『400m、1000m の出場者は…』
「あ、呼ばれてる」
ゲラゲラ笑いながら観戦していた竜くんは、放送に気づき
手に持ったメガホンを鈴木先輩に渡した。
「竜くん!」
「ん?」
「頑張って下さい」
そう言うと竜くんは笑って、
「よゆー、よゆ~」
と子供相手にするように私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「ま、安心して見てなさい」
ニヤリと不敵に笑う。
勝負時の高揚した楽しみで堪らないという様子や、嬉しそうな顔は
子供の頃から ちっとも変わっていない。
「竜、行くぞー!」
1000m 出場者の浜先輩が声を掛けた。
「お、じゃあな!」
パッと傍にあった体温が離れた。
……こういう、何でもないとき、突然 淋しくなるのは何故だろう?
竜くんが談笑しながら歩いていく。
その後姿を目で追った。
無性に離れたくない。
傍にいて、と。
後姿に願う。
いつまでもいつまでも。 お願い。
どうしてだろう。
突如として現れる感情は、酷く切実に思えて、
淋しさは身体に残り哀しくなる。
「にーしだぁ~!」
わぁと一際 大きな歓声が聞こえて、ハッと我に返った。
団長の登場でレッドの応援席が沸く。
始めのサッカーボールは全員どんぐりの背比べだったが、網をくぐるのに
西田先輩の大きな身体は不利だったようだ。
少し遅れて課題に辿り着く。
課題を読むとすぐに横の職員席へ走った。校長先生に話し掛けている。
校長先生は品の良い小柄な女性で、お茶目な性格から生徒に慕われている。
共学高校に変わったときの一期生で、陵湘のOGでもある。
先生と走り出した西田先輩は、前との距離を見て、校長先生を抱き上げた。
その お姫さま抱っこのまま、まるで「うぉおお」と唸り声が聞こえてきそうな…、
いや、唸り声を上げて一直線に走った。
一着には間に合わなかったが、前を抜いて二着に入った。
校長先生を降ろして、どしゃ、と倒れ込んだ。
一位のインタビューを終えた一年生司会者が近付く。
「最後の追い上げ凄かったですね!」
「いや…、 頭に H とか書いてるヤツ に負けるわけには…」
ホワイトの山本先輩だ。三着で入った山本先輩は、
竜くんがアイスを買った店にあった巨大ソフトクリーム像を抱えて荒い息をついている。
「だ、そうですが」
「体力バカめ…」
どうやらソフトクリーム像は重かったようだ。
「レッドの課題は校長先生だったんですか?」
「んにゃ…」
寝転んだまま西田先輩は課題の紙を渡す。
「『 好きな人 』……ですか?」
「ええ。」
「 あこがれの女性(ひと) です 」
「どうでしょう、校長先生、彼の気持ちに応えることは…」
「ごめんなさい。最愛の夫と子供たちが…」
校長先生が頬に手を当てて言う。
「いいんです…。 僕の恋は実らないと知っていた・・・ 」
西田先輩はヨロヨロと立ち上がるとソフトクリーム像に抱き付いた。
「あっ! これはオレのだぞ!」
「淋しいの…」
「そうか…。 好きなだけ泣け」
隣にいた坂井先輩が大笑いしている。
「あはははは!!」
「うーむ、的確な判断、さすがスタンドオフ…」
烏山先輩が感心したように呟いた。
「的確なって…」
「あそこから近い席に座っていて、なおかつ誰もが納得するような女性」
「いいんですか、そんな選択で…」
「ギャグ競技だもんコレ」
咄嗟の閃きのある人物が選ばれるのよ、と高岡先輩が笑った。
本気の相手を連れてくる人は まず居ないそうだ。
先生や学食のおばさま
( 例:「毎日 料理してくれる姿を見つめていました!」など ) が
多い。
「100m 、障害物が終わったでしょ、次だね~」
眞乃がワクワクした様子で言った。
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