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(心の安らぎのために、慈悲の心にこころ落ち着かせてみてはいかがでしょうか。 下に記した慈しみの修習は、南方の仏教徒が日々お唱えしているものです。 和訳ではありますが、ひとことひとことを心に刻みつつお唱えしてみて下さい) 慈しみの修習(メッタ・バーワナー) (沈みゆく夕日・ラージギールにて) 和訳: 私は恨みのないものであります。 怒りなきものであります。 惑うことなきものであります。 幸あるものは、自分を守護す。 この私のごとく、私の師、和尚、母、父、味方も、見知らぬものも、 恨みあるものも、 恨みなきものであれ。 怒りなきものであれ。 惑うことなきものであれ。 幸あるものたちよ、自分たちを守護せよ。 苦しみがなくなりますように。 自らなした業の、身に得たるものを手放すなかれ。 この精舎における、この近くの村における、この町における、 この国における、この閻浮堤における、この鉄囲山の境界内に住する 自在天、神々、人々、すべての衆生は、 恨みなきものであれ。 怒りなきものであれ。 惑うことなきものであれ。 幸あるものたちよ、自分たちを守護せよ。 苦しみがなくなりますように。 自らなした業の、身に得たるものを手放すなかれ。 東、南、西、北、北東、南東、南西、北西、地下、上空の すべての方角の、すべての衆生、息をするもの、生き物、 食により生きるもの、体を持つもの、女性、男性、聖なるもの、 汚れたもの、神、ひと、人でないもの、地獄にあるものも、 すべてのものたちが、 恨みなきものであれ。 怒りなきものであれ。 惑うことなきものであれ。 幸あるものたちよ、自分たちを守護せよ。 苦しみがなくなりますように。 自らなした業の、身に得たるものを手放すなかれ。 東の方角にあられて大神変を現す寂静の神々よ、 我らを守護せよ。無病であれ、幸あれと。 南の方角にあられて大神変を現す寂静の神々よ、 我らを守護せよ。無病であれ、幸あれと。 西の方角にあられて大神変を現す寂静の神々よ、 我らを守護せよ。無病であれ、幸あれと。 北の方角にあられて大神変を現す寂静の神々よ、 我らを守護せよ。無病であれ、幸あれと。 東方に持国天、南方に増長天、 西方に広目天、北方に多聞天。 彼ら、名声ある世界の守護者四天王よ 我らを守護せよ。無病であれ、幸あれと。 |