飲み屋から学ぶ、顧客サービス    本文へジャンプ
新規顧客の確保


新規開拓しないと、現状維持も難しい

商業・サービス業が成功するには、地の利がほんとうに大切だ。

昔、大井町に住んでいたとき、友人の知り合いがビルの2階に焼鳥屋の店を出した。若夫婦だった。
こつこつと資金を貯めて、ようやくの開業だった。
しかし、誘われるままに一度行って「これはムリだ」と直感した。その店は、1年ほど続いたが、それが限度だった。
ビルの2階の店を営業するためには、固定客が必要だ。一見の客を呼び込むことは困難である。そのあてがないのに新装開店は無謀だといえる。
人の流れを見誤ると、店舗経営の維持はできない。

職場帰りの客を狙う飲み屋なら、比較的大きなホールと安いメニュー、とってつけたような割引チケットが武器になる。
いったん常連客をゲットしてしまえば、ビルの2階でも大丈夫だ。
サラリーマンは、仕事の都合で時間差で飲み屋に集まる。だから、「駅前の○○屋」と言うだけで、誰でもわかる店になれば、それで固定客はゲットできる。

これに対して、住宅地の飲み屋が繁盛するためには、“狭い通り”が必須だ。

最寄り駅から自宅までの経路に狭い路地があり、早く家に帰りたくない事情があり、さらに加えてカウンターがあって一人飲むのに都合がいい飲み屋があれば、サイコーである。

私が以前、行きつけにしていたは、阿佐ヶ谷の川端通りにある“とり盛”という店だ。とり盛はそんな店である。
ここの売り物はプリプリしたレバ刺しで(ここではそんなことどうでもいいのだが)、足かけ12年間、私はここに通った。

開店当時、とり盛はほんとうに繁盛していた。
その余勢をかって、 とり盛は一度、高円寺に支店開業をしたことがある。失敗だった。
私より一つ下のマスターは、開店当時30代半ば。新橋の焼鳥屋で修行を積んでの独立で、意欲満々だった。その余勢をかっての2号店の出店だった。
店長の話では、支店の並びに風俗系の店があり、思うように顧客を取り込めなかったのだという。
商業・サービス業の場合、店舗当たりの守備範囲には限界がある。
これを越えて集客をするためには、多店舗展開が必要だ。だけど、簡単ではない。それぞれの店舗のロケーションには、違いがある。
新規開店は失敗したが、店長は、そこから多くの教訓を学んだようだった。
その後、とり盛に新店舗開業の動きはない。最大の理由は、子供が自立できる年齢になったことにあるようだ。

開業からまだ間もない頃、とり盛の店長は、道ばたで転倒し、足を骨折する。
そのケガから復帰したある日、店内に日頃見ない華やいだ雰囲気が漂っていることに気づいた。
店長が入院していた近くの河北病院の看護婦さんが、顧客になっていたのだ。
この店長、転んでもただでは起きない。

阿佐ヶ谷では、町おこしのためにジャズのフェスティバルを開催している。
とり盛は、そのイベント会場のひとつになった。
2〜30人も入れば満杯の店だし、そこにステージを作るとなるとさらに狭くなる。イベントに合わせて総入替制で焼鳥屋を営業するのはかなり大変らしい。儲かる儲からない以前に、体力勝負になる。
それでも、元々、音楽好きな店長は、こうしたイベントをやめる気はない。
イベントに来た女性陣のいくらかは、店の固定客になる。その客が別の客を呼び込む。

一旦確保した固定客にも、私のように、いずれは転居していまう人は多い。
商圏の狭い商業・サービス業を維持するためには、常時、新規顧客の開拓が必要なのだ。

とはいえ、ムリに新規開拓をして失敗することもある。
30年も前になるが、友人の先輩が八重洲でスナックをやっていた。
昼のランチに男性客が集まるが、利益は小さい。そこで女性客の開拓を狙った。
店に来る女性客から要望を聞いたところ、「ランチメニューが少ない」ということがわかった。
そこで、女性向けのランチメニューの種類をたくさん増やした。たしかに女性客が増えた。

しかし、増えた女性客は、一人ずつ別のメニューを注文する。誰かがパスタを注文すると、別の客はリゾットを注文し、3人目はピラフを注文するという具合だ。
男性客だと、誰かがハンバーグ定食を注文すれば、「オレも」「オレも」で、店側も助かるのだが。

いきおい、厨房が大忙しになった。料理を出すのに時間がかかるようになり、客の回転も落ちた。
気がついたときには、常連だった男性客も来なくなっていた。
メニューを増やしたことが仇になって、店をたたむことになった。

「経営の本質とは、何をやらないかという選択である」(ハーバード大学教授 マイケル・E・ポーター)という言葉があるそうだ。

そういえば、かつてはファミレスという言葉が流行するほど、ファミリーレストランがそこここにあった。ディズニーランドに行けない小市民の幸せは、ファミレスでの家族団らんだった。
しかし、今では、より安価な食堂やファーストフードに取って代わられている。

