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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − fight ! −





「うわっ」
「…っと!」
階段を駆け下りてきた男を避けると、塩谷だった。
「一宮?」
ぶつかりそうになって立ち止まった塩谷は、怪訝そうな顔をして声を上げた。
こっちだって夜中の地下道で会うとは思わなかったぞ。
「何やってるんだ? 一宮」
「バイト帰り」
「へぇ…真面目に受験生してるのかと思った。バイトなんかしてて大丈夫?」
「毎日入ってるわけじゃないからな。気分転換みたいなモン」
だいたい人のこと言えんのかよ。
お前だって受験だろ。
陵湘は進学校で、進学率は ほぼ100%だ。
「俺? 俺は もう決めてるから」
駅に向かって歩きながら話す。
地下道の蛍光が塩谷の髪を薄く緑に照らした。
「お前、四組か」
俺が髪の毛を見ながら言うと、塩谷は呆れたように眉を上げた。
「今さら?」
「なんだよ今さらって」
俺たち、自己紹介してねーじゃん。
「いや、ライバルをチェックしておくとか、そういう…」
「ライバル?」
なんの??
「…いーけどね。 俺、塩谷 篤志 (あつし)。 そっちは 『 竜くん 』 だろ?」
まったく、伊集院が学校に来てからというもの、俺まで有名人になってしまった。
迷惑な話だよ。
俺が不満そうに顔をしかめると それを見た塩谷は愉快そうに笑った。
「まー、俺は前から知ってたけどね」
「へ?」
塩谷は長い前髪をかき上げる仕草で短い毛を辿り、探るような目を向けた。
「一宮は目立つからな」
「なん…」
なんだそりゃ、と言おうとした瞬間、急いだ足音が聞こえた。

ここに居たぞー!!

バラバラと数人の男が走ってくる。
「一宮、走れ!」
「あ?」
そういえばコイツ慌てて走ってきたんだっけ、と思い出しながら、塩谷の後をついていく。
裏通りに入っていこうとする腕を掴んで建物に入った。
「こっち」
そのまま抜け、大通りに出た。駅の目の前。ここが近道なんだよな。
「じゃーな」
「バイクじゃねぇの?」
「あの辺は置いとくと盗られるから駅の駐輪場に置いてる」
「ふーん…」
なんだ? ついて来んなよ。

「……真琴ちゃんがさぁ」
無視して歩く俺の後ろから声が追ってきた。
「キスシーンがイヤだって言うんだよ」
挑戦的な声。
品定めをする視線。
「へー」
「一宮から説得してくんない? 重要なシーンなんだ」
「お前が説得しろよ」
俺は関係ないんだから。
「元々そういうのは無しでって引き受けてもらってるからさ、強く言えないんだよね」
「じゃー諦めろ」
約束したんなら仕方ないじゃん。


「一宮が嫌がるからじゃねぇの?」


       は?


「彼氏が嫌がるから出来ねぇんじゃねぇの?」
からかう表情とは裏腹の、真剣な目。
コイツは何が言いたいんだ。
「別に彼氏じゃねぇよ」
俺が言うと、ニコッと塩谷は笑う。

「そういう一宮の態度って何が目的なワケ?」

「真琴ちゃんに竜くん竜くんって追い掛けてもらうため?」

なに言ってんだコイツ。

「意味わかんねー」

目付きから、喧嘩を売ってるっつーのは判ったけどな。


いた!!
見つけました!

「あ?」
なんだ、さっきの連中かよ。
「塩谷、お前なに やったんだよ」
「んー…前から知ってる相手ではあったんだけど…」
走り出しながら、話す。
「この間 街でちょっと目を離した隙に真琴ちゃんが絡まれて、まー、ちょっと…」
喧嘩したのか。
もともと知ってたって、夜の顔見知りか?

