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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − school festival −









   唐沢 編








空気を切る音が、耳を通り過ぎた。



咄嗟に少しでも体をずらせたのは反射的なもので、 戦い慣れた感覚がわずかに体を動かしてくれた。

目で確認できたことは、すでに自分の顔の横まで伸びていた脚のみ。

「・・・!」
やっとそれを認識したのに、さらに出現する拳。
死角から飛んできた。
避けた方向を待ち構えたように次々と視界を通り過ぎていく四肢。
「ック・・!」
風の音が聞こえるばかりで、 混乱した身体ができることは後ろに下がることだけだった。


大きく、距離を取る。


呆然と顔を向けた先で、

一宮は、俺を眺めていた。


ゆったりと口唇が上がる。

軽薄な笑みが、一宮の顔に浮かぶ。



肉食獣 が、 獲物を どう喰らおうかと値踏みしている。









「!!!」
カッと頭に血が昇ったのが分かった。

一宮は馬鹿にしているのだ。
俺が下がって、逃げたことを。







「・・息も つかせぬ攻防ーーー!!! 」




わぁあああああー!!!



「驚きました!」
「これまでの一宮選手のスタイルとは全く違っています!」
「ゆっくり相手を観察して戦う選手かと思っていましたが・・」
「攻撃的な戦い方が自然な形で出ていますね」

「どうですか、ゲストの皆さん」
「いや、驚きました」
「相手の出方を見るタイプなのかと思いましたが・・」
「むしろ一瞬で敵を仕留める・・ような戦い方をするほうなのじゃないでしょうか」
「たぶん、こちらが本来の一宮選手のスタイルなんでしょうね」
会場からも感嘆のため息がもれる。


俺はギリと歯噛みをした。
そう、 一宮はずっと手を抜いていた。

自分と周りの実力差を確実に読んでいた。
観客を楽しませてやろう、程度の戦い方だった。



昔からそうだ。
高いところから、見下ろしている。

今でも思い出せる。
勝ち抜いてきた高学年ばかりの中に、ひとまわり小さい一宮はいた。
前主将の沢田が小学校のときに対戦したことがある、ということは、俺だって一宮を知っている。
大会を見に行けば、決勝を見るのは当たり前だ。
きょろきょろと楽しそうに会場を眺めて、俺と一学年しか違わないという幼さは同じだったのに。


いつか辿り着きたいと願うところに立っていた。



映画なんて興味がない。
本当なら二つ返事で断っていた。

相手が、伊集院真琴だったから。
一宮と噂の相手だったから、引き受ける気になった。
たぶん監督をした塩谷もそれが分かっていた。


「よろしくお願いします」
ほほえむ彼女は、ただの可愛い女の子にしか見えなかった。
自分を格好いいと秋波を送る女の子たちと同じ。
一宮の女ということで興味はあったが、これきりの付き合いになるだろうと思った。

撮影では、いくつかの戦闘シーンを撮った。
簡単なスタントが出来るということで、相手は空手部の仲間だ。
お互い多少の手加減を加えながら、迫力のあるシーンを演じる。
伊集院真琴は興味深そうに眺めていた。
「すごい、強いですね」
演技にすぎない喧嘩だとわかっているはずなのに、パチパチと拍手をする。

馬鹿にしているのかと思った。
ただ単純に感心しているだけかもしれないが、逆に馬鹿にされていると感じた。
タオルで顔を拭きながら、横目で彼女を見る。
俺の険を帯びた表情に、真琴はきょとんと見返した。

なにひとつ特別な感情のない、あどけない瞳。

「・・!」
頬が熱くなるのを感じる。
馬鹿にされたと思った理由がわかって、戸惑った。

いつも「格好いい」、「強い」、と色を含んだ目で見られているから、それが当然だと思っていたのだ。
賞賛の表情がなければ おかしく思うほど。

それが嫌だとウンザリしていたくせに。
女なんて、と興味のない硬派を気取っていただけの自分に気がつかされた。
俺はチヤホヤされて自惚れていた勘違い野郎じゃないか。



『伊集院』

一宮が彼女の腕を引く。

さりげなく後ろから来る自転車から距離を取らせた。
彼女が楽しそうに話すのを興味ない様子で聞きながら。
信号待ちの交差点では道路より一歩下がって、自分一人ならギリギリの位置に立っているのに。
『でね、竜くん』
『んー』
返事はどう聞いても気のない軽いものなのに。


