「おい、竜。 黒いベンツが止まってるんだけど」
鈴木が指を校門の方へ向けた。
「いや、俺には見えないな」
そう言って、前を通り過ぎる。
俺には見えない、俺には見えない……
「 りゅう、り ゅ う 〜 ! ! 」
だぁ! うるせぇ!!
諦めて振り返った俺に ぴょーんっと飛びついてきたのは、俺の妹、桐香。
長いストレートの黒髪を上で一つに結んでいる。
「りゅー…、…あせ くさい…」
そっちから抱き付いておいて 言うことはソレか。
思わずツッコんだ。
「桐香、離せ」
「やだ」
「汗臭いんだろ?」
「りゅう、にげるでしょ」
ばれたか…。
「俺の学校に来るなって言われてるだろ?」
「だって……りゅうがわるいのよ!!」
「なんでだよ」
「会いに来てくれない!」
がくぅ。
引き離そうとする手の力も抜ける。
そんな理由か。
俺はハァ、と溜息をついて、桐香が背中にへばりついてくるのをそのままにさせた。
いい加減ほかに目を向けてくれないかな〜〜。
そうしたら俺だって会いに行けるのに。
「竜」
くっついている桐香を無視して座り込んでいる俺に、由希が近付いてきた。
「ごきげんよう、ゆき さま」
俺が応える前に桐香がニッコリ笑って言った。
「お久し振り、桐香さま」
由希も お綺麗なツラで笑い返す。
二人の間ではバチバチッと無言で火花が散った。
なんでコイツら こんなに仲が悪いんだ?
俺はもう一つ大きな溜息をついた。
「桐香は由希が嫌いなのか?」
「うん!」
にこにこと答える。
「だろうねえ」
由希は片眉を上げて薄く笑った。
馬鹿にされたと思った桐香は顔を真っ赤にする。
「いつも りゅうといるんだもん! ずるい!!」
へ?
「それだけ?」
このニヤケた顔が嫌いだとか冷血なのがイヤだとかじゃないの?
「お前 口に出てるぞ」
どうやら疑問を口に出してしまっていたらしい。
失敬、失敬。
否定もせずに冷笑を浮かべたままの由希は、俺のデコにチョップをした。
地味に痛いんスけど…
「ね、おまつり行こう?」
首元に齧りついたままの桐香が言った。
そういえば、今日は、桐香の屋敷の近くで祭りがあったっけ。
「友達と一緒に行っておいで」
お兄ちゃんは受験生なの、と頭を撫でてやると、俯いた。
…あり?
まさか学校の友達がいないんだろうか…。
い、いや、もしかしてイジメとか!?
「みんな、おやと行くんだって」
ぽつり、と顔を下にしたまま漏らした。
「……そっか」
あやうく舌打ちをするところだった。
何やってんだ、あの親は。
いくら甘くしてたって、こういうときに仕事してたら意味ないだろ?
確かに、夜に行われる夏祭りは子供だけでは心もとない。
友達と行くにしても付き添いが必要だろう。
「竜くん!」
ばたばたと走ってくる気配とともに伊集院の声が聞こえた。
桐香の俺を握る手がぎゅうと力強くなる。
まるで宝物を取り上げられるのを恐れているかのようだ。
「伊集院、いいとこに来た」
「え?」
いきなり俺に切り出されて、伊集院は戸惑ったように目を開いた。
「浴衣の着付け、できるだろ」
「ええ…?」
「桐香、浴衣を持ってるか?」
「ゆかた?」
祭りに連れて行く気がないなら買ってないよな、やっぱ。
仕方ない、買ってやるか。
「伊集院、これからヒマ?」
「はい」
「祭り行かない?」
「りゅう!」
怒った桐香がグイと俺の手を引っ張る。
「浴衣買って、それ着て祭りに行こう」
しゃがんで、目線を合わせて言うと、桐香はパッと目を輝かせて頷いた。
「…竜くんは、桐香ちゃんにすごく優しいですね」
不満はない、納得している、でも やるせない、歯痒く感じる自分が嫌だ、そんな複雑に混じり合った声で伊集院が呟いた。
「そうか?」
桐香が店員に試着させてもらっている方を見ながら、曖昧に応えた。
前にもそんなことを言われたな。
「はい」
「んー…」
そうかぁ? と もう一度考え、そこで ふと気づいた。
以前だったら、俺は放っておいたんじゃないか?
かわいそうだが仕方がない、と桐香を家に帰したんじゃないだろうか。
でも握られた指が必死で、俯く姿が …
伊集院に、似てたんだ。
泣きそうな顔を隠して、俺の指を握る姿があまりにも似ていたから。
いつもしてるみたいに、
「握り返してやらなきゃ…って、 」
そう、思ったんだ。
「…なんだ」
「?」
「俺、伊集院に優しいんじゃん」
そう言うと、伊集院は意味がわからない、といった困惑した表情で首を傾げた。
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