飲み屋から学ぶ、顧客サービス    本文へジャンプ
集客の平準化

ひょっとしたら・・・たらたらと客が流れている状況がベストだ

練馬に「富屋」という小料理屋がある。今の私の行きつけだ。

この店のロケーションは、豊島園のシネコン・温泉と自宅の中間にある。最初に寄ったときは、温泉帰りで喉が渇いていて、どこでもいいやという感じで立ち寄った。
その後、店長が映画好きだということを知り、映画館帰りにも寄るようになった。しかも、カウンターがあり、一人で飲む客にはおあつらえ向きだ。

多弁ではなく、本なんか読みながら酒が飲める、そんな客が、いつもポツンポツンと、カウンターに腰掛けている。
こういう客にとって、居心地のいい店は少ない。それが、来店頻度を上げる。それが、経営の継続に繋がっている。

富屋はカウンター4席、テーブルが12席の小さな店だ。
満員になることはほとんどないし、なると困る。
料理を作るのも出すのもマスター1人。満員だと、ほんとうにてんてこ舞いで、とても全部の客をさばけない。
馴染みの客は、そんなときは注文しないで様子を見ている。
だから、店長は、ムリして店の宣伝をしようとはしない。
ある日、ネット系の営業マンがやってきて、Webで宣伝しないかと持ちかけた。「お客さん、ドット・混むですよ」。店長応えて曰く、「そんなにお客が来られたら、こっちが困る」

予め混みそうだとわかっている日には、近所の女性がアルバイトに来る。しかし、「仕事のあるときだけのスポット雇用」なので、出勤の決定権は、アルバイトの方にある。自分の用事優先となっている。
双方の事情が合致しないことも、ままあるが、従業員をきちんと雇うと、お客が来る来ないに係わらず、人件費がかかる。

何となくいつも3〜4人くらいの客がいて、それが時間差で回転していく。その程度でも、潰れずに続いている。
マスターは「自分が食っていくだけ稼げればいい」と言っている。

阿佐ヶ谷のとり盛はカウンター15席、テーブル20席くらいの大きさである。この大きさだと、さすがに従業員を雇わなくては、営業できない。常時1名を雇っている。人件費負担が出る以上、最低限の集客は必要だ。
潰れないところを見ると、それなりの収益は出ているのだろうが、従業員の定着も悩みになる。
「従業員募集をすると、阿佐ヶ谷という土地柄のため、『ミュージシャンになりたいので、○曜日と○曜日なら働ける』というような求職者が来るが、そういう人を複数雇うとローテーションの調整が大変になるので、敬遠するとのこと。

昔、この店の近所に、有名な地鶏専門店があった。この店長はマスコミにコネがあるらしく、メディアの利用が上手だった。雑誌やTVに出ると、ドッと客が来て、長蛇の列になった。
とはいえ、人気店目当ての客はすぐに来なくなる。経営を安定させるためには、次々と宣伝を打たなければならない。その費用は相当なものだし、客が増減が大きいと、従業員の配置や、食材の手配、売れ残ったときの対策が大きな問題になる。
客が来ない店は当然営業が続かなくなるが、来客の波の激しい店も、経営は長続きしない。

別のところでも書いたが、飲み屋にとって「良い客」というのは、たくさんお金を使ってくれる人ではない。
「空いているときは頻繁に立ち寄り、混んでいるときは入らないで通り過ぎる客」が上客である。
さらに上を目指すならば、「店に客がいないときは次の客が来るまで長時間滞在し、店が混み合ってきたら早々に立ち去る客」になれれば、最上級だろう。
“客道”を心得た顧客になりたいと、私も日々精進している。
こういう常連客を繋ぎ止めている店は強い。

映画が好きなので、豊島園のシネコンにはよく行くが、ここも収益率向上にいろいろ工夫している。
映画というの、予め上映期間が決まっている。
ところが、当たる映画か当たらない映画かは、上映して見なければわからない。
シネコンには、大小様々なホールがあり、毎週、上映回数と上映時間が変わる。

封切り直後に大量な集客動員が見込まれる映画は、複数のホールで時間帯をずらして上映する。
客足が遠ざかると、次第に小さなホールに移動し、さらに客が減ると、上映時間も午前1回というようなふうになる。
そうすることで、客の平準化を図っているようだ。

要するに、いかに来客を平準化するかが、大切である。
クリーニング店の「雨の日割引」なども、その一つだ。
行きつけの床屋の話だと、天気のひじょうに良い日は理容店の客が減るのだそうだ。「晴れの日割引」も考えられそうだ。
平日会員と休日会員で料金の差をつけるレジャー施設もある。

