クマノミ版のイラストができあがるまでの物語
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  クマノミ版の
   イラストが
    できあがるまでの
            
       物語

 ポップさ工工四の第三巻・クマノミ版の表紙絵を考えてくださった方の、ストーリーです。少しずつ、掲載していく予定です。

目次

1、《出会い》 2004.11/25
2、《私、イラスト描きます!!》
2004.11/30
3、《編集長!厳しいですぅ〜(泣)》
4、《編集長!もう描きたくありませ〜ん(大泣)》 2004.12/13
5、《感動》2004.12/17
6、《さいごに》2005.1/11


語り手:岸田典子


 
私が、ポップさ工工四第3巻の表紙のイラストを描くことになったいきさつは、
まず、ポップさ工工四2巻(やんばるくいな)を購入したことに始まります。
世間には、最新ヒット曲を載せている工工四がなかったので、
いい本ないかな〜?とネットサーフィンをしていたとき、ポップさ工工四を知りました。
で、購入したわけですが、私は、ハナミズキと、ひだまりの詩を
とにかく弾けるようになりたかったのです。
 
練習しました。モーレツに。しかし・・・・。
 
毎回思うのは、「なんっか、ちゃうねんなぁ〜?」(訳:何かが違うんだな。)
 
「なんかしっくりせえへんなぁ・・・」(訳:なにかしっくりしないんだな。)
 
「いったい、どう弾くのが正しいんや!」という疑問です。
 
ひだまりの詩は、まだ、なんとか曲になっていましたが、
ハナミズキは、ひどかった。CDを何度も聴いて確認するも、前奏からして???で、
どう弾けば正解なのかわかりませんでした。購入して、2、〜3週間たった頃、思いました。
 
「こんだけ練習してもわかれへんのやから、これ、おかしいわ!作った人に直接聞てみよ。」
 
早速、作者、たにぐぁーさん宛てに、上記の感想を率直にメールし、
正しい弾き方を録音したものを送ってもらうか、それが無理なら、演奏会とかあれば
聴きにいくと書きました。(私は、勝手にたにぐぁーさんがポップさ工工四をひっさげて
演奏会とかであちこち回ってると思い込んでいた。たぶん、本の最後の写真のイメージで。)
そして、返事がきたのですが、
 
「僕は、唄は下手なので、録音は勘弁してください。大阪までなら伺います」とのこと。
 
本を購入した人から、じかに感想を聞いてみたいとも書いてありました。
え〜、わざわざ来て、目の前で、弾いてくれるのか〜。作者が、じかに弾いてくれるなら、
私の悩みは、解決するゾ!と思い、会う日を設定したのでした。



《私、イラスト描きます!!》
 
そして、当日、難波のとある民謡居酒屋で待ち合わせ。
私自身は、たにぐぁーさんのプロフィールを本で見て知っているし、ホームページも
読んでいたので、その文面から、いい印象があり、会うことは抵抗がありませんでした。
しかし、谷川くん(会ったときからは、谷川くんと呼んでおりますので、以下谷川くんで。)は、
こちらがどんな人間かまったくわからないわけで、相当不安だった様子。
店に到着し、席に座るなり、
 
「あ゛〜、よかったぁ〜、普通の人で。」 
 
「へんな人やったらどうしようかとおもったぁ〜」
 
え!?変な人ってなんでやねん???
(と思ったが、よく考えたら、私のことはメールでしか知らないし当然か。と思う)
 
まぁ、そんなこんなで、泡盛を片手に弾き方についてレクチャーいただく。
そして、ハナミズキになったとき。私は、
 
「え゛〜〜〜!!それ、難しいわぁ!!絶対無理っ!そんなん弾かれへんっ!」
 
と言って、谷川くんの作成したハナミズキを無視して、勝手な解釈で弾いていたメロディーを
作者の目の前で弾いたのです。谷川くんはう〜ん、とうなって
実際のメロディと同じでなくてもいいのかぁ・・・。とかいろいろつぶやいていた。
そして後日、私の勝手に作ったバージョンハナミズキを譜面にしてくれてくれました。
2巻を増刷する際は、そのハナミズキ簡単バージョンとして加えて作成するらしいので、
ハナミズキでつまづいている方は、再度購入されてみてはいかがでしょう?
(やんばるくいなの絵も手直ししたらしいですし、かなり簡単になって弾きやすいです。)
そして、泡盛の酔いも回ってきた頃、3巻の話になりました。3巻はだすの?と聞いたら、
 