「バッカだな、塩谷」
「え?」
「伊集院なんか ほっとけよ」
「…え?」
信じられない、というように塩谷が目を開いた。
「ほっときゃいーんだよ、そんなの」
俺はもう一度言う。
「本気かよ……」
冗談 言って どうするんだ。
「もしかして一宮ってホントに真琴ちゃんのこと…?」
「?」
伊集院のことが どうしたって?

「いや…」

だってよー、伊集院だぞ?
あの伊集院だぞ?

お前より強いって。


……っつーか、塩谷!!

「すげー。一宮って強いんだな〜」

見てないで闘えよ !!   お前がやれ!

俺が適当にあしらいながら走る後ろを塩谷は呑気な顔でついてくる。
奴らにバイクを覚えられるとイヤなので駐輪場まで行けないし、帰れも しない。
くそー。
俺は明日また朝から夏期講習があるんだぞ!

「明日は打ち合わせがあるから早く帰るつもりだったのになぁ」
「それはこっちのセリフだ!」
あ、やべ。
意識が塩谷にいって、咄嗟に手加減が出来なかった。
勢いよく相手のみぞおちに拳をめり込ませる。
沈んだ男が邪魔で次の相手も思わず遠慮なしに蹴り飛ばしてしまった。
うーん、怪我させないようにするのが面倒なんだよなー。

「一宮、こっちこっち」
塩谷のテリトリーはこの辺りなのか、俺の前に出て、細い路地裏から建物に入った。

「ちょっとアツシ!」
ハスキーな声が迎えた。
中は店の厨房であるようだ。
「裏から入らないでって何度 言ったら…」
そう言いかけた着物の女性は俺を見て、口を閉じた。
「あ、一宮、コイツ俺の姉貴、アキラ」
まじまじ俺を眺めている姉を無視して塩谷は紹介する。
「あ、よろしく…」
何がよろしくなのかは判らないが、とりあえず頭を下げた。
店の裏に侵入してるわけだし。
「姉貴、これが…」
「もしかして…『 イチ 』?」
「へ?」
会ったことあったっけ?
俺が眉をしかめたからだろう、アキラさんは笑って違う違う、と手を振った。
「私も前あの辺りにいたから…一方的に知ってるだけ」
もう三年…四年になる。
覚えている人がいるとは思わなかった。
「店もここじゃなかったし」
聞いた地名は、確かに俺がよくいた場所だった。
あれ以来行ったことはないけれど。

「で、義兄さんは?」
「あんたが遅いからもう帰ったわよ」
「あーやっぱりー…あんなとこで時間取られたからなー」
がっくりと塩谷は肩を落とした。
「一宮、上行こうぜ。明日明るくなってから帰ればいいだろ」
そう言って さっさと階段を上っていく。
「お邪魔します」
数日前に知ったばかりのヤツに世話になるというのも変な感じだが、原因はコイツにあるんだから 構わないだろう。

階段を上って、右にある部屋に入る。

「う、わ…」

風景、人物、宇宙、雑誌の切り抜き。

無秩序に所狭しと壁を埋めている。

「なんだコリャ…」
壁を埋める切り抜きは全く無節操で、とにかく興味のあるものを貼り付けたといった様子だ。
一際 大きな写真の前に立つ。

海。

「それ、姉貴のダンナが撮ったヤツ。カメラマンなんだ」
隣りに立って、塩谷が言った。
「俺もカメラ教えてもらって、ま、それが転じて映画にハマったんだけどさ」
はい、と寝袋を渡される。
「寝てけよ」
「ん」
授業に間に合うには何時に起きればいいんだろ?
俺は渡された寝袋をベッドの横に敷いた。

「ぷっ」
「あ?」
「ははは! やっぱ一宮いいわー」
バシバシ、と俺の肩を叩きながら塩谷が笑う。
「いやー面白いヤツだろうなーとは思ってたけどね。平然と寝ようとするんだもんなー」
なんだよ。
寝てけってお前が言ったんだろ。
ベッドに腰掛ける塩谷を横目に俺は寝袋に寝転んだ。

