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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − school festival −





「ったく」
人を悪もん扱いしやがって。

ぶちぶち言いながら、廊下を歩く。
その隣りを、アリスの格好をした伊集院が並んだ。
「竜くん、もう今日は当番終わりですか?」
「おう」
12時に解放されて、あとの仕事は明日の片付けだけだ。
試合までに昼メシ食いに行くか。
「私も一緒にいいですか?」
「おー」
パンフレットを眺めながら適当な返事をした。
「ホントに?」
「あ?」
弱気に訊き直す伊集院を見下ろす。
「私、今日はさすがにアリスのままじゃないといけないのですけれど・・・」
どうやら昨日みんなに怒られた様子。
ま、そりゃそうだ。
「別に構わん」
「・・・竜くん・・・!!」
お前も 廊下の ど真ん中で抱きつくなーー!
デコを手のひらで押さえて俺は伊集院が飛びつくのを防いだ。
「もう、竜くんは照れ屋さんなんだから」
そういう問題じゃねえ。
「・・・でも照れ屋な竜くんが、それでも一緒に・・・!」
いや、あのな。
感動しているトコ悪いけど。
「すでにもう注目度満点だから」
雑用やってる最中、何度『リョウくん』と呼ばれたことか・・・
『ヒール』だの『一宮竜也』(呼び捨てかよ!)だの、散々指差され。
「平穏はもう失われてるからな」
いまさらアリスと歩こうが同じ。 むしろ注目が分散されて良いくらいだ。
「人をヒールヒールって」
「竜くんって、なんだか、ちょいワル、って感じですものね」
「ちょいワル・・・」
それもまた中途半端な感じで嫌だ。
ブスっとしていると、伊集院がクスリと笑った。

「竜くん、本当はヒーローなのにね」

「・・・はい?」


「 正義の味方なのに 」

は?



「ね?」
「ね、と言われましても」
なんの話?



「『 オレ一宮竜也! セイギのみかた! 悪をたおすんだぜ!



ギ、


 ギャー!



「お、おまっ、なぜそれを・・・!」
「竜くん可愛かったなぁ〜〜」
やめてくれーーー!!

「ばっちり覚えてますよ」
忘れろ!そんな昔のこと!!!


「ヒーローといえば竜くん・・・私の中のヒーローは竜くん一人です
ぐぎゃア〜〜〜!
訳の分からない言葉を発しながら俺は頭を抱えた。

「そして竜くんってば・・・」
もういい!やめて!
「・・・もしかして竜くん、照れてます?」
「くっ!」
そんな古い話 持ち出されたら誰だって恥ずかしいわ!

「初めて見ました!竜くんの赤い顔!!!」
見たい見たい、と伊集院が下から俺の顔を覗き込む。
「ちょ、待っ、」
「可愛い竜くん!!」
「そ・・・そんなことする人は一緒にメシしません!!」
「え、うそ、やだ!」
「さらば!」
「ヤー! 忘れます、忘れました!」
さっさと去ろうとした俺のシャツを掴み、伊集院が引き止める。

「あ!ほら、タコス美味しそうですよ!」
俺の食欲を誘い出そうと、赤と緑で派手に描かれたタコスの絵を指した。
「しかも私は割引券を持っています!」
そう言って、チケットを俺の目の前に出してヒラヒラと泳がせる。
「なんで持ってんの?」
「リボンの色を知りたいらしくて、色んな人から貰ったの」
なるほど。
「私と回ればたくさん割引がついてきます!」
必死!という顔で伊集院は俺を見上げる。

「ち、仕方ない」
「・・・ホント現金ですね、竜くん・・・」
へっ、なんとでも言え。
伊集院と俺は、連れ立って2-5の教室の入り口を通った。

その途端。

「アリスとリョウだー!」

と指差す店員。
「え!うそうそ!」
調理場になっているところからも顔を出す、2-5のメンバー。
店内の視線も集まる。

一斉に注目を浴びることに・・・

「あ、真琴ぉ!来てくれたんだ〜!」
「うん、割引券ありがと!」
きゃーと女特有の挨拶を交わす。
「竜くん、委員会が一緒で、」
「ども」
紹介されてペコ、と頭を下げた。
「ね、ね、真琴、アリス姿で一緒に写真撮って!」
「あ、俺も俺もー!」
わらわらと人が集まり出す。
伊集院はリボンの色が知りたいから、と言ったが、黒木と同じようにみんなアリス姿が見たかったんじゃないだろうか。

