cinema / 『イーオン・フラックス』

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イーオン・フラックス
原題:“Aeon Flux” / 監督:カリン・クサマ / 脚本:フィル・ヘイ、マット・マンフレディ / キャラクター原案:ピーター・チョン / 製作:ゲイル・アン・ハード、デヴィッド・ゲイル、ゲイリー・ルチェッシ、グレゴリー・グッドマン、マーサ・グリフィン / 製作総指揮:トム・ローゼンバーグ、ヴァン・トフラー / 撮影監督:スチュアート・ドライバーグ / 美術:アンドリュー・マッカルパイン / 編集:ピーター・ホネス、プラミー・タッカー、ジェフ・ガッロ / 衣装デザイン:ベアトリス・アルナ・パストール / 音楽:グレーム・レヴェル / 出演:シャーリズ・セロン、マートン・ソーカス、ジョニー・リー・ミラー、ソフィー・オコネドー、フランシス・マクドーマンド、ピート・ポスルスウェイト、アメリア・ワーナー / ヴァルハラ・モーション・ピクチャーズ&MTVフィルムズ製作 / 配給:GAGA Communications
2005年アメリカ作品 / 上映時間:1時間33分 / 日本語字幕:林完治
2006年03月11日日本公開
公式サイト : http://www.aeonflux.jp/
GAGA試写室にて初見(2006/03/01) ※公式ブロガー限定特別試写会

危険なのでよい子は真似しないように。
(C)2005 Paramount Pictures. All Rights Reserved

[粗筋]
 21世紀、発生したウイルスによって人類は99%が死滅した。科学者トレバー・グッドチャイルドが開発したワクチンによって辛うじて生き残った僅かな人々は、高い壁によって外界と隔てられた要塞都市ブレーニャに集い、グッドチャイルド家を頂点とする君主制のもと、かつて理想とされていた平和で安全なコミュニティを築きあげた――はずだった。
 だが一方で、ブレーニャの平穏に歪みを感じ取る人々もいた。その象徴は、しばしば町のどこかで住民が失踪し、発見されないという事実だ。人類の安全を保証する絶対君主制に対して欺瞞を見た人々は、やがて反政府組織モニカンを立ち上げる。一般民衆のなかに身を潜め、随所で破壊工作を行い革命の機を窺うその組織に、イーオン・フラックス(シャーリズ・セロン)はいた。時に、2415年。
 モニカンは日一刻と政府の防塁を突き崩し、中枢にあと一歩のところまで迫っていた。そんななか、イーオンを思いがけない悲劇が襲う。闇に生きる彼女とは反対に、陽の当たる場所で後ろ暗いところなどなく暮らし、最近結婚して幸福の絶頂にいたはずの妹ウーナ(アメリア・ワーナー)が、モニカンの一員であるという嫌疑をかけられ、警察によって射殺されたのだ。絶望に打ちひしがれるイーオンに齎された新たな使命は――世襲制の君主として議長の座にある、救世主の子孫トレバー・グッドチャイルド八世(マートン・ソーカス)の暗殺。もう少しこの命令が早ければ、とイーオンは唇を噛み、愛する妹の弔い合戦へと赴く。
 自らの意思で両脚に手を移植した刺客シサンドラ(ソフィー・オコネドー)を伴ったイーオンは、警備の盲点を衝いて議長府が拠点とする要塞へと侵入、講堂でひとり演説のチェックをしていたトレバーに肉薄し、銃口を向ける。だが、そんな彼女を振り向いたトレバーが、驚愕の面持ちで“キャサリン”と呟いた瞬間、イーオンの脳裏を、靄のかかった情景が駆け抜けていく。次の瞬間、背後から殴打されたイーオンはその場に昏倒、気づいたときには牢獄に囚われていた。
 なぜトレバーは自分を見た瞬間、聞き覚えのない名前を呼んだのか。そしてどうして命を奪いに来た女を返り討ちにする機会をフイにし、敢えて生きたまま牢に入れたのか。牢を難なく脱出したイーオンは体勢を整え直し、再度トレバーを襲おうと試みる――その先に待ち受ける、自らの運命も知らずに。

