「スンマセン、竜兄が失礼なこと言っちゃって…」
俺は、隣りを歩く真琴さん（←こう呼んでいいと言われた）に話し掛けた。
こうやって並んで歩いていると判るけど、本当に華奢で小さい。背が俺の肩までもない。
「いいんです、竜也さまらしいですし」
にこっと笑う。

あ。
この人、ホントに竜兄のことが好きなんだ。

俺はなんか妙に納得してしまった。
「えーと、竜兄っていつもあんななんですか？」
「今日はとても優しくして下さいました。 きっとテツさまがいらっしゃったから。 ありがとうございます」
「や、そんな、俺なんもしてないし…ていうか、テツでいいデス」
深々と丁寧に頭を下げられて、俺のほうが恐縮してしまった。
アレで優しいのか…。
「あの、竜兄のこと追って転校してきたのって真琴さんのことですよね？」
「はい…困らせてしまうって判ってはいたんですけれども…」
諦められなくて、と困ったように笑った。
「竜兄は、人から好かれるのが嫌いだから、大変ですね」
「しかも天邪鬼で」
二人であはは、と笑った。

「…でも―――」
真琴さんが少し声を詰まらせる。
「…つらい顔、させてしまいます…」
「………」 そーだな。
竜兄はきっと自分では気づいていないんだろうけど。
自分が一番、つらい顔してんだぜ？
自分の言葉で傷つく位なら言わなきゃいいのにな。
「竜也さま、私のこと嫌いって言ったあと、必ず眉間にしわ寄せて歯を食いしばるんですよ」
真琴さんはクスンと鼻を鳴らした。
「あんなつらい顔させて……本当はもう諦めないといけないって判っているんです。だから、もう最後だと思って、今夜――」

『いい、それで』

「…未練がましいですよね、私」
涙を拭って言う。

その様子を見ていた俺は、先ほどから感じていた疑問を口にした。
「…なんか、真琴さんて…竜兄に聞いてたのと違う」
「ん…私、『りゅうくん』に昔のこと、思い出してほしくて」
「え？」
「ふふ、結局思い出して貰えないんですけど」
「ああ、そういえば以前会ったことがあるって…」
「もう十年近く前になります」
懐かしそうに真琴さんが言った。
「十、年？」
「はい。お変わりになっていませんでした」
嬉しいそうに笑う。

…でもそれは。

「嘘だ」

「十年前の竜兄と、今の竜兄は別人だ」



「それは…少しは変わっていらしたけれど、別人ってことはないわ」

強い口調の俺に、ちょっと怒った様子で真琴さんが言った。
でも俺は、竜兄の近くで、ずっと竜兄を見てきた。
「以前の竜兄が好きだっていうんだったら、真琴さん、止めた方がいいと思う」
俺はきっぱり言った。
「俺もマスターも、竜兄が好きだって言ってくれて嬉しいと思った。今の竜兄を好きだと思ったから、嬉しかったんだ」

竜兄を助けてくれるかもしれないと思って。

「でも、昔の竜兄だって言うんだったら話は別だ。そりゃあ昔の竜兄に戻ってほしいけど、今の竜兄を否定するのはもっと駄目だ」

「今のりゅうくんを嫌いだなんて言ってません!!!」

真琴さんの突然の強い口調に、俺はたじろいだ。
人を従わせるような威厳があった。

「変わっていらっしゃいませんでした。その強い眼も、意志も。 良いこと悪いことじゃなくて、自分の判断をする自由なこころも」
そう言った真琴さんの眼こそ、強い意志をもっているように見えた。


そうだ。
俺は、この人は本当に竜兄が好きなんだって感じたばっかだったんじゃないか。


「真琴さん…さっきも言ったけど、竜兄は…本当に変わったんだ。 …変わろうとしてる、っていうか…」
「わかります。多分、大体の事情は知っていると思います。…父が、調べたので…」
「あ、そっか、確かいいところのお嬢様だって…」
俺が金持ちの世界が遠いところだと思っているのが伝わったのだろう、真琴さんは少し困ったように笑った。
「そう、ですね。…ここにも、家の車で連れてきて貰いました。店の前までついて来てもらって…ここがそんなに治安が良くないことは知ってましたから。店から出る前にも連絡して迎えに来てもらうことになっていました」
「え？？」
「すみません、お時間を取って頂いて。竜也さまの御友人の方と話をしたかったので…ここまででいいです。 ありがとうございました」
そう言って真琴さんは頭を下げた。
「え！いや、そんなことは全然いいんですけど！頭上げてください！」
俺も真琴さんと話をしたかったのだ。
そんなことはお見通しだったのだろう、真琴さんは顔を上げていたずらっぽく笑った。

「…あ、あの車です」
大通りに止まっている車を指差す。
「真琴さん」
そのまま歩いていこうとする真琴さんを呼び止めた。
「身に染みてわかったと思うけど、ここらは店の中だから安全だってワケじゃないんだ。今度来るときは…」
「大丈夫です」
「へ？」
「私、いつも護衛がついてるの。周りに気づかれないようにですけれど。それに…発信機まで持ち歩いているんですよ。誘拐されても居場所がわかるように」
「―――」
「…私、明日初めて婚約者に会います。以前お会いしたことがあるそうなんですけれど、覚えていなくて…。私も竜也さまのこと責められませんね」
「婚約者!?」
「お断りしてきます。本当は迷っていて、今日はその話もあってこちらまで来てしまいました。でも、さっきの自分の言葉で、やっぱり気持ちに嘘はつけないと判りました。テツさまのお陰です」
「や、それは…っていうか、やっぱり竜兄のこと、家族が反対してるんですか？」
「『落とせるなら、落としてみろ』、と」
俺が目を丸くすると、真琴さんは愉快そうに微笑んだ。
「父もそれで母に落とされて。家を継ぐのは兄ですし」
「はあ…」
金持ちの考えることはよくわからない。

「もう遅いですから、テツさまも家までお送りいたします」
「あ、いや、俺バイクだから」
「そうですか。では、また…」
「あ、あの!!」
「はい？」
「竜兄のこと、宜しくお願いします」
ガバッと頭を下げた。　真琴さんは花のように笑って、
「はい」
と答えた。