囲まれて逃げようにも逃げられない状態になり、俺まで一緒に写真を撮られ、やっぱり甘い言葉に騙されてはいけないということを学んだ。


「竜くん、何時に集合ですか?」
タコスを片手に伊集院が訊いた。
あまりに人目が多かったので、結局、昼メシを持ち帰りで買って逃げるように旧校舎に来た。
「2時に武道場」
と、そよそよと風の吹く旧校舎の中庭で俺はタコライスを頬張りながら答えた。
「竜くん、一口ください」
「ん?・・・ああ」
俺は自分の手元のタコライスを見ると、スプーンですくって伊集院の顔の前に差し出した。
タコライスは、タコスが米にのっている一見カレーのようなもので、キャベツとトマトと米が意外にマッチして去年の修学旅行で沖縄に行ってから気に入っている。
さすがお嬢さまというか、伊集院は陵湘で高校生活を始めるまでコンビニのおにぎりもカップラーメンも食べたことがなくて、俺は驚いた記憶がある。
タコライスも食べたことがないのかもしれない。
「・・・」
「?」
伊集院は目を丸くして自分の前に出されたスプーンを見た。
「いらねぇの?」
「いえ!」
伊集院は慌てて首を振ると「あーん」と口を広げて、俺はそこに「ほい」とタコライスを入れた。
なんとなく頬が赤くなっている伊集院に首を傾げながら、
「俺にもそれくれ」
とタコスを指差した。
タコライスも好きだが、タコスも好きだ。
「・・・はい」
伊集院がジッと俺を凝視するように見てから、タコスを差し出した。
「?」
その態度を妙に思いながらも、ぱくりと食べる。
「ん、んまい」
唇の端についたソースもぺろりと舐めた。
「・・・!」
伊集院の頬が更に赤くなる。
「?」
なんだ? 行儀わるかったか?
俺が疑問を投げかけるように目を瞬かせると、
「・・・もう、無自覚でそういうことするんだから・・・いつもなら絶対・・・あーんとか、もうもう・・・
とかなんとかブツブツと呟いている。

変なヤツ。


「陵KEN、陵KYOの準決勝のあと、陵ONEでしたっけ」
「そーそー」
食後のデザートに伊集院のクラスで買った餡蜜を食べながら頷く。
剣道部やフェンシング部などの陵KEN、PRIDEもどきの、柔道部やレスリング部などが参加する陵KYOの試合があり、それから空手部やテンコンドー部などの陵ONEがそれぞれ準決勝をして、最後三試合が決勝となっている。
「竜くんが出る陵ONEは立ち技だけなんですよね」
「そーそー、投げ、関節はナシ」
元々じいちゃんの流派は立ち技が主だったので問題はない。
同じ師匠の弟子だったというジジイの方は、どちらかというと投げ技重視で始めは戸惑ったが、最近はだいぶ身についた。
夏に伊集院と戦うために研究もしたし。

「んーーしかしやっぱり打撃より投げの方が正義の味方むけだよなー」
「なんですかそれ」
「いや、まぁ聞けよ。例えば泥棒が走って逃げたとする。殴る蹴るで捕まえるのと、投げて捕まえるの、どっちが正義の味方っぽい?」
走ってくる泥棒相手に右ストレートで殴り飛ばして鼻血ださせて捕まえるのと、くるっと投げて華麗に宙に舞わせて捕まえるのでは、だいぶ印象が違う。
「…確かに。投げ技や、関節技の方がカッコイイですね…」
「な? ジジイより、じいちゃんの方が悪人っぽかったのはそのせいじゃないのかね」
「…竜くんのおじいさまは悪人っぽかったのですか…」
「極悪人ヅラだったぞ」
中身はジジイの方が何百倍も曲者だが。

「と、いうことは・・・」
「?」
「竜くんはいよいよ正義の味方なんですね!」
なんじゃそりゃーー!

「オールマイティにこなせる竜くんはパーフェクトヒーロー・・・!」
「いやいや」
頼むからもう昔のことは忘れてくれよ。

「それいったら、伊集院の方が正義の味方っぽいぞ」
悪を成敗!とか言って・・・そうだな。うお!かなり想像できるぞ。
パーフェクトって言葉も合う。
「伊集院の方がパーフェクトだろ」
「え〜〜じゃあ私がパーフェクトヒロインで、竜くんがヒーロー?」
そろそろ俺がヒーローってところから離れようよ!

