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このサイトに「韓国に恋して」というタイトルをつけたからといって、ただ盲目的に韓国が好きであるわけではない。
もちろん好感をもてる部分もあるかわりに、それと同じくらい、嫌悪感を抱く部分もある。
しかし、韓国に関して、どこが好きで、どこが嫌いかなどを述べることが、このサイトの目的ではない。
 
過去、韓国に、今日的な”韓国らしさ”、とでも呼ぶべきものがあったとして、その大部分は朝鮮王朝の時代に醸成されたものである、といっても過言ではない。
それらは、いわゆる儒教というものに根ざしたものである、と言われている。そして、その多くは、今日に受け継がれ、特徴的な文化をなしているという。
だが、筆者は、必ずしもそれが現代の韓国に生き残って、基盤をなしているとは考えていない。
現代の韓国および韓国の人々から、いわゆる伝統的な儒教精神というものが、徐々に消え失せている。残っているのは中身のない皮の部分だけであることが多いとさえいえるだろう。
 
いったい、韓国朝鮮王朝の文化というのは、何であったのか、それを探って、少しでも真実に近づいていきたい、というのが、このサイトの狙いである。 否、そういう意味での筆者の備忘録である、とでも言ったほうがよいであろうか。
王朝時代の隅々まで入り込んで詳細を知る、というよりは、むしろごく表面的な部分だけ一般教養的に網羅できればよい、と考えている。
もし、読者諸氏がより深く知りたい、と考えるなら、然るべき文献は日本にも多数存在するので、それらを参考にするのがよかろうと思う。
ただ、歴史というものが常にそうであるように、そこに横たわる文化の背景に関しても、諸説あり、定まらない事項があることを承知して、いろいろな考え方を読むのがよいだうと思う。
韓国語で차!
きょうのひとこと
 
 
 
 
 
 
韓国を知るにはある程度の韓国語を理解する必要がある。韓国語は日本語に近い言語なので、比較的学びやすい、といわれるが、どうもそうは思えない。やはり外国語であって、難しい言語である。
韓国語を学習するための書籍も多数販売されているが、当然のことながら「これさえ読めば・・・」という書籍はない。
ただひたすら、コツコツと積み重ねるしかない。しかし、筆者などは10個覚えると9つは忘れてしまうし、また、過去に覚えた単語もどんどん忘れてしまう。普段使わないからであるし、似たような単語や構文が混乱してしまうことなどに起因する。
 
そこで、このサイトでは、韓国語のあれこれをメモしたブロックを用意した。[ブロック2]がそれである。
コンピュータを開くたびに、本サイトを訪問していただき、一つだけでも、何か新しい韓国語を発見することができれば、真に幸せなことである。
繰り返し脳に教え込むことが、忘れないコツである。10回でも、100回でも、完全に、脳に浸み込むまで・・・・。
 
実は危惧していることがある。隣国でありながら、日韓双方とも、相手の国や民族について、あまりにも知らな過ぎることである。
もっと危険なことは、お互いによく知っているつもりになっていることである。場合によっては、誤った認識に基いた理解もあり得る。
たとえば、日本で言われる[韓流]というのは、あまりにも盲目的である。商売に乗せられて、それがあたかも”韓国流”であるかのように、中年女性たちを中心に浸透していった。 日韓双方に問いたい。[韓流]というのは、何か、と。
一時期、NHKの語学講座のうち、韓国語が超人気であったそうである。女性たちが、韓国語を勉強して韓国に行き、あこがれのスター(?)たちと韓国語で会話をしたい、という虚しい夢をもって、とりついたのであろう。
 
韓国では小学校に入学すると同時に、徹底した[反共教育]がなされ、反共精神が骨の髄まで浸透している。だが、実はそれと同時に[反日教育]も進行していることを忘れてはならない。
「日本はかつて韓国を侵略し、悪いことの限りをつくした悪い国である」と、徹底してたたき込む。
韓国には、あちこちに歴史博物館のようなところがある。いつも、小学生と思しき団体が教師の引率で見学に訪れている。その博物館の中にある各種説明文などは、やはり、徹底的に”悪しき日本”が演出されている。教師は滔々と説明し、子供たちはノートにメモをとり、あるいは携帯電話のカメラで説明文を写真に収めている。
傍で見聞きしていると、真に腹がたつを通り越して、この子供たちに哀れな悲しみさえ覚える。
そして、そんなことは、何も知らない、日本の哀れな[韓流]崇拝者たち。
 
韓国人は、およそあらゆることに「韓国は1番」という優越心、自尊心をもっている。これを、「小中華思想」と言う、朝鮮王朝の古き時代から、脈々と伝わってきている韓国人のDNAである。あのハングルでさえ、世界で一番の言語だと、言う。 かつて、中国が「中華思想」なるものを唱えたことにはじまる。これがかの儒教である。
中国の属国であった朝鮮は躊躇なく、自らを同じ思想の国家と唱え、これを同格の「小中華思想」としたのである。これは、1番が自分であり、他はすべて野蛮な国である、という思想である。
だから、日本が何をしても、決してほめ称えることはしない。理屈をいろいろ並べて、韓国の方がすぐれている、という結論を導き出すのである。韓国が、野蛮な国である日本に負ける、などということは、あり得ない話なのである。
 
韓国語を少し勉強した人なら、韓国語が文法的にいかに破綻した支離滅裂な言語であるかに気がつくはずである。
たとえば、受身形や使役形は、その作り方の形が5通りも6通りもあって、体系的にまとまっていない。つまり、不都合がおきるたびに、あとから文法的な追加を行ってきたのである。
韓国人は、受身形や使役形をあまり使わない民族である、というが、そうではない。使いたくても、韓国語にはそのような表現方法がないのである。お粗末な言語である。
それゆえ、外国文学をうまくハングルに翻訳することはできない。意訳するしかないのである。韓国が文化面で国際的な孤立を深めている原因の一つである。
それでも、韓国人は、ハングルが一番だと言っているから、滑稽である。
 
あれこれと韓国を誹謗することが目的ではない。
相互に正しい理解をするために、仮面の下に潜んでいる真実の姿を知ることが必須だと、考えているからである。
表面に作られている微笑に惑わされることなく、微笑の奥に潜んでいるものこそが、本来の[韓国文化]なのである。
韓国人の、あの不愉快な自尊心に振り回されることなく、それは韓国人の誤ったDNAだと理解して、本来彼らがもっている文化を導き出せれば、それこそ幸いなことである。
日韓が、仮面をかぶった、韓国の表面を見て、[文化交流]であると、うかれる時代を卒業したいものである。
そこに、真に韓国を恋するものを見つけ出すことができるはずである。
 
 
 
 
韓国のことわざ
 
 
発行 : 韓国文化研究所
(発行:2013-10-01)
(改訂:2014-1-31)