名詞にまでなった「大本営発表」の第一回目の広報だという。記録映画やドキュメンタリーでこのラジオ放送をなんども耳にした。このどこにひっかかるものがあるかというと、「戦闘状態に入れり」という妙な表現。「奇襲攻撃をかけり」とか、「戦闘を仕掛けり」とかいう能動的な動詞ならわかるが、「入れり」じゃあ、受け身とまではいかなくても、自然発火のような含みを聞き取ってしまう。それと、「西太平洋」って、いったいどこのことを言っているんだろ?このことはこれまで詮索することはなかったが、8月ということもあり、インターネットでなにかひっかかるかも、と検索すると、あった、あった。その放送を聴いていた当時の「軍国科学少年」による興味深い回想録(というより、再現ドラマに近いか)。その中に、上の放送を聴いた日のことがこんなふうに描写されている。
著者は戦時中「殺人光線」開発に関与した技術者、新多昭二氏(1927〜)で、その回想録『日本陸軍の殺人光線開発計画』の中の一節。まるで日記をこまめにつけていたかのような、生々しい状況が伝わってくる。”アメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり...” 続いて、今日は重大な発表が あるかも知れませんからラジオのスイッチは入れたままにして下さい、とのこと。 いま放送を聞いた人はそうするだろうが、問題は聞いていなかった人たちだ。ラジオ 放送というものは、やっているときと放送していない時間帯がある上に、ラジオそのもの がない家もざらである。ラジオの普及率はまだ50%に達していない。 やがて食事が終わったころになると、隣組の組長さんたちが次々と押し掛けてきた。 みんな興奮状態である。「これから日本はどうなりますんやろ」、と口々にいう。 (中略) 大事な発表があるといっても、それが何かは容易に想像がつく。恐らく宣戦布告の詔勅と、 それに基づく総理大臣の談話の類に相違ない。 (中略) 夕方のラジオで宣戦の詔勅と東條首相の話が放送され、戦況は9日の夕刊でやっと知る ことができた。どうやら日本軍があちこちを同時に攻撃しているらしい。 ハワイの米艦隊を爆撃して損傷を与えたとあるが、戦果の詳細はまだわからないらしい。 攻撃部隊が帰還するまでは詳しいことは不明のまま、と考えていいようだ。ホノルル沖で 海戦があったというが、なんだか話が矛盾している。 (中略) それにしてもラジオで聞いた宣戦の詔勅は難しい。聞いただけでわかった人は先ずいない だろう。もっと普通の言葉で放送して欲しいと思うが、もしそれを言ったら不敬罪で憲兵隊 に引っ張られるかもしれない。 イギリス人やアメリカ人は、英訳したものを見たり聞いたりするだろうから誰にでもわかる だろう。ただ日本人だけが聞いただけではわからないのだ。ラジオで聞いてもチンプンカンプン、 さりとて新聞で読んでもさっぱりわからない。これは大いなる矛盾というものだ。 『日米開戦! 帝国海軍ハワイを奇襲、英米軍各地で敗退』これを読んで気づいた――宣戦の詔勅が出されないうちに「戦闘状態に入れり」放送があったのだ。わたしのひっかかることとは、思えば、このことだったのだ。
ところが、この「戦闘状態に入れり」でもうひとつ、意外な論文がヒットした。それはこんな書き出しで始まっていた。
著者は小林秀雄(文芸評論家 1902〜1983)。わたしの高校時代は、その著作が読まれていなくても名前だけは知られていた。これまで何度も「全集」が出ているようだ。「来るべきものが遂に来た、」といふ文句が新聞や雑誌で実に沢山使はれてゐるが、やはり どうも確かに来てみないと来るべきものだつたといふ事が、しつかり合点出来ないらしい。 「帝国陸海軍は、今八日未明西太平洋に於いてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」 いかにも、成程なあ、といふ強い感じの放送であつた。一種の名文である。日米会談と いふ便秘患者が、下剤をかけられた様なあんばいなのだと思つた。僕等凡夫は、常に様々な 空想で、徒らに疲れてゐるものだ。