しかも。

「ヒロイン・・・じゃねえだろ、伊集院は」
「えっ!」
「違うだろ」
再度いうと、伊集院が口を尖らせて睨んでくる。
「・・・・・・」
なんだよ。
俺の中でヒロインっつったら、なんか弱っちくって肝心なところで捕まったりして足引っ張って、助け出されるのを待ってるような、そんなイメージなんだけど。
(いや、俺の勝手なイメージで意味ぜんぜん違うって分かってるけど)

「伊集院の方がヒーローっぽくね?」

火の中でも果敢に飛び込んでいきそうな、思い切りの良さ。
意志の強さ。
真っ直ぐに通った、芯。

「そう・・・ですか?」
「うん」
頷くと、伊集院は複雑そうな顔をして俺を見た。
「確かに竜くんに何かあったときには駆けつけたいとは思っていますけど・・・」
「はは、いつも言ってんな、それ」
別に俺じゃなくても走るだろ、伊集院は。



そーゆーヤツだ。





「あれ!可愛いー!!」
竜くん、竜くん、と伊集院が俺の手を引く。
新校舎の中庭を見れば、大きなホワイトタイガーのぬいぐるみ。
設置されたバスケットゴールにシュートが成功すればもらえる賞品らしい。
「へー。やったら?」
案内板を読むと、ゴールまでの距離でもらえる賞品のグレードが違う。
両手で抱えるほどの大きさのトラは、一番遠いところから、二回入れないといけない。

二人で案内を覗き込んでいると、店番の連中がよってきた。
「どうですか?いろいろ賞品そろってますよ〜!」
「真琴ちゃん、挑戦してみない?」
「一宮先輩も腕がなるでしょ!」
「1回に3度の挑戦できます!」
どーぞ、どーぞ、とボールを差し出してくる。
伊集院は何やらキラキラした目で受け取った。

「よーし!」
挑戦!と頬を紅潮させてボールを両手で抱える。

伊集院もこういうの好きだよなあ。

俺は離れたところで見ながら、目を細めた。
いつも色んなことに目を向けて楽しそうに笑う、そんな伊集院を見るのは嫌いじゃない。

「いきまーす!」
俺の方を向いて手を振る伊集院に、おー、と片手をヒラヒラさせた。

がんばれーと周囲からも声が上がる。
真剣な目をして額の上でボールを構えるアリス姿の伊集院に、野次馬がポツポツと集まり始めていた。

「んっ!」
伸びた両手から放たれたボールは、綺麗な軌道を描いて、シュ、と音をさせてゴールに収まった。
「おおー!!」
「いいぞー!」
歓声がわっと上がった。
少し照れたように頬を染めた伊集院は、俺を見て得意な目をして笑った。
俺は片眉を上げて、まだまだ、というようにニヤリとする。
ホワイトタイガーを手に入れるにはもう一度ゴールへ入れなければならない。

むう、と頬をふくらませた伊集院は、ボールを再び受け取って、線の後ろに下がった。

自分の頭ほどもあるバスケットボールを両手で構えて、狙いを定める。
女の力では、なかなか片手で遠くに飛ばすことは難しい。両手でゴールを臨むスタイルは、男とは違う。

あ。

軸がブレた。
回転のかかるボールはゴールの端に当たり、跳ねた。
あ〜と残念そうな声があちこちから上がる。

ニヤニヤする俺を伊集院が顔を赤くして睨みつけた。

まだまだ。
伊集院、まだ、こんなもんじゃないだろう?
日の下にいる伊集院を目を細めて見返した。

唇をきゅう、と結ぶと空を見上げる。
ふぅ、吐息を漏らして、目を閉じた。

    切り替わる。
伊集院が意識を切り替えたのがわかった。
しぃんとその場が伊集院の空気に引きずられ、集中を増す。

ボールは伊集院の手を離れ、青い空に弓を描いた。
まるでただひとつの道しか存在しないように、ゴールへ吸い込まれる。


「・・・ゃった!」
挙げた両手を広げて喜びの声を発した伊集院に、止まっていた周囲もおおー!と歓声を上げた。
「竜くん!」
ふり返った満面の笑顔の先は、俺。
どうだ、と言わんばかりの勝ち誇ったような顔がガキみたいで笑ってしまう。


「う・・」


「・・うっがぁーー!!
ぎょっとして振り向くと、川原と鈴木が頭を抱えて苦悩している。その隣にいる高岡と烏山も苦笑していた。
「お前ら、その、視線で会話するのをやめろ!」
「は?」
「というか、一宮、完全に顔が蕩けてる・・・」
「とろけ?」
「自覚ないのがまた嫌ね・・」

いとしい、いとしいと眼が。

「はぁ?」
覚えのないことを言われて、首をかしげた。
「朴念仁」
呆れた声で切り捨てられる。

そんな俺たちから少し離れたところで、ふわふわのホワイトタイガーを伊集院が嬉しそうにぎゅうと抱き締めていた。






つづく




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