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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − school festival −





小さな身体がぐらりと揺れる。
階段で、バランスを崩して、落ちる。

伊集院の顔が、目に入った。

驚いた顔。泣きそうに歪む、怯えた目。

「伊集院…!」

ちがう、伊集院は違うのに。

階段から落ちそうになる身体を、腕を引いて胸に引き寄せる。
離れていかないように強く。
つよく、抱き締めた。


ごめん。ごめんな。


もう泣かせたくないって思ったのに。
そう思ったばっかりだったのに。



ごめん。



伊集院が傷つかないように、 自分の身体でくるむように抱く。



身体を反転させると、衝撃は俺の背中にきた。

「 ・・ッつ」

落下の衝撃で肺がつぶれたように感じる。
一瞬、息が止まった。

しかし階段が外で、下が土だったから助かった。
頭も打たずに済んだ。

「伊集院、大丈夫か?」
俺の肩に頭を載せている伊集院を見る。
ボサボサになってしまった髪を伊集院の顔から除けて、頬にふれると、こぼれそうに開かれた涙目が俺を見上げた。

「わ、私は・・っ!どこも! 竜くん、竜くんは?!」

ガバッと身体を起こし、俺を心配そうに見下ろす。
怪我した様子はない。

「大丈夫」

伊集院を再び抱き寄せて、ほっと溜息をついた。

良かった。


「竜くん、放し・・、ねえ、大丈夫なの?」
俺の上から降りようと伊集院は身動ぎするが、俺の腕に阻まれて大して意味のある動きにならなかった。
「竜くんってば」
自分のことは後回しで俺のことばかり心配する伊集院に笑ってしまう。

「竜くん!」
んだよ、大人しくしてろよ。

「暴れるな」

俺がいうと、ピタリと止まった。

伊集院の後頭部に手をやって、首筋に顔を抱き寄せる。
ふわふわの髪が頬をくすぐった。
俺と同じシャンプーの匂いがする。

腕を回した身体は、柔らかかった。

伊集院の吐息が肩にふれる。
息遣いが聞こえる。

俺の腕の中にぴったりと収まる身体。

―― あたたかい。

安堵の息を吐く。
怪我をさせなくて、本当に良かった。




「りゅ、竜くん・・」
静かにしていることに耐えられなくなったのか、伊集院がモゾモゾし始める。

「あ、あの、放して」

「ねぇ、竜くん・・・ねえったら!」

どうやら照れているらしい。
いつもはそっちから抱きついてくるくせに。

「は、放して」
「・・・ヤダ」
「〜〜〜!!」

余計にバタバタする伊集院に、笑う。

すげえな。
さっきまで、気分最悪だったのに。

今はモヤモヤしたものが晴れている。



大丈夫なのだと信じられる。






「ねえ、竜くん、もう放して」
あまりに伊集院が必死なので、少しだけ腕をゆるめた。



 「・・もう、ホントに大丈夫な・・・、の、・・・」






         きゃーー! あ、足!


伊集院が耳元で叫ぶ。

「な・・!?」
「竜くん、足!あしーー!」

キーンと耳鳴り。
「なんだ、いったい」





足が変な方向に曲がってるー!!



あー?!

俺から飛び降りた伊集院が見ている、自分の足に目線を移す。



あ、折れてたのか・・・俺の足・・




階段のすぐ下だけは四方がコンクリートになっていて、折れた右足はその上にあった。
土の上じゃなくそこに落ちて、それで足が折れたのだろう。
背中の衝撃のほうが大きかったから気がつかなかった。
これは、もしかしたら肋骨も折れているかもしれない。

・・・面倒くさいことになったなー。
これから受験なのに、あー、クソ。

チ、と舌打ちを漏らすと、伊集院がビクッと俺から離れた。

「あ・・」
伊集院が真っ青になる。
「どうしよう・・・また私のせいで・・」
口を押さえる右手は、涙を我慢しているためか震えていた。

「ごめんなさ・・」
伊集院!
強い声を出して、伊集院の腕を掴んだ。

「落ち着け」

ギュ、と左手を握る。

「いいか、これは俺のミスだ。俺の不注意だ」

むしろ、俺が伊集院を巻き込んだ。

「落ちたのは、俺のせいだ」
俺が言いつのるのを、大きな濡れた目で伊集院が見返してくる。

「・・でも」
「伊集院」
さらに言おうとする伊集院の言葉を止めた。
「お前のせいじゃない」
「・・・」
「いいな?」
「・・・・・・」
俺が引かないことが判ったのだろう、伊集院は無言でコクリと頷いた。