「う〜ん出そうか、ちょっと迷ってるんですよね〜。作るとなったら、またいろいろ大変で。
表紙の絵を描くのが一苦労なんですよぉ。」
その言葉を聞いた瞬間、つい、
 
「それ、私描きたいっ!!」
 
と言ってしまったのです。そして谷川くんは、
 
「マジっすかぁ?じゃ、お願いします。」
 
と快く承諾してくれたわけです。
その時は、本の表紙を自分の絵で彩ることが、とても魅力的に思え、(酔っていたし。)
そんな発言をしてしまったのだけど、その一言から、今後続くいばらの道が始まろうとは、
知る由もなかったのでした。・・・・(・_・;)
 



《編集長!厳しいですぅ〜(泣)》



表紙のキャラクターは、クマノミにしよう!というのは、すぐ思いつきました。そして、

るるぶ沖縄の片隅に載っている広告の一部のクマノミを見ながら、
たた〜っと15分ほどで完成。
 
完璧や〜。(といつも楽観的なので、悪いことは考えない。)
と自画自賛しながら、谷川君へ郵送しました。(参考資料1)
 
結果は・・・、全体的に寂しい感じ。絵に動きもないし、単純すぎる。テーマはいいけど。
という評価でした。クマノミが練りきれていない。クマノミだけでも、何回かかれましたか?と。
 
ガーン・・・。たた〜っと描いたのを見透かされているような・・・。
寂しい感じとか、単純すぎるとか、そういわれれば、その通りやなぁ・・・。
思い当たるだけに、グサッときました。
 
ただ、絵に動きがないっていうコメントに、異議があって、
そら、確かにそうかもしらんけどさぁ〜、絵なんやから、動くわけないんやし、
もともと動かへんもんを、どう動かすねん・・・。どうしたら動きとか作れるねん・・・。
と、イラストに関してド素人の私は、思うのでした。
 
それから、どうしていいのか、途方にくれ、クマノミについて、ちゃんと勉強しよう。と思ったのです。
インターネットの海の写真館のようなページをはしごし、イラストのページも何個かお邪魔し、
これは!と思うものを印刷しまくって。
その中で、クマノミにも種類がいろいろあることや、習性なども知ったのです。
いろいろ見ているときに、ハナヒゲウツボというきれいなウツボに出会い、これは、かわいいし、
キャラクターに抜擢したらいいやん!と思いついて、登場キャラが3匹になったわけです。
そして、イラストの描き方も、勉強すると、ちゃんと基本的な描き方というものがあると知って
(というか、そういえば小学校のころデッサンで習ったのを思い出した)無表情のクマノミから、
表情のあるクマノミへと絵は進化していったのです。
クマノミも改良し、イソギンチャクも改良し、ウツボを登場させ、
も〜う、絶対完璧!とまた思い、(でも、今度却下されたら相当落ち込むし、
もう描けないと思いドキドキした。)再び郵送したのでした。



《編集長!もう描きたくありませ〜ん(大泣)》


絵の評価がきました。
グットな仕上がり。クマノミもかわいいし、ウツボも登場させていい感じ。ただ、
親クマノミは、もじゃもじゃしてるから、なんとかならないか?(参考資料2)
という評価。そして、今度は、キャラクターを一匹づつ描いてほしい。という依頼。
 
「え゛〜〜〜〜っ!!!もう、あれで終わりとちゃうんかいっ!!」
 
私は、前回の絵で、全精力を使い切っていました。しかも、同じ絵を何度も描くなどという芸当が、
この飽き性の私にできましょうか?
一気にやる気ダウン・・・。
もう、だいたいオッケーなんやし、なんべんも同じ絵なんか描きたくないな〜。と思い、
ちょうど琉球フェスティバルも重なって、遊び気分バリバリの状態で、何日かほっておきました。
 
