「ジジイ!! なんのつもりだよ、こんなトコ連れてきやがって!」
俺はのほほんとお茶を啜っているジジイに言った。
先ほどココじゃ何だからと、居間(なのか?)に通され、俺は朝食を食べている。シズカとジジイは既に済ましていたらしく、仲良くお茶を飲んでいた。
「お主もヒトの家でぐーすかとよぉ寝てたのぉ〜」
「だ・れ・が・寝かしたんだ!!!」
「朝っぱらからうるさい奴じゃ。 それに目上の人間に向かってなんじゃその口の聞き方は?」
「いたいけな高校生を拉致するような奴には充分だ!」
「いたいけ?」
シズカは黙ってろ。
「お主、真琴の何が不満だ?」
「好みじゃない」
きっぱり!
「お前、身内を前によくそれだけいうなぁ」
少しむっとしたのか、シズカがそう言った。
「ああ? だから俺は伊集院のどこが悪いなんて言ってねぇだろ。 シズカ、お前たしかトマト嫌いだったよな?」
「は? 何だよ、いきなり」
「俺はトマトが大好きだ! わかるか? それと一緒だよ」
「ヒトの妹をトマト扱いすんな!!」
「俺はトマトすげぇ好きだって言ってんだろ!」
ジジイがまあまあと止めに入った。
「なるほど、お主としては、真琴になんの不満もないが、なぜか気に入らない、そういうワケじゃな?」
俺は頷く。
「伊集院には悪いけどさ、俺、駄目なんだよ、可愛い系って…」
はあ、と溜息を吐く。
それをシズカは怪訝そうに眺めて、首を捻った。
「なあ竜。真琴は、お前の好みがああいう可愛い感じだって聞いて、髪も伸ばしたし言葉遣いも改めたんだぞ? すごい暴れん坊だったんだよアイツ」
「は?」
「だから、お前が好みだって言ってた風になろうとしてるって…」
「はあぁ? 俺がいつ長い髪が好きだっつったよ?」
髪の長さになんか拘らねぇよ。
「いや、俺は知らないけど…真琴はお前が長い髪の可愛い感じの子が好きだと思ってるぞ? フリルとかレースとかが似合うような」
あー、確かに今の伊集院はそんな感じだな。
「悪いけど…前の方が好みかも」
俺がそういうと、ジジイは目をきらーんと輝かせて、
「お主の好みとやらはなんじゃ?」
と訊いてきた。
「健康的な女。」
「な、なんだそれ…??」
シズカが言う。
「ばっかだな、シズカ。 人間、健康が一番だぞ? 丈夫で長持ち。 これ最高!」
パンッと手を合わせて、俺はご馳走さまをした。
「お前、そんな新商品みたいな…」
「ま、一理ある」
シズカが呆れている横で、ジジイが同意した。
「わかってくれるか!」
「まあ、ワシはすでに伴侶を亡くしておるからの」
ジジイが言う。
「じゃが、あやつは健康じゃったよ。 ずっと一緒に居られると思っておった。
しかしな、人間なにで死ぬか判らん。 長生きしそうになかった者が生きておったりもする」
ズッとお茶を啜る。
「ま、そんな話は今はよい。 健康的なのが好みというのも嘘じゃなかろう。 しかしな、お主が真琴を毛嫌いしてる原因はそこではなかろう?」
「………」
本当は気づいてた。
思い出したくもないから、目を逸らしてただけだ。
伊集院はあの女に似ている。あの女が帰ってきたみたいで気分が悪い。 おそらくそれが伊集院に近づいてほしくない理由なんだ。
伊集院が悪いわけじゃない。 俺の問題だ。
でも、だからといって伊集院が好きになれるということでもない。
「…じーさん、あんた本当に伊集院が俺のコト好きだと思ってんの?」
俺は出されたお茶を啜りながら言った。
「あんなの俺が好きなわけじゃなくて、十年かけて勝手に作った偶像に恋してるだけだろ」
「ほう?」
「わかってんだろ? そんなこと。 なんであんな子供の遊びに付き合ってるんだ?」
「なるほど? お主は真琴の気持ちを信じていない、そういうことじゃな?」
「お嬢さまのお遊びに付き合う気はないね。 もちろん、じーさんの道楽にも」
「道楽?」
「あんたはもう仕事は引退して会長なんだってな。 暇なのかよ?」
「…ああ、藤崎 由希から聞いたか」
突然、ジジイの口から知った名前が出た。
「…んだと?」
「お主の友人だろう。 まったく真琴に興味を持たない…むしろ避けているお主が伊集院家のことを調べるとも思えんしな。 藤崎 由希は今ネット上で荒稼ぎをしてる。一部には有名じゃな。 まあ、本人の正体を知っている人間はほとんど居ないだろうが…」
「俺の友人関係まで調べたのかよ!?」
「今更じゃな。 伊集院家がどんなものか聞いた段階で予想のつくことじゃろう」
「ッ!!! 帰る!」
ガンッと手をテーブルに殴りつけて、俺は立ち上がった。 これ以上こんなところに居たくなかった。
「逃げるのか?」
「…俺は!!そういう本人を無視したのが嫌いなんだよ!!」
寝ていた部屋から持ってきていたコートと鞄を掴んで障子を開ける。
そのまま縁側から外に出ようとしたが、靴がない。 チッと舌打ちをして、体育で使って鞄に入っていたテニスシューズを取り出した。 投げつけるように地面に置く。
庭に出たのはいいが、まったく出入り口が判らない。無駄に広い屋敷だった。
俺が立ち往生していると、後ろから伊集院とジジイの声がした。
「竜くん!? お帰りになるのでしたら車をお出ししますので…」
振袖に着替えた、伊集院の姿が見える。
桜の模様の着物だ。
「伊集院」
「はい?」
伊集院が微笑みながら答える。
「俺はあんたと会ったことなんてない、あんたの婚約者が、好きだった奴の成長した姿だ。 そう思えばいい」
「? なにを…」
「あんたは婚約者の『一宮龍弥』が好きだった。 俺じゃない」
「それは…!!」
「十年前の人間なんて他人と一緒だ。 俺だけじゃない、シズカも、あんたもだ」
そう言って、俺はジジイに目線を移した。
「書類で、何が判る?
俺と話したこともないのに、なにがわかる」
コートを羽織って、背中を向ける。
「自分を見ていないっていうなら、竜くんだって同じじゃないですか!!」
歩き出した俺の後ろから、伊集院の声が追いかけてきた。
「私のことなんて、見てないじゃない!!!」
|