アダルトチルドレンって聞いたことありますか?
アダルトチルドレン(AC)とは、子どもの頃に子どもとして子どもらしく過ごすことができずに子ども時代の痛みを抱えたまま大人になった人たちです。
「アダルトチルドレンは心の中に慢性的な喪失を抱えている。でも自分が何を失ったのかははっきり気づいていません。そこにあるのは、
漠然としたむなしさ、
何かが足りないという感じ、
今の自分ではだめなのではないか、
という不安です。」
子どもらしく過ごすことができなかったとはどういうことでしょうか。
家庭環境は一人ひとり違います。
例えば、
親が依存症(アルコールやギャンブル、仕事など)であったり、家庭内不和、暴力(言葉の暴力も)、親の子どもへの無関心、ケアの不足、虐待(身体的、精神的、性的)、子どもへの過剰な期待、過干渉・・・など、
このように子どもたちが安心感のもてない不安な家庭である場合、子どもの心は歪められて成長していきます。
私たちは本来、のびのびと必要なものは与えられ、一人の人間として尊重されて育つべき存在です。
しかし、機能不全家族では子どもの情緒的欲求は満たされず、子どもの健全な自己愛・自尊心の成長は妨げられて慢性の情緒的見捨てられ不安を体験するのです。
子どもは無力です。
親や育ててくれる大人たちが周りにいなければ生きていくことはできません。
となると、子どもにとって見捨てられるということはとても恐ろしいことです。
なんとか親に愛してほしい、振り向いてほしい、気に入られようとするかもしれません。
見捨てられないために「親にとっての良い子」になったり、過剰に合わせたり、我慢したり・・・
どんどん自分がわからなくなっていきます。
自分を信頼できなくなったりするかもしれません。
そして、自分を信頼できないことは人を信頼できなくなっていくことにつながっていきます。
「役割を演じるアダルトチルドレン」
アダルトチルドレンは子どものとき、その家庭環境がゆえに家庭の中でいろいろな役割を演じようとします。
それらの役割はもはや本来の子どもらしさとはかけはなれています。
子どもには荷が重過ぎるような役割を自ら演じようとするのです。
家族の混乱状態に秩序をもたらすため、物事を一生懸命にきちんと管理しようとする。すべて親のため、家庭のため。自分の感情を抑圧して我慢している。
気配を感じさせないことで家族の安定に貢献しようとする。何かを願ったり要求したりせず、自分の周囲には感情を通さないバリアを張る。閉鎖的、内向的。
他の家族の情緒的なニーズに答え、苦痛を軽減しようと努めることで、少しでも自分の安定を保とうとし、自分の痛みから目をそらす。ひたすら周囲の役にたとうとする。「あなたはどうしたいの?」と聞かれると頭が真っ白になる。自分のことをしないで家族のためになにかをしようと常に考えている。自分のことがよくわからない。
家族に代わって、「助けて!」「自分たちを見て!」と声をあげる役目を果たしている。声をあげることで注目してもらおうとする。悪いことをして怒られても全く関心をもってもらえないよりはましだと感じる。
多くの人は、ひとつの役割でなく、いくつかの役割を組み合わせて演じていたことに気づきます。例えば、なだめ役であると同時に責任を負う子でもあったというように主となる役割があり、何かの状況では別の役割で行動します。
大人になっても私たちは無意識にそれらの役割を演じ続けます。
まるで自分はそうしなければ人から受け入れられないとでもいうように・・・
しかし、本来の自分ではなく恐れをもとに仮面をかぶって生活しているようなものなので、やってもやってもやりきれない虚しさがつきまとうのです。
クラウディア・ブラックの著書によれば、機能不全家族の環境を支配するルールには、
「話すな」
「信頼するな」
「感じるな」
があり、環境の土台には、
「否認」
「孤立」
「硬直性」
「シェイム」
があると言っています。
否認は率直さや正直さを喪失させ、孤立は情緒的なつながりの喪失であり信頼感の喪失、硬直性は柔軟で自発的な選択肢の喪失、シェイムは自己価値の喪失です。
どんな人でも孤独や拒絶を味わったりするでしょう。
しかし、子どもがこうした体験に深刻なレベルでさらされたら、自分を打ちのめすような慢性的な喪失感を長く引きずることになるのです。
そして、大人になるにつれて次のような部分を自分に感じるようになります。
・孤独感、自己疎外感、無価値感がある。
・過度に自己犠牲的。
・感情の起伏が激しい。
・自分の感情の認識、表現、コントロールが下手。
・自分の考えに自信がもてない。常に他人の同意を必要とする。
・傷つきやすく、ひきこもりがち。
・物事を最後までやり抜くことが困難。
・罪悪感を持ちやすい。自分を必要以上に責める。
・過剰に自責的な一方で無責任。
・リラックスして楽しむことができない。
・他人に依存的であったり、逆に支配的であったりする。
・物事にのめり込みやすい。
・衝動的。
・習慣的に嘘をつく。
・真面目すぎる。
・親密な関係を持つことが難しい。
・他人と自分は違うと常に考えている。
私たちは子どものころは無力で、その時を自分なりに精一杯生きてきました。
大人の目から見ればつたないと思えるやり方だったかもしれません。でも子どもにとっては必死でその場を生き抜くため自分で考えた適応行動だったのです。
そして、私たちは環境からいろんなものを感じ取りました。
自分の気持ちを抑えれば丸く収まるだろうか・・
こうしたら愛してもらえるのだろうか・・
うまくやればほめられるだろうか・・・
いろんなことを自分なりに解釈して行動しました。
周りが自分をどう扱うかで、自分を判断してきたのかもしれません。
もし、子どものころに感じたり考えたりしたことを基盤に身につけた行動パターンを大人になっても無意識に反応して繰り返し、それによって違和感や辛さを感じているなら心の中を見つめてみることです。
そのパターンを変えたほうがいいという自分の深い部分からのサインかも知れません。
私たちはもう無力な子どもではありません。
過去に起こった出来事は変えられないけれど、自分が過去をどう認識し、どう思うかはどんどん変えていけるのです。
そしてこれからをつくっていくのは自分です。
実は、機能不全家族を形成しているその親自身も、さかのぼれば"機能不全家族に育っていた"という例はよくあることだそうです。
たしかに幸せであったらそんなことしていたでしょうか。。
役割は違ったかもしれませんが、自分を苦しめたと感じていた親もひょっとしたらアダルトチルドレンかもしれません。
つまり、ときに世代間を連鎖するのです。
わたしたちはその辛さを知っています。子どものころ自己愛・自尊心を育てられなかったことはとても苦しいことです。
それを思うと怒りが出てくるかもしれません。
そしてその下には悲しみがあることに気づくかもしれません。
でもそのさらに下にはみんな「愛」があるんです。
愛を知っているからこそ、愛されなかったことや、自分を愛せないことが辛いのです。
どうぞ表面の苦しい感情にとらわれないでください。
みんなちゃんと光をもった存在ですから・・
※AC(アダルトチルドレン)
本来アルコール依存症患者の子どもとして育ち、
現在は成人に達した人びとをAdult Children of Alcoholics
と呼んだのが語源となっています。
参考書
クラウディア・ブラック
「子どもを生きればおとなになれる」