おいしい旅に出ました。今回は中央高速をひた走り、三重県松阪市を目指しました。松阪と言えばもちろん牛肉です。デパートで神々しく並ぶあの松阪牛を現地で食べてみたいという純粋なる「食い気」だけの旅です。松阪という地ははじめて訪れましたが、車中で想像した様に牧場の風景は見ることはできませんでした。松阪の周辺は少し畑や田んぼがあるだけで、牧草地帯はないのです。あとで調べましたところ、牧場は市内から少し離れたところにあるそうです。まぁ、冷静に考えたら車がブンブン通 る街道沿いに牧場があって、あの「高級・松阪牛」がいたらちょっと幻滅ですね。
さて、松阪の町を車で走っていますと、松阪牛を食べさせる「焼肉」「すき焼き」「ステーキ」店の看板があちらこちらにあります。今回はあらかじめ老舗の料理屋に行くことが決まっていましたので、その看板をみつけ、一路、店を目指しました。その店では、玄関に着物の仲居さんや下足番の方がいて、私たちを丁寧なおじぎで待っていてくれました。はじめてだったので、その風景にはもちろん驚きましたが、中に入ってもっと驚いたのはすべて個室の座敷なのです。仲居さんに案内され部屋に通 ると中央には朱塗りの丸テーブルがあり、そのテーブルには炭火の炉が切ってあります。今回、この店を選んでくれた方は幸いにも数十回通 っている人なので、注文はすべておまかせしてしまいました。その方は、酒飲みの私のためにビールを注文してくれたのですが、間もなくしてつまみに牛肉のタタキが部屋に運ばれてきました。そして、それを食べている間に、丸テーブルの炉に炭が入れられ、しばらくしますと大皿に色美しい霜降りの肉が運ばれてきました。この店は明治以来の老舗なのですが、初代は「良い肉でないと売らない」というポリシーではじめたと言いますから、さすがに見た目も素晴らしい肉でした。私が普段、食べている肉と霜降りの細かさが違います。この見事な霜降りの秘密は、生産者の試行錯誤の研究や努力により生み出された飼育法にあるようです。具体的に例を挙げますと、牛の体に焼酎を吹き付けてマッサージしたり、食欲増進のためにビールを飲ませたりと、大変ユニークなものです。しかし、この生産者の努力により、このように赤味に細かい脂肪を均一に散らした見事な「霜降り肉」が作り上げられる様になったのです。
友人が注文した料理はすき焼きではなく、塩焼きという鍋でした。塩焼きとは、すき焼き鍋に油の代わりに脂身をサッと敷き、肉を焼くのです。裏表、軽く焼いたところに塩、コショウを軽く振り、お皿に取り分けてくれます。仲居さんがすべて支度をしてくれるのですが、老舗ながらのサービスだと思いました。プロは一番、美味しい食べ方やタイミングを知っていますからね。肝心なお味ですが、塩、コショウで軽く味付けされた肉は、あれ?肉ってこんなに美味しいものだったかしらと、思うほど柔らかく舌の上で肉汁の旨味が花開きます。シンプルな味付けだからこそ、良い肉の実力を発揮する料理です。そして、肉を味わう間に、野菜を同じ鍋で炒めます。これは普段にも活用できる手法で、肉を炒めたフライパンを洗わず、野菜などを炒めると、肉の旨味が野菜に移り、とても美味しくいただけます。さて、肉、野菜、肉、野菜と数度繰り返し、二回目からは特製ポン酢などで味の変化を楽しみ、鍋は終息となりました。最後にゆかりご飯とみそ汁、おしんこが運ばれ、それを食べて、満腹に。世界に名をとどろかす松阪牛はやっぱり一味違いました。それは牛生産農家の努力や研究の成果 ですから、思わず頭が下がります。高級肉の象徴として品質を保持するって大変なことですからね。