「一宮いるか〜?」
教室で作業をしていると、三年一組の担任 小日向先生(体育教師)が竜くんを呼んた。
「お前、まだ進路希望出してないだろ」
「あー…忘れてました。すみません」
「早く出せー」
それだけ言うと、また来たときのようにドスドスと歩いて、西田先輩の背中をバシンと叩いた。
「おう、西田団長、準備はどうだ」
「バッチリっす」
「そーか、そーか」
ガハハと笑う。
体育祭は全て生徒で運営されるため、先生は何もしない。
成人の許可が無くては出来ない場合だけ名前を借りる程度だ。
「竜也、進路表まだ出してなかったのか?」
由希先輩が竜くんに訊く。
「なんか体育祭でバタバタしてるうちに忘れてた」
「竜の進路なんて簡単じゃん!」
川原先輩が言った。
「真琴ちゃんの お婿さん 」
だろ?と笑う。
「婿いびり とか あったりして」
真剣な顔をして、鈴木先輩が言った。
鈴木先輩は天文部の部長で、ヒョロヒョロと身長の高い人だ。
「『ちょっと竜也さん、まだホコリがありますわよ!』」
「『満足に掃除もできないなんて…』」
「『伊集院家に恥をかかせないで頂戴!』」
「うわー壮絶だな、婿いびり…」
「竜、可哀相に…」
「勝手に作って、勝手に哀れむな!!」
ゲシ、と鈴木先輩に軽く蹴りを入れる。
「婿になんて ならん」
不機嫌そうに竜くんは言った。
「え? 花婿修業 のために伊集院家に居るんだろ?」
「んなワケあるか!」
「…竜也は名前は変えないよ」
由希先輩が言った。
「え? そう? そういうの気にしなさそうだけど」
「ま、気に入ってるしな」
軽い調子で竜くんは応える。
「………」
竜くんは両親が離婚したとき、どっちの親にもつかず、おじい様の養子になっている。
お父様は再婚後 婿養子になったので、
今現在『 一宮 』は竜くんしか残っていないのだ。
「そういえば、『結婚しない』とは言わないんだな」
「あー、まぁ、それは伊集院 次第だから」
惚れさせてみろ、と暗に言って、竜くんはニヤリと意地悪く笑った。
頬が熱いことを自覚しながら竜くんを睨むと、笑みを深める。
どうしよう。
こんな言葉一つ一つに反応する自分が居る。
竜くんは意地悪で、…優しくて、どうしていいか わからなくなる。
すごく優しい眼で見るから。
逃げ出したいような、……飛び付きたいような。
わーって叫び出してしまいそうになる。
|