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LOVELY、LOVELY、HAPPY ! extra ― miki

 体育祭編 extra ― miki






 濡れた髪、窓から入る日差しを受ける。 一瞬、二年前へ 時が戻ったのかと思った。

 「高岡ぁ」
語尾を少し上げて、一宮が私を呼ぶ。 彼の呼び方は独特だ。 訛りがあるかのようにアクセントがずれていて、 しかし両親とも地方出身ではなく不思議に思った。 もう二年も前のことだ。
「何よ」
「これ、ちょっと解んねぇんだけどさ」
そう言って一宮が目の前に差し出したのは数学の問題集。 学校の指定問題集で、難易度の高いものだ。
「あんた、そんなのより英語でもやったら?」
受け取りながら、憎まれ口を叩く。彼に優しい言葉なんて掛けない。 気持ちが表れてしまう。
 一宮が好んで勉強するのは数学、化学、物理。 私の得意な科目でもある。 誰よりも出来る、と、こんな小さなキッカケを作って しがみ付いている自分が居る。 もう こんなことは終わりにしなくてはいけないと思うのに。

 出会ったのは、入学してすぐ。同じクラスだった。
 地域のトップ校でもある陵湘は、それゆえの自由さで知られていた。 きちんと常識を踏まえた上での入学であるとされ、制服はあるが、特別な規定も制限もない。 学ぶときには学び、遊ぶときには遊ぶ。
 「えーと、『高岡』? 委員長?」
初めて話したのは入学して二か月も経った頃のことだ。 未だにクラスメートの顔も覚えていない『一宮 竜也』を変わり者だと思った。
 一宮竜也は特に顔が整っているというわけでもなく、クラスで目立って騒ぐわけでもなかったが、 人目を惹く存在だった。 窓際の席で居眠りをしていても存在感があった。
 「このアンケート締め切り昨日だったんだってな。わりぃ、遅れた」
「ああ、でも昨日休んでたんだから…別に」
意外に律儀な性格なのだろうか。
「や、集計大変なのにって由希に怒られた」
「ユキ? …5組の委員長の『藤崎 由希』?」
いかにも優等生、というような藤崎と友人だというのは少し不思議な気がした。 もっとも、藤崎はどこか掴み所の無い雰囲気があり、それが飄々とした 一宮と仲がいいというのも判るような気はする。
「そーそー、そのユキ」
じゃ、渡したからな、と一宮は教室を出て行った。
 「なに渡されたのー?」
後ろから声がして、烏山季里(からすやま きり)が手元を覗き込んできた。
 季里は ふんわり柔らかい穏やかな外見を裏切って、毒舌な上 考え方もシビアで、 皮肉屋の私と気が合った。 遠慮してモノを言わなくてよいので、親しい付き合いになるのも早かった。
「珍し〜。 一宮がこんなの出すなんてね」
「え?そうなの?」
そういえば、季里は一宮と同じ中学出身だ。
「うん、二年のとき同じクラスだったんだけどね、学校じゃ いつも寝てて。 試験も赤点ばっかりだったし。 受験校が一緒だって知ったときは驚いた」
眼鏡 掛け始めたのも高校からだよ。 季里は鼻の付け根に指を当てて眼鏡を上げる仕草をした。
「ふーん」
そのときは特に興味もなかった。
 梅雨が始まり、低気圧になると偏頭痛がする私は、朝から不機嫌だった。 満員電車の中、湿った空気と熱気で気分が悪い。 そして、そんなときには案の定というか…痴漢だ。
「……な」
自分のものとは思えない低い声が出た。
「ふざけんな、おっさん。顎砕くよ?」
言った途端ムカムカ度が増して、脅しではなく本当に殴ってしまった。  …手が痛い。
「このっ…!」
「そっちが悪いんでしょ」
 その後は何だかんだと大騒ぎになって、結局 痴漢は駅員に連れて行かれた。 どっと疲れて、私は駅のベンチに座り込んだ。既に遅刻だ。
「ちょっと……いい加減 笑うのやめてよ」
「や、だって、」
ぎゃははは、と笑うのは、変わり者の一宮だ。同じ車両にいて、暴れる私を止めてくれた。
「おまえ、サイコー」
隣りに座って、げらげら笑い転げている。
「強い、強い」
「…どうせ可愛くないわよ」
別れた男を思い出して、不機嫌に言った。
 今は違う高校に通っていて、私は本当に好きだった。 受験のときに、彼は私に同じ高校を受験するように言い、私は断った。 私の方が難しいといわれる高校を受験することが、彼には不満らしかった。 私は陵湘の自由な校風に憧れていたし、夢のためにも少しでも勉強の出来る学校に行きたかった。 もちろん彼が一生懸命バスケをしているのも、 彼が練習に時間を取られて あまり勉強する時間がなかったことも知っていた。 バスケを頑張る彼が大好きだったし、なぜ勉強が出来ないことをそんなに気にするのか 判らなかった。 私が出来ないことを、彼はしているのに。 彼がバスケを大事にするように、私にも大事なことがあると判ってほしかった。
 高校が違っても平気だ、と言ってほしかった。 『可愛くない』なんて言葉じゃなく。