[感想]
 ブログでの感想のアップや作品紹介を前提とした試写会という企画に当選して、公開前に鑑賞できた。そういう企画に応じておいてこんなことを書くのも何だが――実のところ、本編には当初、あまり期待を持っていなかった。主演がいま脂の乗ったシャーリズ・セロンであり、アニメーションを原作とする近未来的な映像世界には興味を惹かれるものの、正直に言えば、カリン・クサマ監督の能力に疑問を抱いていたのだ。
 彼女は2000年に女性のプロボクシングを題材とした前作『ガールファイト』でサンダンス映画祭を始めとする各映画賞で栄誉に輝いており、わたしもそうした評価に期待を寄せて同作を鑑賞した口だったが、あまり感心はしなかった。そのヴィジュアルセンスや、ヒロインに大抜擢されたミシェル・ロドリゲスの眼光の鋭さと溢れんばかりの魅力は見応えがあったものの、内容的には「女性がボクシングの世界に挑んでいく」というだけのものであり、ドラマとしては話運びの面でも演出の面でも大いに不満を持った。率直に言って、映画監督としては力量不足という印象を受けたのである。
 そんなカリン・クサマ監督の久々となる新作がこの『イーオン・フラックス』であった。そうした事情があって、半信半疑の状態で鑑賞したのだが――案に相違して、SFアクションとしてなかなか整った仕上がりになっていた。
 脚本や構成の面では一部、わたしが危惧していたように、整理が不充分な箇所や破綻が見受けられる。冒頭、背景説明をそっくりナレーションに頼ってしまったために、序盤に唐突な印象があるし、その後の展開もぎこちない。カメラワークへのこだわりが窺われるが、その半端に凝った構図や、ときおり意味もなく挿入される間が、雰囲気よりも違和感を齎すほうに傾きがちだった。
 また、着想を支えているSF的設定や、それを巡る捻りはかなりありきたりであり、また様々な目論見を輻輳させる意欲には感心したものの、整理が不充分なのですぐに理解が及ばなかったり、誤謬が生じている箇所も少なくない。
 だが、その世界観を膨らますためのSF的な小道具の数々や、それを使用した際の映像はなかなかに作り込んであり、見応えがある。たとえば極秘の通信に用いる手段の独創性と、そのヴィジュアル。たとえば要塞に用いられた防犯システムの滑稽な、しかし危険極まりない意匠。そしてイーオンが牢からの脱出に使用する小道具の面白さ。いずれも華麗だが、どこか無機質さを漂わせた独特の雰囲気を奏でている。
 アクション場面の導入に無理がなく、いずれもかなり迫力を備えていることも評価したい。出来ればもう少し役者の動きを見せて欲しかった、という厭味はあるが、スピード感とインパクトに満ちていることは確かだ。特に終盤の混戦模様は、巧みな間の取り方と変幻自在なカメラワークが奏功して、緊迫感と迫力とを共存させている。主人公が女性であることもあって、女性同士のえげつないキャット・ファイトを採り入れるという具合にツボを押さえている点にも好感が高い。
 そして何より、悲劇を乗り越えて戦いに赴くシャーリズ・セロンの先鋭的な美しさが秀逸だ。現実的な眼で眺めれば、彼女の装束は決して戦いに向いてはいないし、背中にホルスターをつけているのはお世辞にも機能的とは言い難い。途中で寝室での姿も描かれるが、およそ寝間着の役を果たすとは思えない、それどころか起きたときには酷いことになっていそうなデザインの衣裳は衝撃的ですらある。が、そうした他の社会派ドラマや現実を辿るエンタテインメントでは決してお目にかかれない類の衣裳を纏った彼女をこれほど堪能できる作品は他にはない。
 そうして装いは特徴的でありながら、きちんと“影を孕んだ女刺客”という役柄を、上っ面ではなく内面から重厚に演じきっており、だからこそ中盤から明かされる真実や、クライマックスの衝撃が説得力を伴う。彼女あってこその『イーオン・フラックス』であることは間違いないだろう。
 斯様に、構成や設定に不備は見られるが、様式美に優れておりSFアクションとしてはなかなかのレベルにある。細かいことよりもヴィジュアルの美しさや、ドラマとしてのダイナミズムを堪能したいという向きならば充分に楽しめるはずだ。

 但し――但し、である。こうして評価したポイントをよくよく眺めていくと、やはりまず最も大きく依存しているのは主演のシャーリズ・セロンの、現在ハリウッドのトップに位置する女優ならではの魅力であり、またSF的モチーフの奇想天外な造型、そして随所に盛り込まれたアクションの迫力である。
 特に最後の点などはクサマ監督よりも、別班としてアクション場面を撮影するスタッフの手腕にかかっていたように思われる。プレス・シートはおろかimdbにも明記はされていないものの、作品のエンド・ロールを注視していると、通常アクション部分などを担うセカンド・ユニットの監督として名前が挙げられていたのは、アレクサンダー・ウィットという人物だった。
 同姓同名の別人でなければ、この人物は過去に『ブラックホーク・ダウン』『トリプルX』『ボーン・アイデンティティー』など、アクションを織りこんだ良作に多数携わっており、また『エイリアンVS.プレデター』の作業にかかってしまったポール・W・S・アンダーソンの穴を埋める格好で大ヒット映画の続編『バイオハザードII アポカリプス』を手懸け、充分な成果を残した実績がある。
 つまるところ、本編においても評価されるべき点は監督の手腕による部分ではなく、他のキャスト・スタッフや着想そのものが支えている部分のみ、と考えられる。故に、カリン・クサマ監督の資質については依然疑問符を付けておかねばならないだろう。
 とはいえ、欠点を踏まえた上でも、本編がかなり良くできた娯楽映画であることは確かだ。わたしに似た危惧を抱いていたような方も、躊躇せずに劇場に足を運んでいただきたい。

危険なのでよい子は真似しないように。
(C)2005 Paramount Pictures. All Rights Reserved

(2006/03/04)


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