一度 手に入れて、もう手放せないもの。
「伊集院?」
穏やかに髪に触れる手も。
「どうした?」
その優しい声も。
見つめる柔らかい視線も。
全部全部。
もう失えない。
だから、怖くて。
竜くんが怖くて、怖くて。
また拒絶されたら?
迷惑そうにされたら。
以前は何も無かった。
竜くんからの感情は「嫌い」だけだった。
失うものが何も無かった。
だから何も怖くなかった。
臆病者。
臆病者。臆病者。
振り払われるのが恐ろしくて、それ以上 近づくことができなくなった。
すでに手に入れたものを守ることに必死で。
臆病者。
「あ、あー……なるほど。わりぃ」
「え?」
顔を上げる。ペシリと額を叩かれた。
「ほら、戻ろうぜ」
にっこりと安心させるような笑み。
「立って」
ひょいっと軽く立たされる。
笑いながらグシャグシャと前髪を混ぜられた。
桐香ちゃんにする、お兄ちゃんの仕草。
泣いている子供を励ますような。
…でもね、竜くん。
私が欲しいのは、ソレじゃない。
それなのに。
もう、 手放せないよ。
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