ファミレスの魅力が失われたのではないと思う。社会の変化が、その虚構を見抜いたのだ。
もともと「小市民的な家族団らんの幸せタイム」を享受できる人達は、ごくわずかだった。顧客の多くは、そのドリームのお裾分けをいただきたくて、ファミレスに通った。
バブルが崩壊し、住民の意識が変わって、それが選択されなくなった。ただ、それだけだ。

しかし、優秀な経営者であろうとするならば、そうした社会状況や、顧客のものの見方に向けて、常日頃から感度の良いアンテナを立てておかなければならない。

飲み屋が新規顧客を開拓する場合、たいがいは口コミに頼る。お客さまの友達は、みなお客さま戦略だ。
「こんど○○がありますから、お知り合いの方とご一緒に来て下さいよ。安くしときますから・・・」といった感じで、新規顧客の誘致をする。

地域に密着した飲み屋なら、フリーペーパーを利用する。無料といったって、受け取る人の費用がかからないだけで、広告を載せる企業側には宣伝費がかかるはずだが、まったく何もしないよりいい。

さらに、従業員を外に出し、「本日は○○がお安くなっていますよ」と連呼させる。これは、あまりいい方法ではない。「今、ウチの店はガラガラですよ」と吹聴しているようなものだ。混んでいる店は、従業員をそんなところに割く余裕は無いはず。

それよりも、店頭に写真入りで「おいしい○○、本日のサービス品です」と、表示しておく方が効果的である。
特に街中の、帰り際サラリーマン客には効果がある。毎日そこを通って、様子を見ているからだ。
その日に入店しなかったとしても、「何か機会があれば、ここに入ってみよう」と思うはずである。

売っているものが同じでも、顧客が違えば、売れたり、売れなかったりする。

駅前のスペースとか、公園とかには、よくストリートミュージシャンがいて、歌を歌っている。
他県から東京に来て、自分を売ろうとする人も多いようだ。

だが、皆が口を揃えていうのは、「地元にいたときは、通りすがりでもたくさん人が集まってくれたのに、東京の人間は、完全に無視して過ぎていく人が多い。」
そのとおりである。
同じようなミュージシャンはたくさんいるので、東京の人間は、ちょっとばかし歌が上手いくらいでは、いちいちかまっていられない。東京人が別に冷たいわけじゃない。
そんな東京で、人を集めることができたミュージシャンが、ステップを上に上がっていくことができるのだ。
だから、今日も、ミュージシャンを目指す若者が東京に出てきて、そして、失意のうちに帰郷する。

これは、顧客層の置かれている状況の違いによる差だ。
だから、ある条件下で新規顧客を捕まえられた商業・サービス業が、別の条件下で成功するとは限らない。

もっと怖いのは、同じ地域で繁盛している店でも、地域の客の状況は常に変わっていくことだ。
だから、いつパッタリと客足が絶えるかもしれない。

したがって、客の情報を常時モニターしておく努力が必要だ。

有名な逸話を2つ紹介しよう。

レビットのねじの穴 という話がある。
ある年、某ドリル製造メーカーの1/4インチ径ドリルが100万個も売れるというヒット商品になった。
気をよくしたメーカーはその翌年、さまざまな径の新型電気ドリルを製造し販売した。しかし、予想に反して商品の売れなかった
理由は、「消費者は1/4インチ径のドリルを買いたいのではなく、1/4インチ径の穴が欲しかった」からで、市場にたまたまそのメーカーのドリルが売られていたにすぎなかったためだ。(出典:経営戦略12の方程式 レビックグローバル著 レビックグローバル・アスク出版 )

アラスカで冷蔵庫を売るという話がある。
アラスカで冷蔵庫を販売しろと命じられた営業マンが、冷蔵庫を「適温で食品を保管できる機会」として販売して、爆発的に販売した。
極寒のアラスカでは、外に置いておけば食品は簡単に凍る。だから、冷やすためだけの機械は売れない。外に置いておけば凍ってしまう食品を「適温に保つ」という売り方をすれば、売れる(出典:シナリオ営業術 島田安浩 日本実業出版社)

この2つの逸話から、2つの教訓を得ることができる。
すなわち、(1)顧客が欲しいものを売れば、商品はうれる。欲しいと思わないものは売れない。(2)顧客が欲しいと思わない商品なら、欲しいと思うような売り方をすればよい。

飲み屋はいかにして客のニーズを発掘するか。

もちろん「新鮮なネタが本日入荷!」といった張り紙を出す方法があり、それは誰でも思いつく。

だが、もっと簡単な方法は、馴染みの客に「こないだのアレ、まだある?」と発言させることだ。
飲み屋の客は別の客のことを、実はたいへん良く観察している。だから、別の客がさもうまそうに食べている料理は、(たとえその日は注文しなくても)よく覚えていて、自分でも味わってみようとする。

つまり、客が客を呼ぶという現象だ。いわゆる口コミによる集客である。
かなり効果があるらしい。
顧客の立場から言わせてもらうと、ありがちなPRビラの謳い文句など、眉唾もので、信じられない。が、同じ客の言葉は「とりあえず信じてみる」。

よって、もっとも効率的な広報媒体は“顧客”ということになる。
良質な顧客をお得意様にし、お行儀の悪い客は、早々にお引き取り願う。それが、収益向上のポイントだ。

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