 「いいじゃん? 強い女って、俺 好き」
一宮は言った。
「そのまんまで、すげぇいいよ」
それは、大笑いしながらだったけれど。



 クラスで一番可愛い子だった。
「触んな、気持ち悪い」
彼女の手を一宮は嫌悪の目で振り払った。
「委員会は行っとく」
そう言って、教室を出た。 彼女の順番だった委員会の出席を代わってほしいという話だった。
「あの言い方はないんじゃない?」
「ホントのことだし」
一宮本人は何も気にしていないらしい。 ふぁ、と欠伸をして屋上に転がって昼寝をしている。
「次は出ないの?」
「自主休講」
眠いんだよ、と寝惚けた声を出した。
「あんな可愛い子に頼み事されて、あの態度」
同じように昼寝を予定しているらしい川原が言った。
「俺、ああいうの嫌い」
「ああいうの?」
「気持ち悪い」
質問の答えになっていない返事をして、一宮は いよいよ本格的に寝てしまった。
 しかし その意味も、観察してみると すぐに判った。
 一宮は、女の子が『女』ということを全面に出して、頼りない『ふり』をするのが 許せない。 弱いから守って、私できないの、お願い、可愛らしく お願いされるほど、 彼は嫌悪を抱くようだった。
 一宮は優しくない、その評価は あっという間に広がった。

 「高岡?」
私が取ろうとしていた上段の本を引き出して、後ろから一宮が話し掛けてきた。
「ほい」
何気ない様子で渡してくれる。
「図書館で会うなんて珍しいわね」
「ここに秘密基地 見つけてさ」
ひひ、と笑って言う。
「秘密基地?」
「そう、『秘密』」
人差し指を口元に当ててニヤリとする。
「んじゃな」
「あ、ありがと!」
「ほぇ?」
きょとん、と振り返る。 お礼の意味がわからないらしい。
「本」
「あ、うん」
なんだ、そんなこと、という風情で奥の書庫に入っていった。
 頼まれると、面倒臭い、嫌だと言う『優しくない』男。 頼まなければ、痴漢を取り押さえてくれて、困ったところに現れる、嫌な男。 ………イヤな男。



「解けた!」
うっし!と問題集を閉じる。
「サンキューな、高岡」
ぽんっとチョコレートを投げてよこした。
「お礼」
ニッと言って、自分の机にテキストを無造作に突っ込んだ。
「竜くん」
「あ、わり」
何かの忘れ物を、真琴ちゃんが届けに来たらしい。
「ほれ、お礼」
チョコレートを彼女の頭の上に載せる。
「もちっと太れよなー」
触り心地が悪いだろ、と公衆の面前で とんでもないことを言う。
「りゅ、竜くん…」
「ん?」
ニコッと笑うのは自覚しているのか、いないのか。
 チービ、チビ、と じゃれ合う姿は恋人というより仲の良い兄妹のようだ。