「一宮って、目を引くんだよな。高校入って、そんときにはもう俺 映画一色だったからさ、 この存在感は凄えなぁって、目ぇ付けてたんだよ」
なぜか嬉しそうに塩谷は言う。
存在感ねえ?
「真琴ちゃんが転校してくる前から一宮の名前は知らなくても顔は知ってるってヤツは 多かったと思うぞ。自然に目が行く」
寝る俺を見下ろすようにして塩谷は話す。
「真琴ちゃんは、もう絶対的にオーラが違う。 可愛いのは、そうなんだけど、そうじゃなくって雰囲気がある」
あー、確かに伊集院は目立つな。

「…撮りたくて、見てたらさ」

挑むように俺を見る。

「好きになった」

………。
……………………納得。

「宣戦布告?」
訊く。
「そ」
塩谷は嬉しそうに笑った。
…はぁ。
「まぁ、そーゆーことは伊集院に交渉してくれ」
決めるのは伊集院だからな。
俺がそう言うと、塩谷はやはり楽しそうに俺を眺めている。
「うん、一宮はそういうだろうな〜と思ってね」
宣戦布告してみました、と笑った。
「付き合ってるわけじゃないんだろ?真琴ちゃんの何が不満なんだ?」
「別に なんも不満じゃねーよ。でも 好きって感情がついてこなければ仕方ないだろ」
「シビアだねぇ」
呑気な顔で言う。

「あー、やっぱ俺、一宮も撮りてぇ」
「は?」
「撮らせてよ」
なに言ってんだコイツ。
「嫌だ」
「即答かよ! 考えろよ! ( プンプン ) 」
考えるまでもないね。
冗談じゃねぇ。
「絶対に嫌だ」
「ちぇー」
更に強い否定を食らった塩谷は、ぼふ、とベッドに倒れ込んだ。

「なぁ」
「なんだ」
電気が消され、まだ暗闇に目が慣れない。
「一宮は、大学行って何すんの」
「…さぁ」
そんなこと、お前に言う必要があるのか?
「俺は、もう決まってんだよ。映画を作る。そのための進路だ」
「…ああ」
そうだろうな。
したいことのあるヤツ特有の、強い言葉だ。
由希、シズカ。
川原に鈴木。みんな。

高校三年。
独り立ちする方法を、その手段を考える。
自分が生きていく、そのための必要な道を。

それは夢だったり現実だったり保身だったり全ては日常に紛れて沈んで、 明確な答えのないままに時間だけが正確に刻まれていく。

「一宮は一途な目をしてる…。でも対象がはっきりしなくて どこか狂気染みてて、 俺は……」

「………」

声が途切れたと思ったら、塩谷は穏やかな顔をして寝入っている。
話しながら眠りにつけるとは奇妙なヤツだ。

壁を隔てた喧騒が酔っ払いの笑い声や車の排気音、それらを曖昧に伝えて、 見下ろしてくる切り抜き達が無言で一層 耳鳴りのような騒がしさを感じさせた。
目を閉じる。

一途な目。

伊集院だ。

真っ先に浮かんだのは、俺を見上げるあの目だった。

会ったときから、ただ如実に欲しいと伝えてくる目に、焦燥を覚えたのは何故だ。
いらだちを覚えたのは。


狂気染みている。

いつの話だ。


じいちゃんと山に行った。寝袋に潜って寝た。何年前だ。
昔を知る人。蛍光色の街。喧騒。
高校。進路。

一線を隔して俺の中で整理されていたものが じわりと染み出して、 ドロドロに融けて混じり合った。
身体は沼の中に沈み込んでいくようだ。


    泊まる。明日は直接学校へ行く。

メールは用件だけだ。
対する返事も、たいてい簡潔だった。


    判りました。竜くんがいなくて、淋しいです。








『 淋 し い で す 』











つづく













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