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仏教余話2
 ある家庭内暴力の話
                         
            [平成7年(95)5月記]



 ある方と先日会う機会がありました。その方は7年程前に私がまだ高野山から東京に戻ったばかりのころ、中学生の息子さんのことで悩みを打ち明けられた方でした。

 その悩みというのは、一言で言えば家庭内暴力ということになるのでしょうが、体格の良かったこともあり息子さんが中学生なのに盛り場に行ったり賭け事をしたりしていて、そのことが親に知れたことから、突然暴力を振るい罵声を浴びせるような子になってしまったのだということでした。

 遅くに生まれた一人っ子だったこともあり、かわいいかわいいとわがままに育てたことがあだになったのだろうか。小学生のころはサッカーをしたりお父さんと一緒に過ごす時間が多かったために、お母さんとのコミュニケーションが少なかったからなのでしょうか。

 と思い当たることをいろいろと話されたことが記憶にあるのですが、とにかくその頃が一番の修羅場だったと振り返っておられました。

 自殺したいような毎日だったとも言われました。実の子と角を突き合わせるような毎日。何かというとすぐ手が出て格闘する日々。向かってくるとこちらも負けてはいけないと思って立ち向かっていったのだそうです。

 しかしそうしている間は何も変わらなかったといいます。何とかこの子の気持ちを素直にこちらの気持ちも分からせる手だてはないか。そう考え続けていたある日、これではだめなんだ、俺はあの子のおやじなんだ、と気づいたとのことでした。

 おやじなんだからこの子のことは何でも許してやろう、自分が試されていたんだ、自分が分かってあげなければ誰がこの子を理解できるだろう、怒鳴り散らす言葉に反応することなくそのつらさ苦しみを分かってあげなければ、と思ったといいます。

 そして大きな気持ちで受け止めて上げなければと思えるようになったとき、一皮一皮薄皮をはぐように息子さんは少しづつ穏やかになっていったのだそうです。

 それでも時には荒々しい言葉で怒鳴ってきても、なるべくやさしく「お父さんはこれこれが正しいと思う」と言うようにしたのだといいます。それに対して言い返してきても自分の話を耳に入れているのだと信じて言い続けたのだそうです。

 そうした日々を続けて高校へも入りそして卒業して、今では立派に社会人になって、お父さんお母さんと一緒に生活を続けているとのことでした。

 この話は、怒りの心のエネルギーは相手の反発を招き怒りを募らせるが、やさしい慈愛の心は相手に浸透し無限に広がって行くことをそのままにあらわしているようです。

 普段穏やかにしていてもいつ怒りの気持ちが出てくるとも限りません。私たちも誰に対しても常に優しい心であるよう気をつけていたいと思います。
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