日米会談といふものは、一体本当のところどんな掛け引き をやつてゐるものなのか、僕等にはよく解らない。よく解らぬのが当り前なら、いつそさつぱり して、よく解つてゐるめいめいの仕事に専念してゐれば、よいわけなのだが、それがなかなか うまくいかない。あれやこれやと曖昧模糊とした空想で頭を一杯にしてゐる。その為に僕等の 空費した時間は莫大なものであらうと思はれる。それが、「戦闘状態に入れり」のたつた 一言で、雲散霧消したのである。それみた事か、とわれとわが心に言ひきかす様な想ひであつた。 『三つの放送』(1942年1月『現地報告』)ところが、上で引用した論文をアップしているサイト管理者によると、この論文(雑誌名からすると寄稿文というべきか)はこれまでどの全集にも単行本にも収録されていないし、各種年譜にも記載がない、という。(これは2000年2月10日時点のコメント。その後の出版物については未確認)
「戦闘状態に入れり」に首をひねった少年がいれば、それを名文と褒め上げる文芸評論家もいたわけだ。だが、この大本営発表文についてのせっかくの文芸評論を著作集から外してきたのはなぜだろう。
文壇に登場したころの小林秀雄は、パラドックスや対句を多用したその文章のスタイルが新規で、多くの文学青年を捉えたことは容易に理解できる。それが文芸という狭い、閉ざされた世界ではもてはやされたものの、ひとたび現実に起っていることについて論評を始めると、そのスタイルがこんどはいかに滑稽なものに反転するか、上の評論文がよく表している。
この文芸評論家小林秀雄が潜ませていた危うさを早くから読み取っていたのは戸坂潤(哲学者・評論家 1900〜1945)くらいか。(「文芸評論家の意識」1934年 『思想としての文学』戸坂潤全集 第4巻 105ページ 勁草書房)
ただ、ひとつ小林秀雄の功績といえるのは、その名を冠した文学賞を全集の出版社である新潮社が設けたことか。その第一回の受賞作品に斎藤美奈子の『文章読本さん江』が選ばれているが、これこそパラドックスのようなものだ。斎藤美奈子の評論スタイルは小林秀雄の正反対。この『文章読本さん江』を読んだあとで小林秀雄を読み返すと、そのウリにしていた文体がいかに根の浅いものか、現代の文学青年だってその手の内に気づくんじゃないかしら。
「戦闘状態に入れり」でもうひとつ連想することがある。今年3月12日、福島第一原発の1号機で水素爆発が起ったとき、東電と政府は「なんらかの爆発的事象があった」と言い続けていた。事故なのに「事象」と発表し、それをまたマスメディアがオウムのようにコピーする。ただ文字面をいじっているだけで、現実との乖離を強制するメディアの報道スタイルは、どこか大本営発表の作文と、文芸評論家の文章いじりに似た臭いがする。
電力会社って「会社」かい?いくら赤字になろうと潰れない保証ができた東電が9日、さっそく4〜6月期連結決算で5700億円もの赤字をおおいばりで発表しました。よくできているシナリオ。
電力料金はコストにたいして一定の利益を上乗せして決まるしくみになっているので、一般企業のようにコスト削減に取り組む必要のない電力会社は、言い値で電気という商品を売りつけられる。商売というより、徴税感覚。
記者会見した東電の西沢俊夫社長は、料金値上げについて「言及を控える」としたが、メディアの中には「東電、最終赤字5700億円…賠償へ値上げ不可避」(産経新聞)と、値上げを誘導するような、東電への忠犬ぶり丸出しの記事も。
同じ9日東北電力は、「東京電力からの電力融通枠を60万キロワット増の最大200万キロワットに拡大したと発表した」(朝日新聞)。なんだ、やっぱり東電の発電能力は余力あり、か。原発がないと電力不足になる、とずっと東電の「こどものお遣い」報道をしてきた大手メディアは、その記事でなんのツッコミも入れない。そもそも、電力需要のピークなんて真夏の日中のほんの数時間。それ以外、とくに夜間は電気は余っている。熱帯夜のときはしっかり冷房を入れるように、なぜマスコミは喚起しないのか? それを言い出すと、電力不足キャンペーンのウソがバレるから?
