石見の豪族


                                        戻ります。


*西石見の名門として大内家と縁の深かった家柄、居城は難攻不落。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
吉見 吉見正頼 18城 津和野三本松城 10万 東長門・西石見
大内傘下 → 独立 → 毛利傘下

*西石見の名門として陶一族と縁の深かった家柄、その家系は石見一。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
益田 益田藤兼 23城 益田七尾城 11万 東長門・西石見
大内傘下 → 大内義長(陶晴賢)傘下 → 吉川傘下

*戦国時代、初期から尼子傘下へ鞍替えするが益田藤兼の猛攻で度々敗北。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
三隅 三隅隆兼 9城 三隅高城 −−− 西石見
大内傘下 → 尼子傘下 → 益田傘下 → 尼子(勝久)傘下 → 滅亡

*一度、吉川傘下へ入るが反旗をし元春に攻められ敗北。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
永安 永安兼政 −−− 永安矢掛城 −−− 中央石見
大内傘下 → 独立 → 吉川傘下 → 反乱 → 滅亡

*周布元兼は当主になった当初は弱年齢だった為、本家の益田藤兼に従っていた。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
周布 周布元兼 7城 周布鳶巣城 −−− 中央石見
大内傘下 → 大内義長(陶晴賢)傘下 → 吉川傘下 → 尼子(勝久)傘下 → 吉川傘下

*石見侵攻の吉川元春へ降るが領地問題で怒り爆発、反乱を起こすが敗北。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
福屋 福屋隆兼 6城 本明乙明城 −−− 中央石見・東石見
大内傘下 → 独立 → 吉川傘下 → 反乱 → 滅亡

*石見銀山を二度奪取した、東石見の名門、ライバルは佐波氏。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
小笠原 小笠原長雄 13城 川本温湯城 −−− 中央石見・東石見
独立 → 尼子傘下 → 吉川傘下

*安芸吉川と同族で石見へ移っても本家へ忠誠を尽くした、一族には吉川経家。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
(石見)吉川 吉川経安 −−− 不言福光城 −−− 中央石見・東石見
大内傘下 → 尼子傘下 → 大内傘下 → 吉川(元春)家臣

*大内最前線で尼子軍や小笠原氏の侵攻を度々防ぐ、一族には佐波隆秀。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
佐波 佐波興連 −−− 邑智青杉城 −−− 東石見
大内傘下 → 吉川傘下

*高橋氏は安芸で有名だが本拠地は石見にあり、滅亡後の領地は口羽氏が継ぐ。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
高橋 高橋久光 −−− 羽須美幡屋城 10万以上 東石見・北安芸
独立 → 尼子傘下 → 内紛 → 滅亡

*毛利家臣として有名、一時、吉川元春と行動を共にする。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
口羽 口羽通良 −−− 口羽琵琶甲城 −−− 東石見・北安芸
毛利家臣 → 吉川家臣 → 毛利家臣

*一時、高橋氏に攻められ滅亡するが毛利元就によって再興した。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
出羽 出羽正助 −−− 出羽ニツ山城 −−− 東石見
独立 → 滅亡 → 再興 → 大内傘下 → 尼子傘下 → 吉川傘下 → 毛利家臣

*領土を貪欲に欲しがった為に元就に葬られる。
豪族名 代表武将 出城を含めた属城 本城名 最全期の石高 主な支配地域
本城 本城常光 −−− 山吹城 −−− 東石見・西出雲
尼子家臣 → 大内傘下 → 尼子家臣 → 毛利傘下 → 滅亡

応仁の乱後130年の動きを纏めてみました。

まず勢力としては西石見は戦国初期、三隅氏以外は皆、大内傘下へ入っている、東石見はまだ尼子の勢力が届いてなく独立している豪族が目立つ。

1520年、前後には尼子経久の勢力が侵略して来て東石見の勢力は佐波氏以外は皆、傘下へ入る。

そして陶晴賢、謀叛が起こるとそれをキッカケに「独立」した豪族と「大内義長(陶晴賢)」の傘下へ入った者と分かれた。

さらに毛利元就の謀、出羽氏の再建・乗っ取り、高橋氏・本城氏と元就の謀略によって散った、お家柄が二つある、まさに石見豪族としては絶対に敵に回したくない相手である。

戦国時代も中盤以降へ入ると吉川元春に敗れ傘下へ治まる豪族も多い(まぁ元春、自体が負けなしの武将なので敵対した豪族は運がないと思うほかない)

1569年、尼子勝久が再興軍を起こすとそれに求呼する豪族も現れる。

特に周布一族は一度、吉川元春を裏切るものの許され生き残った家柄である。

直、石見領での尼子最前線が三隅氏であり、大内最前線が佐波氏である、この豪族の近くで頻繁に合戦が行なわれている。

壁紙の著作権は暁さんにあります、無断で転用・複写・複製するのは禁止です。