カキ氷を食べたあと、手を差し伸べれば、イヤと他所を向かれてしまった。
綺麗に結った頭のてっぺんが見える。
こんな小さいの、絶対はぐれるぞ。
「桐香ちゃん、お姉ちゃんと手を繋ごう？」
横から伊集院が声を掛けると、少し躊躇うようにジッと出された手を見つめてから、頷く。
「？？」
コイツら、いつの間に仲良くなったんだ？？
「鈍感」
手を繋いだ二人を交互に見やると、伊集院が呆れたように言った。

・・・ますます意味わからん。

帰りの車の中は静かだった。
俺と伊集院に挟まれた桐香は疲れたのだろう、コテンと俺に もたれて寝息を立てている。
「…竜くん」
なにやら考え込んでいた伊集院が声を発した。
窓の外を見ていた目をこっちに向ける。
「なに？」
「私、考えたんですけど　　　　　…」
「ん…」
抱えていた桐香が身じろぎをした。
話し声に目を覚ましたらしい。
「りゅー…？」
「いま家に向かってる最中。お前、家に黙って来ただろ？」
「・・・・・・」
沈黙は肯定の印…って誰が言ったんだったか。
やっぱりなあ。
祭りの前に野島さんに連絡入れるよう頼んで良かった。
「…ねえ」
「ん？」

「どうしたら、りゅうと いられるの？」

「・・・・・・」
「いっしょに いたい だけなの」
ギュッと服を握られる。

「どうしたら、いっしょに いてくれるの？」

「・・・・・・」

・・・ 一緒に居られることは、ない。



「着きました」
窓の外を見ると、連絡を受けた母が門の前に立っていた。
俺は伊集院に待っているように言って、桐香と車を降りた。
「・・・・・・」
「ほら、着いたぞ」
行くように背中をポンと軽く叩いたが、 桐香は俺の服をしっかり握ったまま離そうとしない。
「桐香、いらっしゃい」
母はそう言って桐香に手を伸ばした。
しかし桐香は、その手を避けて俺の後ろに隠れてしまった。
「桐香」
「いや！！ りゅうといっしょにいるっ！」
「・・・桐香」
俺は桐香の目の高さに合うように しゃがみ込んだ。
「一緒には いられないんだ」
「じゃあ、けっこんして」
俺の言葉を否定するような固い声で言う。
「大きくなったら けっこんするって やくそくして？」
必死の表情で、俺の手を引いた。
「ねえ！ そうしたら、いっしょにいられるよね？ いっしょにくらせるよね？」
今にも泣きそうな赤い目で言いつのる。
目からはボロボロと涙が零れ落ちていた。
「兄妹は結婚できない」

桐香がバン！と焦れた様子で俺の肩を拳で叩く。


「・・・・・・きょうだいだったら！！」

「 きょうだいだったら いっしょに くらしてよ！！！」


「 いっしょに いてよ！」


「　そばに いてよぉ…ッ !! 」



わぁん、と泣き出してしまった桐香を俺は抱き上げた。
「竜くん・・・」
伊集院が車を降りて、隣まで来ていた。

・・・・・・ああ、そうか。

伊集院の顔を見て思った。
俺が何を桐香に言ったらいいのか、判った。
「桐香」
俺は桐香の よく手入れのされた髪を撫でて、妹の名前を呼んだ。

「俺は桐香が好きだけど、結婚するようには好きじゃないから、結婚できない」

俺の言葉に、桐香が目を上げる。

「ごめんな」

そう言うと、桐香は新たに涙を溢れさせ、俺の首に噛り付いて壊れてしまったかのように泣き続けた。


桐香が眠りにつくまで傍に居て、すっかり夜は更けてしまった。
晴れた星空は、欠けた月が煌々と光っていた。
「じゃあ」
そう母親に別れを告げる。
「……竜………ごめんね」
「桐香に言えよ」
俺は別にいい。
じいちゃんと暮らすことを選んだのも、 じいちゃんが居なくなって一人でいいと決めたのも俺の意思だ。

「仕事が大変なのも判るけど、そういうのは言い訳にはならねーんだからな」
桐香が子供なのは今しかないんだ。
「もう後悔したくないだろ？」
一緒に暮らしていることに甘えて放っておいていいわけじゃない。

成長した俺を見て、泣いたように。
また、泣きたくはないだろ？

母の、後悔と懺悔と入り混じった目を逸らさずに見返していたが、
「帰ろうぜ、伊集院」
くるりと背中を向けた。
俺は責めてもいないし、恨んでもいない。
あとは母の問題だ。

「また来るって桐香に言っといて、母さん」
そう言って車に乗り込んだ。