「ははっ、竜も参加するのか！」
バシッと俺の背中を叩き、そう笑ったのは、伊集院を幼い頃から警護している山谷さん。 昔は伊集院の父親である大成サンも警護していたらしい、ないすみどる。 伊集院の護衛は山谷さんがチームを組んで当たっている。

ジジイから詳しい話を聞くと、どうやらパーティで警備が厳重になるのは本当で、 いい経験だから やってみろ と言われた。
結局、あの変な服を着ることになるのか・・・

「いってぇな、暴力ハンタイ」
力が違うんだからよー。
腕なんか俺の二倍は あるんだぜ…。
「やだやだ、筋肉男は」
「ハ、悔しかったら鍛えろ、軟弱 坊や」
「ちっ」
俺は舌打ちをして頭をグシャグシャと混ぜていた山谷さんの手を払いのけた。
このオッサンもそうだけど、大成サンやジジイ、敵わない男ってのは まだ沢山いるんだよな。くそ。
「まー訓練の成果を試せると思って、楽しむんだな」
ハナから俺はちょっとしたオプションに過ぎない、ってワケだ。
「邪魔にならないように 頑張りマス」
俺が投げやりにそう言うと、山谷さんはニヤッと笑った。
「竜にも重要な任務がちゃんとあるからよ」
「そんな滅相もないデス」
ま、今回は本当に見学だけってことになるだろうな。

「・・・いつもの警護が決して大袈裟では ない と判る」

山谷さんがそう呟き、俺が聞き返そうと口をあけた瞬間、後ろからタックルされた。




「 竜くんの浮気ものー！！！ 」



・・・・・・ちょっと待て。



「おじい様や、最近は お父様とも仲がいいと思っていたら・・・山谷さんまで！！」
「いや、浮気じゃねぇだろ」
「もし山谷さんと私が崖から…」
「や、それも もういいから」
俺が遮ると、伊集院は むぅっとフクれた。
やれやれ。

「訓練 終わりました？」
伊集院は ちょっと首を傾げて訊いた。
「もう少し…」
「終わりましたよ」
山谷のオッサンが にっこり笑って言う。 俺のときとはエライ違いじゃねーか。
伊集院は俺の腕に手を回して、山谷のオッサンに、
「竜くんは渡しません！」
と威嚇した。
……………………威嚇の必要は、ないと思うが…。

「まったく、小さい頃からお守り申し上げているというのに。お嬢様は竜くん竜くんだからなぁ」
山谷のオッサンは なぜか嬉しそうに そう言った。
「まぁ気持ちは判らなくもないんですけどね」

お嬢様が、お嬢様らしく いられるのは、コイツのお陰ですから。

「……え？」
俺がそう聞き返したときには、山谷のオッサンは、じゃあ、と笑って その場を後にしていた。

「あの、竜くんは この後お暇ですか？」
「ヒマ〜？ 受験生には受験が終わるまで暇なんてないの。これ常識。 目の前に迫り来る戦いに向けて万全に準備をしてだな、そう、それは あたかも戦士のように、」
「お暇なんですね」
「…………」

伊集院に引っ張られて、屋敷に戻ると、そこはファッションショーの控え室のような騒ぎになっていた。
シズカがスーツを合わせている。
「お、真琴、竜！ どーだよ、これ？」
似合うだろ、と、へらっと笑う。
「その馬鹿面さえ なければ」
「ひっでー。あ、竜のも新しく来てるぞ」
「へ？ この間のは？」
「ああ、動きやすい方がいいだろ。この間、腕が上げにくいって言ったんだって？」
「そりゃ、まあ」
言ったけど。 まさか また新しく来るとは…。
「元から いくつも注文してあったんだよ」
「うへぇ〜」
これだから金持ちは。
「これから こういうことが沢山あるからな、いくつか持っとかないと」
シズカが軽く手を上げると、俺にスーツが運ばれてきた。
昨日のよりはマシだ、が、また着せ替え人形かと思うとうんざりした。
「竜くん竜くん」
伊集院が袖を引く。
「どっちがいいですか？」
赤と黒のシンプルなドレスと、淡い桃色のふわりとしたドレス。
「あー…こっち」
俺は伊集院の手にした桃色のドレスを指差した。
「こっち、ですか…？」
「なんだよ」
「いえ、赤の方が大人っぽいなぁと思ったんですけれど…」
確かに、赤いドレスは色気のあるものに見える。
「竜くんを悩殺しようと思っていたのに…」
「十年早いんじゃねー？」
笑って言った。
「こっちのが かわいーよ」
「りゅ…」
「お子様には。」
俺がそう言うと、伊集院は拗ねたように口を尖らせた。
「絶対、いつか悩殺してみますから！」
「あーそりゃ楽しみだなー」
俺の適当な返事に、伊集院は絶対ですから！と宣言してみせた。