飲み屋から学ぶ、顧客サービス    本文へジャンプ
既存客の消費拡大

固定客を作ろう

何度も顧客が行きたくなるような仕掛けを作ることは、とても大切である。

一般的には、「新規顧客を開拓するより、既存客へ販売強化した方が、利益確保が簡単」と言われている。
しかし、経営者の目には、新規顧客の開拓の方が魅力的に映る。

特に飲食店の場合、粗利が大きいので、客が回れば、それなりのお金が回っている。何となく上手くやっているような気分になる。
しかし、言い換えると、客足が絶えると急に経営が厳しくなる。注意が必要だ。新規顧客の確保に躍起になるあまり、既存客を邪険に扱うと、とんでもないことになる。
特に経営者が代替わりをした後など、どうしても後継者は「新機軸」を打ち出したくなる。
慎重な対応が必要だ。

新規顧客を確保するのは、ひじょうに大変だが、既存の常連客を失うのは、きわめてたやすい。
私にも、かつて足繁く通って大衆酒場で、ある一件以来、まったく行かなくなったところがある。
冬場、忘年会シーズンのこと。注文をしても、いっこうに料理が出てこない。
店は忙しい。見知らぬ店員が多く、大半は応援団だったのだろう。奥で、予約客がどんちゃん騒ぎ。次々、無理難題を店に求めているようだ。私のような、客は後回しにされてもしかたないところだと、半ば諦めていた。それだけなら、あまり気にしなかった。

ところが、そんなとき、ホールに出てきた店員同士が、「今日の客は、ほんとに××だぜ」とあからさまに悪口を言いはじめた。
そんな話を、一般客の聞こえるところでするというのは、社員教育が行き届いていない証拠だ。
さんざん待って料理も出てこないので、さすがに我慢できず、お酒の料金だけ払って店を出た。
店員も気づいた様子で、「次回これを使ってください」と、へらへらとした明るい笑顔で割引券を手渡した。
私は、その券を、店先のゴミの山に捨てた。

舞台裏の話を、客の前で従業員同士が話すというのは、最低の店だ。アルバイトばかりで店を運営すると、そんなことが起こる。
昔、某所で「がんこ」を売り物にするラーメン屋があり、よくそこに寄っていた。無口な店長が黙々と客にラーメンを出していた。とてもじゃないが、店長に世間話をする勇気はなかった。
ところが、そんなところがうけたらしく、その店の2号店、3号店が開店することになった。店長はそれにかかりきりになって、本店は他人任せになってしまった。
結果、本店はバイトの若い連中がが仕切るようになって、私語が飛び交うようになった。
「来週の○曜日って、△△は来られないの」「すんません、用事があって」「じゃ、□□はどう?」「前からの約束で、ムリです」「しゃぁないな。人手がいないけど、何とかなんだろぅ」 そんなやり取りを、客の前で平気でやっていた。
このラーメン屋に来る客は、頑固一徹のオヤジが好きで来る客だ。
結果は明らかだ。私はそれを最後にこの店に行っていない。

既存客を繋ぎ止めていくためには、定期的なメニューの変更が欠かせない。

「定番メニュー」は必要だが、それだけでは飽きられる。
商業・サービス業も、既定路線と同じ商品・サービスを提供していたのでは、顧客の購買意欲を上げることができない。
まずは、得意客から、この店に良く来る理由を探ろう。

課題は、顧客のリピート率を高めること。週1回しか訪れない客を、いかにしたら週2回の客にできるかである。
たまに行く飲み屋なら、「つまみにいつものアレを頼む」でいい。しかし、週に2回以上行く店なら、同じつまみは頼みたくない。
それゆえ、飲み屋の主は、いろいろと創作料理を作っては、常連客に食べさせて、様子を見る。
定番を軸にしながらも、新規メニューで顧客のリピート率を上げていくのが、飲み屋のテクだ。