「よし」
ぐしゃぐしゃ、と頭を混ぜる。
赤いリボンも一緒になってシワくちゃになったが、ことさら乱暴に髪をかきまわした。




「じゃ、由希を呼んでこい。誰にも知られないようにコッソリな」
バレると大騒ぎになってしまう。
「はい」
「で、あとは南さんに連絡してくれ」
「南さん?」
南さんは伊集院の運転手だ。
俺もたまに一緒に学校まで送ってもらう。
「保健室に行ったあと、たぶん病院に連れていってもらわないといけなくなるから」
普通だったら親に迎えに来てもらったりするんだろうが、俺に迎えにくるような親はいないし、先生たちも文化祭の真っ最中で忙しい。

「ほら、行け」
ポン、と腕を叩く。

頼んだぞ、と言うと、真剣な顔をして頷いた。

それからは、由希に肩を貸してもらって保健室に行き、予測通りに病院へ行くことになった。
「保険証は?」
保健の先生が訊く。
「サイフに入ってます」
いつも持ち歩いている。なにかあったときに必要だから。
「親御さんに連絡は・・」
俺の家庭の事情を知っている先生はチラリと俺を見た。
「自分でします」
「そういうわけにもいかない。連絡は入れるよ」
「・・・はい」
仕方ない。これだから未成年は面倒くさい。
病院への付き添いは頼んであるからと言って断った。
これからまだ怪我人が出るかもしれないのに、保健室を空けるのはマズイだろう。
だが成人した人間が必要となることがあるので、タクシーじゃなく、南さんに頼んだ。

昔、護衛をしていたが、怪我をして運転手に転向した南さんはガタイが良く、あやうく お姫様抱っこされるところだった。
「歩けますから!」
そんな恥ずかしいことは勘弁してくれ!!
手伝ってもらって車に乗り込む。
「じゃ、由希、あとは頼む」
「ああ」
残念ながら沢田との対戦は見送りだ。
「階段から滑って怪我したってことでいいんだな」
鈍くさい、と由希の顔にありありと書かれている。
「そうそう」
「・・・」
伊集院はなにか言いたそうに俺と由希の顔を見ていたが、俺が黙っていろ、と言ったので黙っていた。

「伊集院」
「はい」
「大丈夫だから」
「・・・はい」
伊集院も病院についてくると言っていたのだが、まだ文化祭の仕事があるだろうと俺が止めた。

落ち込んだ顔をする伊集院に手をのばして、頬をつまむ。

「で、伊集院にも頼みがある」
「え」
「コレ」
赤いリボンをくいっと引っ張った。
「え・・あ」
「俺の抽選、やっといて」
「あ、はい」
「いいか、特賞だぞ」
「え?」
「温泉旅行!」
「は、はい」
「温泉旅行ゲットしろ!いいな!」
「はい!」
「よし!!」
俺につられたように大きく返事をした伊集院に、笑う。

「じゃ、頑張ってくれ」

ひらひらと手を振ってドアを閉めると、南さんが発車させた。
広い車内で寝転んで、やっと一息つく。
足は荷物の上に乗せて心臓より高い位置にした。

骨折の初期対応にはRICEが基本だからな。
伊達に道場で育ったわけじゃない。

Resting(安静)、Icing(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(高挙)

「南さん、すみません、付き添い頼んでしまって」
「いいですよ」
俺が謝ると、南さんは穏やかに応えた。
もともと護衛のほうで仕事をしていた南さんは、子供のころの俺を見知っているらしい。
今も訓練に指導として参加しているので、俺も伊集院家のなかでは割と話す人だ。

「ありがとうございます」
「一宮くん」
「なんスか」
「着くまで寝てなさい。もう無理しなくていいから」
南さんの言葉に苦笑してしまう。

「痛いでしょう」
「・・・痛いっすよ」

でも、伊集院に罪悪感を持たせるわけにはいかない。

この怪我は俺の弱さが招いた結果だ。
俺がいつまでも昔のことなんて引き摺っているから。


もう、二度と混同しない。

間違えない。



そう誓って、目を閉じた。









つづく








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