「絵のほうは、どうですか〜?」携帯に電話がありました。
「うん、描くよ。土日に描くから、大丈夫!」と元気に答え、やる気が出ないので、
その日も遊びほうけてしまったのでした。
 
だけど、夜になり、ちょっと罪悪感が沸いてきて、編集長(この頃から、私と谷川くんの関係は、
駆け出しの漫画家と、編集者のような関係になりつつあったので、冗談半分に編集長と言っていた)
に土日は遊びほうけてしまった旨謝罪し、許してもらったのでした。
編集長の注文は、もうひとつあって、ペンが揺れてるから、一筆書きでざくっと描いてほしい。
というものでした。私の使っていた水性ペンは、にじみやすく、ざくっと描くと、線にムラがでる。
ということを訴えたら、いろいろ何本か試して。と言われたので、東急ハンズへ行き、違う水性ペンや、
油性と水性の中間のやつや3本購入し、試して結局、PILOT PERMABALL太字という
ペンを使用し、やる気を振り絞って、仕上げたのでした。
ペンを買いに行ったり、同じ絵を何度も描いたり、
 
も〜う、超めんどくさいっ!!絵、描きたいとかなんで言うたんやろ・・・。
もう、当分絵なんか描きたくないっ!!
仕上げた絵を入れた封筒を横目で見ながら、
 
もう、絶対描くもんか。(怒) これは、宣言しとかな、ここで限界や。
 
と思い、編集長へ宛ててメールを打ったのでした。
「もう嫌や〜。疲れた〜。やる気残ってませーん。もう描かない。」
 
結果的には、イラストはOKが出て、完了で、あとは色を入れたものを
最終チェックすればいいだけとなり、やれやれ一安心。
編集長からは、私の弱音に対して、
厳しく感じるのは、期待してるからですよ。
3巻を作るのは、三度目の正直といって、気合を試されている時です。
と愛と熱意を感じるお言葉が・・・。(しかも、谷川くんは7つも年下やのに、
言うことがめちゃ大人やし・・・どっちが年上かわからへん・・・グスン。)
 
はい、わかってるんです・・・。
 
初対面で、私の絵すら見ていないときに、私の気まぐれな一言を信じ、ゆだねてくれた編集長、
それって、すごいことやな〜と思うわけです。(だって、どんな絵描いてくるかわからないわけだから・・・。)
弱音吐いてごめんなさい。



《感動》



イラストが完成するまでの物語は、実話で(当たり前か・・・)私と谷川君の出会いや、やり取り、苦しい経験や喜びは、すべてポップさ工工四がもたらしてくれたものです。一冊の本から、様々な経験ができたことには、不思議な縁を感じますし、絵を書き上げたときも、不思議と、この絵を私が描くことは、はじめから決まっていたような気がする・・・。と思いました。そもそも、三線をしていなければ、ポップさ工工四を購入することもなく、谷川くんに出会うことすらなかったわけで、イラストを描くという貴重な体験もなかったわけです。そう考えたら、三線という楽器は、沖縄の魂が宿ってるんじゃないのかな。と思わずにはいられません。沖縄の方言で、いちゃりばちょーでー(訳:一度会ったら、みな友達)という言葉があるそうですが、それこそ、沖縄らしさのつまった言葉で、そのスピリットが三線を通じて大和(本土)にも伝わってきているように感じます。私は、トランペットなども経験がありますが、三線という楽器は、他の楽器にくらべ、単なる楽器というだけではなく、何か、人と人をつなげる力を持った楽器だというふうに感じるのです。そこが、三線の魅力であり、一度手にすると、やめれなくなる理由のひとつのような気がします。 