既存客側の変化に応じてマーケティングの手法を変えていった有名企業がある。

この会社は、かつては進学用の教材販売を行っていた。
やげて主要な顧客層が社会人になると語学教材などに進出し、さらに、顧客が家庭人になると子育て参考書を出し、さらに暮らし関係・介護関係の出版を手がけている。
顧客の成長と同時に、会社も成長している。

一方、同じ年代の子供だけを対象とした学習雑誌を出してきた企業は、子供の減少や価値の多様化についていけずに、事業縮小を余儀なくされている。

要するに、「客がどういう状況にあるか」を意識しつつ、事業経営を変化させていくことが重要だということだ。

私には行きつけの床屋があるが、そこのオヤジは「いゃぁ、お客さん。ほんとに髪が多いですねぇ」と言ってくれる。
実のところ、若い頃にくらべると、ずいぶんと髪の毛も細くなってきた。そんな不安があるからこそ、そんな風に言われると、とても嬉しい。増毛トニックをどんどん使って、また床屋に行くぞという気分になる。

阿佐ヶ谷にいた頃、行きつけの(?)歯医者は、治療が終わってから半年ぐらいすると、顧客の自宅に電話して、「そろそろ、歯のクリーニングをしなくてはならない時期です」と、告知してくれた。
そして、行くと必ず虫歯になっている歯が発見され、削りたくない歯がさらに削られることになる。
自分から進んでそういう目に遭いたいというわけではないのに、なぜかそういう状況に陥る。もちろん、その歯医者の歯科衛生士が美人ぞろいなのとは、無関係だ。
人間って、実に単純な生き物なのだ。

飲み屋なら、客の耳元で、「来週の○曜日には、○○を用意しておきますよ」と囁くという手法がある。
要は「あなたは特別ですよ」という作戦だ。

いつも最初の1杯目は同じドリンクを注文するというお客は多い。
そんなお客が来たときは、「いつもの○○ですね」と、先に言う。あるいは、客が注文する前に、さっと「いつものやつ」を出す。
これも効果的だ。

いつもいつも、どこかで酒を飲んでいる人間は、行きつけが欲しい。しかも、毎日同じところに行くわけにもいかないので、数軒欲しい。
そういう店の一つになれば、収益も安定するし、ローテーション客が幾人かいれば、食材の管理なども苦労しなくなる。

また、飲み屋は同業者の動きに敏感だ。

最近では、有名なフランチャイズチェーンの支店が進出してくることも多い。
「今度開店する店は要注意だ」など、飲み屋の客には飲み屋が多く、相互で情報を取り合っている。

飲み屋の市場規模というのは、あまり大きくない。
ある店舗が廃業したのを見て、「しめた! あの客が自分の店に来る」なんて思うのは甘い。そのライバル店が廃業した背景には、別の要因が隠されている場合が多い。

例えば、人の流れが変わっていないかなどを、確認すべきだ。
規模の大きな人気店が開店した、常連の多い企業のボーナスが激減した、新しい道ができて通勤経路が入れ替わったなど、注意すべき変化に気づくかもしれない。

私の生まれた大井町には、大きな国鉄の修理工場がある。昔はそこにたくさんの従業員が働いていて、「国鉄の給料日とボーナス日は、飲み屋の混み方を見ればわかる」といわれた。しかし、いつの頃からか、そういった雰囲気は失われていった。
10年ほど前に、JR関係の下請企業に訪問する機会があった。そこは年配の社長ともっと年配の嘱託員社員だけで、ようやく食いつないでいたのだが、社長の話ではこうだ。
「昔の車両は、修理して何年も使った。だから、私たちのような会社にも仕事が下りてきた。しかし、JRの方針が変わった。車両の耐用年数が長くなったので、修理の頻度が減った。予定の年数が来ると、オーバーホールすることもせず、まったく新しい車両と入れ替えるようになった。古い車両は修理するのではなく、一からリサイクルされることになった。その方がコストがかからないし、安全面でも良いとわかったからだ」
そんな大手企業の事業方針の変化が、下請企業を直撃し、仕事を減らした。
その結果、大手企業の従業員数は激減し、下請企業の収入も減り、飲み屋の客も減った。

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