 …もう、忘れなきゃ。
 彼女に気付かれたのは失態だったと思う。
 私はとっくに失恋しているんだから。


 二年前のあのときも、暑い日で。
 リレーの練習に出ていた一宮は、暑いからと言って頭から水を被った状態で教室に戻ってきた。 それぞれが練習に行っていて、教室には私だけだった。
「高岡?」
彼独特のアクセント。 たぶん彼を育ててくれたという おじいさんの影響なのだろう。
「何やってんの?」
「一宮こそ。濡れてるじゃない」
暑かったんだ、一宮はそう笑いながら窓際の自分の席に戻った。 風に揺れるカーテンに合わせて影もそよぐ。 髪をかき上げた腕に、血が見えた。
「…怪我? 保健室行ったら?」
「大したことねーよ」
自分の怪我を他人事のように見下ろして言う。伏せられた睫毛が、思ったよりも長い。 濡れた前髪が、水滴を零す。

 「触るな」
 ビクリ、と無意識に伸ばした腕が震えた。 私には、 ただの一度も見せたことがなかった嫌悪を、その目に剥き出しにして 一宮は真っ直ぐに見た。 カッと顔が熱くなる。 気付かれた、知られてしまった。怪我を理由に近付いた、邪な心を。 好きな人に触れたいという、心の欲求を。
 「こんなん、何でもない」
怪我した側の手で鞄を掴んだ。
「じゃ、また明日」
数分前に何もなかったかのような笑顔で、一宮は言った。
 …実際、彼には何でもないことだったらしい。 気付かれたと思ったのは私の勘違いに過ぎず、 彼は以前と同じ態度で、私の気持ちを何も分かってはいなかった。 彼は ただ本能的に自分に向けられた『女』を拒否しただけだ。 友達としてなら、触れることも彼にとって何でもない。

 そう、本当は、もう あのときに失恋していたのだ。
 傷付くことを恐れて、 親しい友人という立場に満足し距離を縮めようとしなかった。 自分でも知らない内に、その恋を捨てていた。
 強いのは、あの子だ。

 はじめ、彼女は一宮が苦手とする女の子そのものだと思っていた。
「竜也さま!!」
元気よく近付く姿を、また、一宮に振り払われる姿を見た。 彼女と上手くはいかないだろう、そう安心している自分が居た。
 「嫌いなんだよ」
いつものように一宮は吐き捨てて、彼女だけが残された。 彼の前では笑っていた顔が、みるみる崩れていく。 ぼろぼろ涙を流した。 その変わりように私は後退り、彼女は気配に気がついた。 見物者がいたことに驚き、慌てて手で拭う。 泣いたことを恥じるかのように私から目を背けた。 唇を引き結んで涙を振り払うように毅然と前を向き、それは美しい横顔だった。

 …ああ、いいな。
 単純に そう思った。
 一宮が好きになる子は、あんな子がいいな。
 私は、酷い臆病者だった。 たった一度 拒否されただけで逃げ出した。
 傷付くよりも、向かうことを選択する、弱くても強くあろうとする女の子。 ありのままの自分で勝負する。
 可愛くて、可愛くて。 ………カッコイイ。

 きっと、あの子の勝ち勝負。
 一宮は負けるに決まっている。


 「高岡先輩、BBのことなんですけど、」
「…真琴ちゃん可愛い!!」
「きゃあっ」
きゅうきゅうと抱き締める。それを西田が咎めた。
「あ、高岡、またセクハラ!」
「女同士の特権だも〜ん」
「団長として、禁止します!」
「副団長として却下しまーす!」
んべ、と腕の中に真琴ちゃんを入れたまま言った。

 きっとね、私は貴女にも恋をした。
 だから お願い、遠慮なんてしないで?
 まっすぐな視線、そのままで。

 「高岡ぁ、また やってんの?」
呆れた声。伸びた身長、変わらないアクセント。

 真琴ちゃん、いつか あの男を骨抜きにしてやって。



 まあ、そんなに遠い未来でもないと思うけど、ね。







7へ つづく






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