彼女を見る目が。あまりにも。




「ああ、なんだ興味あんの」
塩谷が後ろから声を掛けてきた。
「これは編集前の画像」
俺が見ていたDVDを停止して、デッキから取り出す。
「わかるだろ?」
訊かれたことに、俺の眉間のしわが寄った。

「これで、まだ付き合ってないって一宮は言うんだぜ」
「・・馬鹿みてえ」

 これだけ大切にしておいて?


「お前は、この男から女を奪おうとしてるワケ」
「・・役で。でしょ」
「幼なじみの先輩『リョウ』。『アリス』はその男が好き。でも先輩はあくまで大切な妹だと言う。そんなところで『カツヤ』、お前が奪おうとする」
「・・だから役・・」
「お前は好きで堪らないんだ」
俺が再度いうのを遮って、塩谷は俺の目をまっすぐに見た。
「彼女を強引にでも自分の方を向かせようとする。彼女を傷つけても」

『もう、振られてんだろ』
酷いセリフを言う。
泣きそうな彼女は、それでも涙をこぼさない。

『でも、好きなの』

大きな瞳が、まっすぐに、真摯に。

・・どうしてそんなのに?
こんなにも一途にひとを想えるんだろう。



こんなふうに想われたら。


想像してしまったのだ、この瞳が俺のものだったら、と。
そんな意味のないことを。
あの眼はただ一人に向けられているからこそ得がたいものだというのに。

『俺にしたら?』
本音が滲んだ。
ただのセリフだった言葉は真実が含まれて、それはもう役ではなかった。

もしも俺が彼女を手に入れることができたなら、泣かせない。
優しくして大切にして、笑わせるのに。


「伊集院ー?」
「一宮?」
部室にひょっこりと現れた一宮を、塩谷が迎える。
「どーしたよ?」
「あれ、伊集院いない?」
「さっきまでいたけど」
「そうか」
忘れもの頼まれたんだけどな、と面倒くさそうに一宮は手に持った封筒を振った。
「渡しとくか?」
手を出した塩谷に、
「んー」
と手を引く一宮。
「なんだよ」
「あー、いや」
自分でも不思議な顔をして、封筒を見る。
・・鈍い。
俺はバカらしくなって台本に目を戻した。

会いたかったんだろ。少しだけでも。
忘れものを頼まれて、会えると期待したんだろ?
塩谷に渡してしまえばもう会う理由がない。
だから渡したくないんだろ。
一宮自身が自分でわかってないのが、またアホらしい。

「竜くん!」
部室に戻ってきた真琴が顔をパッと輝かせる。

そして二人を見る塩谷。

そうか。わかってしまった。
塩谷が撮りたかったものが。

「なんで、編集なんて面倒くさいことするんですか。リョウ役やりたい奴なんて沢山いるでしょう」
「・・ま、そうなんだけどな」
それじゃあ、撮れないから。

あの一途な目は、一宮のものだ。
真琴はその想いを一宮にしか捧げない。

以前に交わした会話を思い出して塩谷を見る。
彼はすぐに俺の視線に気がついて、静かに笑った。

なんだ、あんたも俺と同じか。

真琴が欲しいんじゃないか。

だが、その想いは一宮に向いているから、ただ一人だから意味がある。
例えば真琴が塩谷に応えたとしたら。
そうしたら塩谷にとって真琴の価値は失われるのだろう。

欲しいものは届かないからこそ価値があるなんて。

「じゃあ渡したからな」
「ありがとう」
頬を染めて嬉しそうに笑う真琴。

・・じゃあ、俺は?
俺は、もしも、

もしも、真琴がこっちを見てくれたら、どう思う?





塩谷は意味のない想いを抱えている。
他の男に一途な女に自分の理想を当てはめて。





真琴が振り向いたら?






        嬉しいに決まってる。





欲しい。




一歩を踏み出す。


次は俺の番だ、一宮。


俺はまだこんなものじゃない。


覚悟しろよ。







勝負はこれからだ














唐沢勝時

end



つづく








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