「たね蒔き」の古賀茂明氏インタビューその著書『日本中枢の崩壊』(講談社 2011年5月)が大きな反響を呼んでいる古賀茂明(経産省大臣官房付)氏が先月29日に『たね蒔きジャーナル』に出演したときの放送分が公開されています。いつもは小出裕章氏のインタビューをYouTubeで聴くだけなのですが、このたね蒔きのサイトは1週間ほど経ってから番組の「再放送」をいくつかアップすることがあります。
このインタビューで初めて知ったことのひとつが経産省の「原子力安全・保安院」の名称にある中ぽち(中黒)「・」の意味。いつもキーボードで打つときに、なんでこのぽちがあるのかしら、と疑問でした。てっきり「原子力<安全・保安>院」とばかり思っていました。
ところが、そうではなくて、この保安とは「鉱山保安」から来ているとのこと。鉱山関係の仕事がなくなって余った人員を取り込むことになった。素人が原子力を担当するために、監督すべき電力会社から原発についてまず基礎教育を受けるという。警察が泥棒を先生にしているようなものか。
もひとつは、成立した「原子力賠償支援機構法」についてのコメント。「簡単にいうと、東京電力を絶対に潰さないという枠組み」とばっさり。しかも、「今後、原発で事故を起こしても、その電力会社は潰れない」という。そういえば、原発事故直後、東電の株価が暴落したときに、銀行は2兆円を無担保で貸して支えた。それは、その時点でさえ「東電が潰れないと分かっていたから」。
この「再放送」も週明けには消えるかも。関心のおありの方はお早めに。
岡山湯郷ベルをサポートする地元メディア<女子サッカー>国民栄誉賞がなでしこジャパンに贈られることになって、優勝フィーバーが続いているような印象を受けますが、冷めた見方をすれば、これはメディアにお手軽視聴率稼ぎをさせているだけだし、落ち目の内閣が支持率アップを狙った打算も見え隠れします。
その演出されたフィーバーに乗っかってメディアに露出することの多い選手について、人それぞれだからどうのと言うこともないが、やはり思い出すのは、帰国の翌日20日には地元の岡山に戻り、練習に参加した宮間あやと福元美穂だ。
7月21日のヤフーニュースの『もう練習!宮間「W杯は終わった話」』という見出しには、にわか盛り上がり組のわたしも冷水を浴びせられた思いがした。その元記事はまだスポニチのサイトに残っています。W杯のまだ終わっていない東京メディアには、それ以降宮間はほとんど登場していない。
YouTubeには地元岡山の放送局が制作したと思われる特集やTVニュースをこまめにアップしている方がおられます。そこに、21日に放送された特集番組『岡山から世界へ なでしこの軌跡 0721』があります。これは、ローカルの放送局がずっと地元の湯郷ベルをサポートしてきたことの一例です。コンテンツも優れたもので、地域に根ざしたスポーツとしてのサッカーの、ひとつのあり方を示しているように見えます。そこには、視聴率だけで動く東京の放送局とは違い、地元チームと一緒にピッチに立つローカルメディアの姿があります。
またか「分かった」報道 -- 共同通信が配信記事中の談話をねつ造、だって?お昼のNHKニュースで「あれっ」と思える報道がありました。共同通信社がその配信する記事をねつ造していた、というのです。ほんとなら、これは大変。
テレビではねつ造が発覚したような印象を受けました。じっさい、テロップはこうなっています。