商品やサービスには旬がある
残念なことに、一時は千客万来だったのに、すぐに飽きられてしまう商業・サービス業もある。
こういう事業にはまってしまうと命取りだ。とりわけ、初期投資が多額になる場合は、慎重さが大切になる。
くどい料理を出す飲み屋は、そのうち客足が遠のく。同様に、“くどいサービスを提供する”サービス業は、客が切れるとそれまでになる。

何が“くどい”サービスか? もし、新規事業を考えている方がいれば、自分の身近な人、例えば奥さんや娘に「このサービスって“くどい”?」と聞いてみたらいい。
かなり率直な意見が聞けるはずだ。

飲み屋の団体客が、こんな話をしていた。
仲間に天才的な販売員がいる。スーパーの一角を借りて、大規模なセールを行う。
客への対応が上手くて、あっという間に商品が売れていく。だが、その商品は一つあれば、二つ目はいらない商品で、一定量を売り切ると売上が落ちる。
そこで、別の仲間に「事情があって別のところから呼ばれている。せっかくこんなに売れているのだから、自分の代わりに引き続き販売してくれないか。販売権は安く譲るから」といって、幾ばくかまとまったお金を取って、別の販売地に移る。
ところが、もうかの地では売れるだけ売り切っているので、引き継いだ販売員は、さほど儲からない。

もしこれが、かなりの設備投資と資金を要する事業だったら、どうなるだろうか。たぶん、引き継いだ会社は、大打撃を受ける。
事業を引き継ぐ場合は、お客が飽きやすい商品・サービスではないか、事前に入念な確認が必要である。

こういった平準化が、そもそもできないところに立地した店もある。
東京ビッグサイトが開業した直後のことだ。
展示会の来場者というのは、人手が多いからといってレストランに入るとはかぎらない。
物販目当ての顧客は、朝早くから並んで大挙して来場するが、昼前にはすっかりいなくなってしまったりする。使うホールの面積が広いから客が多いかというと、そうともかぎらない。
晴海のときは交通の便が悪く陸の孤島のようになっていたので、客は長時間場内に滞留し、場内で食事を取らなければならなかった。ビッグサイトでは、その読みが難しい。

晴海会場から移転してきたレストランがある。仮にレストラン“V”と呼ぶ。店長も晴海で長いこと食堂をやってきたベテランだった。
ある展示会の開催初日、“V”の店先に大量の弁当が積み上げられた。他のレストランは様子見だったので、弁当を出したのは“V”だけだった。ところが、それが飛ぶように売れた。
残りのレストランはその様子を見て驚き、慌てて弁当を発注し、翌日、どの店も弁当を出すようになった。多数のレストランが一斉に弁当を出したため、どの店舗も店員が店先で大声で宣伝をし、売り尽くすのにたいそう苦労していた。

ところがだ、“V”を見ると、今日は弁当を売っていない。
店長は、店先でニンマリしながら「これだから、展示場のレストラン経営はやめられないね・・・」とつぶやいていた。
晴海時代の経験から、その展示会では弁当が売れると知っていたのだ。しかも、他のレストランが翌日大量の弁当を販売することまで計算していた。さすがだ。

ビッグサイトではホテル・レストランの展示会が開催される。
当然、来場者はその道のプロだ。事務局にいると「レストランのランチが高すぎる」という苦情がよくかかってきた。
展示場は、年がら年中お客さまが来ているのではない。開催がない日は、全体がガランとしている。そんな日もレストランはいくつか営業している。
特に開業直後は、その繁閑が激しかった。それが結果としてランチの値段に跳ね返ってくる。とはいえ、べらぼうな値段をつけると、交通の便のよいビッグサイトでは、お客は新橋あたりで食事を済ませるようになる。
加えて、当時はまだ周辺に住宅がなかったため、昼の忙しい時間帯だけパートを雇うというのが難しかった。したがって、従業員も1日フル勤務でないと集まらない。この人件費負担も重い。

フルサービス方式(いわゆる普通のレストラン)だと従業員も多数必要となる。いきおいカフェテリア方式(客が料理を席まで運ぶ)の店が増えた。
晴海から移転したレストランの店長は、こういう事情をよく心得ていた。移転組のレストランは、10年経った今でも1店舗も欠けることなく営業を続けている。
その極意を知るよしもないが、展示会の内容から予め集客数を想定し、従業員のシフト体制を組んでいるのではないかと、私は想像している。

飲食店のような商売であっても、顧客の動向、競合先の動向を見抜くことは、とても大切だ。

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