私が、谷川くんと民謡居酒屋で対面したとき、
他に、ポップさ工工四について同じようなクレームを言ってきた人はいないの?とたずねました。
すると、なんと!私しかいないそうなのです。私は、不思議で仕方ありません。
本を購入したかたが、ハナミズキをホントにみなさん弾きこなせてるのでしょうか。
わからなかったのは、私だけでしょうか?一生懸命練習してもできなかったので、
あきらめようか、とも思いました。
私は、もう少しで、この本やめた!と本棚の奥に追いやってしまうところでした。
ずうずうしかったかもしれないけど、作者に直接聞いてみてよかったと思います。工工四のことで、
改良してほしいことや、いいと思った感想などあれば、みなさんも谷川くんにメールしてみてはどうでしょう?
(クレームを言ったからといって、どこへでも来てくれるわけじゃないとは思うけど・・・って無責任?)
なぜ、こんなことを書くかというと、私は、谷川くんと会って、谷川君がポップさ工工四を作るのに
情熱を傾けて作っているということをひしひしと感じたからです。
谷川くんが一生懸命だったから、私も、絵を仕上げることができたんだと思います。
私の意見にも、素直に耳を傾けて、いいと思ったことはすぐに取り入れる姿勢や、
もっと良くしていこうという意欲には本当に、頭が下がります。
絵も、そうですが、ひとつの物を作るのは、気の遠くなるような作業が必要です。
その一つ一つにも妥協せず、ひたむきに取り組む姿は、心から応援したくなります。
弾きこなせないという理由で、ポップさ工工四が、本棚の奥へ追いやられてしまっては、
谷川君のがんばりを見ているだけに、なんだか忍びないな〜。と思うわけです。




《さいごに》


三線という楽器は、伝統のある楽器でもありますが、反面大衆的な雰囲気を備えた、
親しみやすい楽器でもあると思います。
民謡や古典を極めた方がたの中には、ポップスなんか邪道・・・。とおっしゃられる方もいるようです。
だけど、私が、最初に三線で弾いてみたい!と感じたのは、涙そうそうや、島唄を聴いたからです。
それを弾きたいがために購入し練習しました。
ポップスをやって、民謡がだんだんできるようになると、最初ポップスをやりたくて、三線を始めた人たちも、
民謡命!ポップスなんか・・・。
という感じになる傾向があるようにも思います。
だけど、私個人としては、音楽にいいも悪いもないのではないかな〜?と強く思うのです。
(何が好きで何が嫌いというのは、もちろんそれぞれあるでしょうが。)
伝統的な古典を聴いても感動しますし、民謡は、メロディーや歌詞を通じて沖縄の時代背景や、
土地の風を感じることができます。
私のような下手っぴでも、ポップスくらいなら、弾いて歌い、楽しむことができます。
そう考えたら、三線という楽器は、ものすごく間口が広く、器の大きな楽器だな〜と感じるのです。
三線にもし、伝統的なものしか受け入れないという雰囲気があったなら、
私は絶対やらなかっただろうし、こんなにも三線が本土に普及することもなかったのではないでしょうか。
普及しないということは、だんだん尻すぼみになり、弾ける人がいなくなり、
やがては幻の楽器になっていくのだと思います。
ですから、ポップスは邪道とか思わずに、ないちゃー(内地の人間)のことを
暖かく見守ってもらえないでしょうか。
三線を弾いても、カチャーシーを踊っても、つくづく思うことがあります。
やっぱり私は、大和んちゅ(本土の人間)なんだなーと。
当たり前のことだけど、どれだけ練習しても、沖縄のおばぁのカチャーシーにはかないません。
三線をどんなに練習しても、沖縄のおじぃのつま弾く三線にはかないません。
なぜなら、そこには、沖縄で生きた人生のすべてがつまっているからだと思います。
私は、沖縄にふれ、沖縄を好きになり、大和んちゅであることを思い知らされ、
それでも、沖縄を、音楽を通じて感じていきたいです。
沖縄の人になれるなんて、毛頭思っておらず、沖縄音楽の中から、沖縄の歴史を感じ、
風を感じていたいのです。
私は、いつの日か、伝統と、新しい試みの間の垣根がなくなる日がくることを願っています。
 
 
おわり。


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