時間を掛けて、髪を結い上げた。
パーティの当日、私の着替えを待っていた竜くんと兄さまは、応接間のソファで寛いでいた。
「竜、お前ネクタイ歪んでる」
「あ? そうか?」
「しょーがねぇなあ」
「兄さま! それは私の役目・・・っ!!」
部屋に入ったばかりだった私は、慌てて止めようとしたが、既にとき遅し。
兄さまは手馴れた様子で竜くんのネクタイを直してしまった。
・・・・・・私の夢だったのに・・・
「いいじゃねぇか、どうせ長い人生、何度もチャンスはあるさ」
ははは、と笑う兄さまは、絶対に確信犯だと思う。
一方 竜くんは私の方をじぃっと見ている。
「どうですか?」
期待半分、恐れ半分で訊いた。
「おお、可愛い可愛い」
兄さまはそう褒めてくれたが、肝心の竜くんは片眉を顰めている。
「・・・なんか、髪、変」
容赦ない一言。
がーーーん・・・。
いつものように私を奈落の底に落とした竜くんは、いくつか注文しておいた中で一番カジュアルなスーツを着ていた。
たぶん これがマトモだと思ったのだろう。
兄さまは相変わらずのチャレンジャー。
派手になりそうな色のタイに上手くシャツとジャケットを合わせている。
竜くんは、流行りのダークスーツにレジメンタル、ナチュラルカラーのシャツ。
・・・まあ、私がコーディネイトしたのだけれど。
眼鏡は視界が狭くなるから、と言って今日はコンタクトだ。
私のエスコートというより護衛だということは譲れないらしい。
伸びていた髪も切り揃え、相変わらずシンプルな髪型だったが、後ろの毛先を遊ばせてザックリと前髪を下ろした様子は、印象の強い竜くんの目元を更に引き立たせていた。
いつも兄さまの髪を整えてくれている石井さんの腕に感嘆しつつも、自由に竜くんの髪を弄っていた様子を思い出して、少し嫉妬した。
竜くんは気持ち良さそうにして、のんびりとされるがままになっていた。
私がなんの警戒心も持たれずに竜くんの髪にふれることが出来るようになるのは、一体いつになるのだろう。
はっきり言って、すごく格好いい。
悩殺する! と宣言したものの、結局いつものように私が一方的に惚れ直して終わりのようだ。
今回も敗北だなぁ、と考えたところで、
「ホントだ、えいっ」
と、兄さまが私の頭をグシャグシャと乱れさせた。
「あーーなんてことするの兄さま!!」
鏡を見ると、編み込みはズレて、アップした前髪は落ちてきてしまっている。
「もう! これじゃあ直す時間もないじゃない…」
怒ったように言ってみたが、実際は竜くんに何とも思われなかったので、どうでもいい気がしていた。
惨めになった髪が、自分の心情まで表しているように思える。
「まあ、竜くんに不評なら髪を上げた意味もないから いいんですけど…」
「いや俺は 『 変 』って言っただけなんだけど 」
「・・・そういうのを不評っていうんです・・・」
この人は なんで こんなに正直なの・・・
はぁ、と、息をついた横で、兄さまが私の髪を梳かしてくれている。
「・・・・・・きなんだよ」
「・・・え?」
兄さまは、竜くんには聞こえないように呟いた。
「まあ、そういうこと。 ほい、もうオッケー」
終了、と兄さまが言って、私は竜くんを振り返った。
たぶん、無意識なんだろう。
竜くんは少し眩しそうに目を細めた。
「竜は、お前のふわふわしてる髪が好きなんだよ」
本当に?
私は堪らなくなって、竜くんの腕に自分の手を通し、ぎゅう、と抱きついた。
竜くんは抗議の声を上げたけれど、振り払おうとはしなくて、ますます私を嬉しくさせた。
パーティ会場には既に人々が集まっていて、主催者である両親は初めから居て
挨拶をしているが、今日の主役である祖父はまだ現れていないようだ。
ヒーローは後から参上、を地でいく変わり者の祖父なので、毎度のこと。
「悪の親玉も最後に登場だよなっ」
にゃははと笑う兄に、そっちの方が正しい、と頷く竜くん。
いつも思うけれど、この二人が揃うと悪戯好きな小学生にしか見えない。
竜くんはパーティというもの自体 初めてのようで、キョロキョロと面白そうに眺めていた。
「ひょ~、豪華なシャンデリア~。天井高ぇ~」
「竜見ろよ」
「おお、すげぇドレス」
二人が注目しているのは、背中がざっくりと開いた赤いドレスの女性。
悪ガキの次は、エロ中学生ですか? 二人とも……
そんな気の抜ける会話ばかりしているとは、まさか周囲も予想していないだろう。
目立つ二人が並んだ様子に、視線が集中している。
兄さまは、まあ、どうでもいいのだけれど、
竜くんは容姿がどうこうじゃなくて纏う空気が人を圧倒する。
惹き付けずには おかない。
そして何を考えたのか、今日は笑顔の安売り大バーゲン。 私たち兄妹に挨拶に来た人たちに営業スマイルを振り撒いて、その笑顔の威力を知っている私は気が気でない。
間誤付いている私に竜くんがニヤリと笑って、竜くんの出席理由は あくまで私と関係なく祖父のためだ、と、人々に明言するための笑顔だと気付いた。
…私のライバルを増やさないでほしい…。
これで『 伊集院家と繋がりがある 』と宣言したことになると竜くんは判っているんだろうか。
|