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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − school festival −





更衣室に戻ると、勝負を控えた宇田山がいた。
「よっ!すごかったな」
「まーな」
片手をあげた宇田山に、パシっと拳を合わせる。
「これから?」
「や、まだ。いま沢田がやってて、次に陵KENの決勝があって、それから」
「じゃあ俺はそのあとだから結構待つな」
「おう、身体冷やさないようにしないとな」
そういって屈伸をする宇田山に笑う。
「お前は余裕で勝つだろ」
「いやいや舐めてたらルーキーも色々出てきてるからヤられるよ」
「へーえ」
宇田山の強さの秘密は、ゴツくてガサツに見えるのに、本当は繊細なところだ。
技のひとつひとつも丁寧だ。
「っつか、竜! お前、俺の試合も見に来いよー!」
薄情なヤツだな!と憤慨する宇田山。
「や、宇田山の試合を見ると、俺も興奮するっていうか、相手を投げ飛ばしたくなるから」
「いーじゃん!そしたら俺も乱入して・・」
「プロレスの試合かよ」
「お祭りなんだから、それくらい」
「ま、確かに」
お遊びがあってもいいだろう。
「そしたら、俺にも真琴ちゃんとデート権獲得チャンスができるし〜♪」
「それが目的か」
「あ、ウソウソ、竜の愛しの真琴ちゃんに手は出しません〜」
肩に手をおくな、うっとおしい。

ひときわ大きな歓声が中から聞こえた。
「お、勝負ついたかな」
「沢田が勝ったみたいだな」
次の対戦相手は沢田に決定したらしい。
「おおー楽しみだな!」
「ったく、格闘オタクめ」
「竜に言われたくねー」
いや俺は、にわかオタクですよ。
師匠に会って、解禁するまで観てなかったし。

「俺は上から見るわ」
近くで見ようと言う宇田山に断る。
「ああ、さっきの勝者は落ち着いて観れないか」
「そうそう」
手を振って、武道場の裏へ出る。
あまり知られていないが、ここから続く階段の上に小さな道具室がある。
そこの窓からは道場内が一望できるのだ。

埃っぽい部屋の小さな窓に頬杖をついて、下を眺める。

喧騒が遠い。
そうだ、去年までは色々を遠くから見ていた。

早く高校も大学も終わりにして、自分で生きていきたかった。
親の世話になんかならず、自分一人で立ちたかった。
早く大人になりたい、そればかりを考えていた気がする。

下では、みんな楽しそうに騒いでいる。
アリーに声をかける生徒たち、いつものように大きな口をたたくアリーに笑う。
伊集院の友達である滝口の周りには女子がたくさん集まっていた。

その中に淡い色の長い髪が混じっている。
ふわふわの小さな。

とりあえず俺のことは後回しにして、友人に激励をしに行ったんだろう。
はじめ俺を追い掛けてきていたとき、俺は伊集院を恋愛にしか興味のない馬鹿な女だと思っていた。
でもああやって、色々な人間関係も大切にしている。
だから周りからも好かれるんだろう。

大きな声で応援をする姿を眺める。

すると、視線を感じたのか、パッとこっちを見上げた。
やべ。
俺はさっと中に引っ込んだ。

よく考えたら、別に隠れる必要はなかったんだけど。
試合を見ていただけだし。

「はぁ」
バリバリと頭をかく。
なんか調子狂うな。

こんな静かなところにいるから、なおさらか。

出ようと腰を上げかけて、ピリ、と空気の変化を感じた。

身体中が総毛立つ。

振り返ると、狭い部屋の入り口に、女が立っていた。



「ひさしぶりね、竜也」



そう言って、赤い唇が、笑った。





「なん・・」

なんでアンタがここに。

その疑問は声にならなかった。

女は一歩一歩と近づいてくる。
俺の背中にはもうすでに窓があって、入口には女がいて、身動きもできない。

「ねえ、びっくりしたのよ」

ゆらゆら揺れるスカート。
覗く細い足首が、また一歩、近づく。

「だって、あんなところで会うとは思わなかったんですもの」

細い肩、華奢な身体。
涼やかな女の声。

どれも嫌悪を呼ぶ。

「驚いたわ、まさかパーティで会うとは思わなかった」

そうだ、俺だって会うとは思ってなかった。
少し考えれば判りそうなものだったのに、気がつかなかった。
ああいう場にこの女が出てくることなんて、予測範囲のことだったのに。

「すぐに向こうへ戻らなければいけなかったから、声を掛ける間もなかったけれど」

目が合ったと思ったのは、勘違いではなかった。
俺に気がついていたんだ。

「ねぇ、伊集院に居候ですって?」

なでるような声。
俺の不快感を引き出す甘い香水のにおい。

「・・だから、どうした。関係ないだろ」
「そうね」
ふふ、と笑う。


「相変わらず、取り入るのが上手ね?」


「・・っちがう」
取り入ったわけじゃない。
たまたまジジイがじいちゃんと同門の弟子だったというだけだ。

「会いたかったのよ、竜也」

差し伸ばされる白い腕。
赤いマニキュアの指。
俺の頬にふれる前に振り払う。

「触るな」
「あら、ごめんなさい」

くすくすと笑う、女という生き物、そのもののようなオンナ。

「なんの用だよ」
「つれないこと言わないで。もう何年ぶりかしら?」
「知るか」

女らしい仕草、ひとつひとつにおぞましさを感じる。

「あなたのお父様ったら、なにひとつ教えて下さらなくて。探してしまったわ」
「アンタに用はない」
「ふふ」

なにを言っても、泥濘ぬかるんだ沼に沈み込むように反応はない。

「高校の名前はパーティで聞いたの、でも人出の多い文化祭で会えるとは思っていなかったのよ? そうしたら、あなたの写真が貼ってあるんですもの」

「人気者ね?」

馬鹿にされている。
ああ、ちがう、言いたいことは。

「ねえ、いつも、あなたは」

「アンタに関係ないだろ!」

声を荒げた俺に、やっと満足したように女は笑った。


「遅れてしまったけれど、18歳の誕生日、おめでとう」


また会いに来るわ、と微笑んで女は階段を降りていった。





俺は、座り込んで、いま言われたことを反芻する。

探していたと言っていた。
父親は居場所を教えなかったらしい(一人暮らし先も、伊集院のことも、だろう)。
18歳、と言っていた。
それでなんとなく、探していた理由も想像がつく。

2度と会いたくない。
しかし、避けては通してくれないだろう。

立ち上がって入口まで歩くものの、吐き気が込み上げて階段の手摺りに掴まった。

・・弱い。
俺は弱いままか。

何年前の話だと思っているんだ。
いまさら何でもないだろ。

きっぱり話して、それで、カタをつけよう。
大丈夫だ。
もう向こうには利用するものなんてない。
俺に利用されるものなんて残っていない。


俺には、何もない。

だから大丈夫だ。


自分に言い聞かせるのに、次々に頭を占めていくのは、嫌悪感ばかりだ。


・・気持ち悪い。吐き気がする。なんだあの女は。
気持ち悪い。
また俺に触ろうとした。気持ちが悪い。吐く。



「・・・・・ん」

細い声がする。

「大丈夫?竜・・」
触れられてビクリと身体が震えた。
まったく人の気配に気がつかなかった。



視界に入る、細い腕。





   わるな!」





「放せ!俺に触るなッ!!」


思い切り、振り払った。


その先に、呆然とする伊集院が見える。




―――― あ




手を振り払われた衝撃でバランスを崩し、伊集院が階段から落ちようとしていた。






つづき







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