35mmフィルムの長さの秘密?
写真撮影にフィルムを使用した時代の話――小型カメラに使われた35mmフィルムは36枚撮り、
または24枚撮りだった。 なぜ、中途半端な枚数になったのかご存じだろうか?
それは小型カメラを最初に開発したフランス人のオスカー・バルナックさんが、長尺の映画用フィルム
(35ミリ)を小型カメラに転用する際、暗室では長さを測るメジャーが暗くて見えず使えないため、手測
(両手を左右いっぱいに広げた長さ)でフィルムを切って利用した。その長さが毎回36コマ撮影でき、後に
その長さが国際標準になった。
余談ではあるが、バルナックさんは身体が小さい方で、もしも 身体の大きな人だったら枚数がもっと増えていたかもしれない。
カメラ機能のアップで誰でも、猫でも? 「私でも写せます時代」になったが、枚数を多く撮らない人たちから
「36枚は長すぎる。短いフィルムが欲しい」との声で、各メーカーは競って20枚撮りを製造し売り出した。
そうした経過の中、今では写真界から一歩後退したコニカが、4枚おまけの24枚撮りを作って売り出すと、
そのお得感がアマ・カメラマンから歓迎され、売り上げが伸びた。他のメーカーも追随し、よく撮る人は36枚取り、
たまにしか撮らない人には24枚撮りが定着した。一方で、12枚撮りを作り売り出したメーカーもあったが、こちら
は短すぎるとして長続きしなかった。
消えた「写真作業」や「写真用語」
フィルム写真時代、大半のプロカメラマンは撮影からプリント作成まで、全て自分でこなした。
つまり、「DPE」(現像、焼付け、引き伸ばし)を自分で処理することによって「オリジナル作品」と
言える――と。 だが、一般のアマチュアカメラマンは撮影後、街中の写真屋さんにおまかせ。
確かに個人でのDPE処理は面倒ではあったがーー。
アマチュアの中にも「自家現」=自分でDPE処理をする=を楽しむ人たちもいた。そうした人たち
の場合、処理作業をする暗室確保が大変。余裕のある人は自宅を改造したり、庭に小部屋を作る
などして暗室を造る人もいたようだが、そこまでは出来ない人は手っ取り早く戸を閉めると暗闇になる
押入れを利用する人が多かった。そこから「押入れ暗室」という言葉が生まれた。
布団を外へ出し、その中に水や液がこぼれた時に対処できるシートを敷き、フィルム現像の場合は
現像液と定着液が入ったタンク持ち込んで作業。プリント(焼付け・引き伸ばし)する場合は、小型の
引き伸ばし機や焼き付け機を持ち込み、現像液と定着液を入れたバット(ホーロー製の四角い皿)など
を置いて、体を縮めながら、時には頭や手足を周囲にぶつけながら作業した。
フィルム現像の仕上がりを急ぐ場合、手間のかかる「タンク現像」ではなく、「皿現」が手軽で重宝された。
皿現は現像液の入った皿(バット)の中にいきなり両手で持ったフィルムを入れ、左右に転がしたり、
揺らしたりしながら指定時間現像し、定着液に移す方法である。現像・定着の指定時間は暗室では
時計が見られないため、処理中はイチ、ニー、サン、シーと秒単位を口勘定しながら液ごとに指定された
時間作業を進めた。
また、カラーフィルムの現像は数液を使用し長い作業となるため、好きな音楽数曲の時間を測り、
つなぎ合わせてテープに採り、それを聴きながら、曲の節目や終わりに次の液に移す曲現作業
を考え出した人もいて、小生もその恩恵に預かった。
そうした言葉や作業、さらには撮影現場から編集者の元へ送った「写真電送機」も、デジタル・カメラ
時代になって、まさに御用済み。一部のアナログ・カメラ愛好者たちの間で、細々と生き残っているようだが、
いまや風前の灯となってきた。
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