でも、なんだか変。去年の10月のことが今になってどうやって「分かった」んだろう。だいいち、ねつ造したという観客の談話なるものも、べつにどうってことのない、たんにお飾りの内容でしかない。新聞社や放送局にニュースを配信している共同通信社が去年10月、サッカーの 国際試合で、取材をしていない架空の観客の談話をねつ造して記事にしていた ことが分かりました。共同通信社は、関係者を厳重注意にしたうえで「極めて 不適切な原稿で、社員の教育を徹底していく」としています。 『共同通信社 談話記事をねつ造』 NHK 8月2日 12時18分これを記事にしているメディアは、わたしが捜しただけでも、4社ありました。朝日、毎日、読売、時事通信社。このうち朝日がいちばん詳しい内容なので、これは朝日が抜け駆け報道したものでしょうか。
ここでもたんに、「1日、わかった」とあるだけで、「本紙の調査で」という文言もないので、これはマスコミ関係者の間では知られた事実だったのではないか、とわたしの第6センサーがピクピクします。社団法人共同通信社(東京)が昨年10月、国内の新聞社などに配信したサッカー 試合の記事に、記者が取材していない架空の観客の談話が加えられていたことが 1日、わかった。談話は、東京新聞など4紙が試合翌日の朝刊で掲載した。 『共同通信が談話捏造 次長処分』 朝日新聞 2011年8月2日5時32分読売は朝日の記事の後追いのような短いもの。毎日も後追いの内容だが、最後に記者の署名入りで取材内容を加えている。
なんだ、直後に訂正記事を配信しているじゃないか。どうやら今回「分かった」ことは、その責任者を処分していたことらしい。そこを、さすが同じ通信社として正確な表現を選ぶ時事通信社は以下のように配信しています。同社は翌(昨年10月)10日、4紙に経緯を説明し、「事実関係に誤りが あったのでおわびして訂正します」との記事を配信したが、4紙は掲載して いない。神戸新聞は「読者にお知らせしなければならないほど重大な事実誤認では ないと判断した」、東京新聞は「経緯を調査中」と説明している。【加藤隆寛】 『共同通信:記事中に虚偽談話 運動部次長らを処分』 毎日新聞 2011年8月2日 11時41分(最終更新 8月2日 12時33分)ここで「2日、分かった」というのは朝日の記事を指しているのでしょう。共同通信社(東京都港区)が昨年10月に配信したサッカー日本代表戦の記事を めぐり、会場にいない虚偽の観客談話を書き加えたとして、同社が運動部長と同部 デスク(次長)を処分していたことが2日、分かった。(中略) 同社は同(昨年10月)10日に「虚偽の談話を作ってしまった」と掲載社などに 謝罪し、訂正記事を配信。同26日付で運動部長と次長を厳重注意処分とし、次長は 編集担当部署から外したという。 『虚偽の観客談話加え配信=共同通信、運動部長ら処分』 時事通信社 2011/08/02-10:32さて、どうしてこんなつまらん記事を朝日が報道して、それをテレビ(NHKと日テレ系)さらに主要新聞社が追っかける報道をする、というパターンが成り立つのか?
新聞社は自社の取材だけでなく、通信社からニュースの配信を受けて記事にしています。共同通信社の加盟社は主に地方ブロック紙で、毎日新聞と東京新聞は加盟社だが、朝日新聞は契約社という関係。インターネット時代になってニュースの速報が次第にネットに比重を移すようになり、かつ、独自に調査研究して報道するネットジャーナリズムが台頭してくると、もともと取材力や執筆力がない大手メディアの「記者」は存在意義が薄れてくる。新聞社と通信社の記者の間で、なにか軋轢やらやっかみがあるものか。
談話記事をねつ造したのはけしからんが、すぐに訂正記事を配信して、責任者を処分したのは自浄能力があったということ。それよりも、これまで東電や原発推進学者の原発安全神話ねつ造に加担してきたニッポンメディアが、どこまで反省と自浄ができているのか、というニュースが欲しい。