/ 『007/カジノ・ロワイヤル』
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『light as a feather』トップページに戻る007/カジノ・ロワイヤル
原題:“Casino Royale” / 原作:イアン・フレミング(創元推理文庫・刊) / 監督:マーティン・キャンベル / 脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ポール・ハギス / 製作:マイケル・G・ウィルソン、バーバラ・ブロッコリ / 製作総指揮:アンソニー・ウェイ、カラム・マクドゥガル / アソシエイト・プロデューサー:アンドリュー・ノークス / 撮影:フィル・メヒュー,B.S.C. / 美術:ピーター・ラモント / 第二班監督:アレクサンダー・ウィット / 編集:スチュアート・ベアード,A.C.E. / 衣装デザイナー:リンディ・ヘミング / SFXスーパーヴァイザー:クリス・コーボルド / スタンド・コーディネーター:ゲイリー・パウエル / 音楽:デヴィッド・アーノルド / 主題歌:クリス・コーネル“You Know My Name”(Universal Music) / 出演:ダニエル・クレイグ、エヴァ・グリーン、マッツ・ミケルセン、ジュディ・デンチ、ジェフリー・ライト、ジャンカルロ・ジャンニーニ、カテリーナ・ムリーノ、サイモン・アブカリアン、セバスチャン・フォーカン、イェスパー・クリステンセン / 配給:Sony Pictures Entertainment
2006年イギリス・ドイツ・チェコ・アメリカ合作 / 上映時間:2時間24分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / 翻訳協力:日本カジノ学会、日本カジノスクール
2006年12月01日日本公開
公式サイト : http://www.casinoroyale.jp/
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2006/12/27)[粗筋]
イギリス諜報部MI6の諜報員に与えられるコードネームのうち、頭につく“00”は殺しのライセンスを意味する。与えられるに必要なのは能力もさることながら、ふたりを殺した実績。ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は内通者とその相棒を始末し、遂に念願であったその暗号名を手に入れる。
007となって彼が初めて挑む任務は、テロ組織から依頼を受けたと見られる爆弾魔モロカ(セバスチャン・フォーカン)の確保。モンテネグロで監視を行っていたが、しかし仲間の失態で監視を察知され、現場は阿鼻叫喚の騒動となる。そこをついて逃げようとしたモロカをボンドは猛追し、果てにはフランス大使館の敷地内に逃げ込んだモロカを、ボンドは射殺してしまう。
国際協定に背く行為に、MI6はマスコミから激しい批難を浴びる。とりわけ矢面に立たねばならない直属の上司M(ジュディ・デンチ)は“00”を与えたことに早くも後悔の念を抱くが、当のボンドは意に介する様子もなかった。Mの自宅を探り当てると、留守中に侵入して機密情報を盗み出し、モロカの携帯電話に最後にかけてきた謎の番号――エリプシスの発信源を割り出すと、勝手にバハマ諸島へ飛ぶ。
電話の発信源をディミトリオス(サイモン・アブカリアン)と特定したボンドは、彼の滞在するパラダイス島のオーシャンクラブという高級ホテルに潜入、ギャンブルに混ざって接触を図る。首尾良く車を奪うほど快勝したボンドは、その車を利用してディミトリオスの妻ソランジュ(カテリーナ・ムリーノ)と接触した。生来の女癖の悪さを発揮しながら、ソランジュの口からディミトリオスの情報を得ると、さっそくマイアミに赴いた。
尾行に勘づかれ、ディミトリオスの襲撃に遭いながらも返り討ちにしたボンドは、だが彼が持ってきた荷物を別の何者かが持ち去った事実に気づき、その人物を追ってマイアミ空港に走る。ディミトリオスが接触したのは、モロカに代わる新たな爆弾魔であった。空港内を舞台にした激しいカーチェイスの末、ボンドはすんでのところで飛行機が爆破されるのを防ぐ。
Mがディミトリオスの行動を洗った結果、爆破されかかった飛行機を製造する航空会社の株を空売りして稼ごうとしたが、失敗して1億5000万ドルの損失を出した人物との接点が判明した。武器商人であるディミトリオスに対し、その男――ル・シッフル(マッツ・ミケルセン)はテロ組織の資金を預かって、株の空売りやギャンブルによって増やすことを生業とする、まさに本物の“死の商人”である。だが、今回の損失によって信頼は損なわれ、間もなく多くの組織からつけ狙われる立場に陥る。それを回避するために、モンテネグロにあるカジノ・バー“カジノ・ロワイヤル”で高レートのポーカーを開催するという話だった。メンバーの中で最もギャンブルに優れ度胸もある最適な人間は――ボンドだった。
政府がボンドに許した予算は1500万ドル。監視役である財務省の役人ヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)とともに、ボンドは空前の勝負へと乗り出す……[感想]
普通の人よりもそうとう多く観てきたおかげで、スタッフの名前を見ただけで「あ、この部分は大丈夫」と直感できることが増えた。その意味では今回、極めてスタイリッシュで刺激的なオープニングにふたりの名前を観た時点で、心配する理由は私には無くなってしまった。
ひとりはポール・ハギス。名前を知らなくとも、彼が脚本、或いは原案として関わった作品を羅列すればご理解いただけるだろう。『ミリオンダラー・ベイビー』、『クラッシュ』、『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』――2作連続のアカデミー賞獲得に加え、来年度のアカデミー賞にもかなり深く食い込むことが既に予測されている。
いまひとりは、アレクサンダー・ウィット。こちらも名前だけでは解らないかも知れない。監督として『バイオハザードII アポカリプス』があるが、助監督・第二班監督としてアクション・シーンを手懸けており、業界の信が厚い。『ブラックホーク・ダウン』『ミニミニ大作戦』『トリプルX』『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』と作品名を羅列すれば納得していただけるだろう。シナリオや全体像に難があったとしても、彼の名前がクレジットされた作品でアクションに不満を覚えることはほとんどない。
つまり、いまいちばん脂の乗った脚本家と、アクション・シーンの構築に長けた職人とが本編には携わっているわけで、この二つが揃えばジェームズ・ボンドに対する思い入れは別にして、アクション映画として観て不満のある出来になるとはもう考え難い。実のところ、かなりの高評価を耳にしながら依然として不安は覚えていたのだが、ふたりの名前を目にした時点でもう一切心配するのは止めて、虚心にスクリーンに臨んだ。そして、その期待は裏切られなかった。
まず、プロローグからして渋い。いきなりモノトーンの不穏な画面、ビルに入っていく男。部屋に入り灯りを点けると、ボンドが座っている。MI6に対して裏切りを働いたこの人物を始末するためなのだが、その有り体ながらも緊張感に富んだ駆け引きの演出ぶりに、ダニエル演じる新生ボンドのどこか無邪気で、しかし危険な雰囲気も湛えた演技が光る。初めて犯した殺人の慌ただしさを回想として織りこみ、第二の殺人のスマートさを鮮烈に際立たせる。そしてふたたび回想に一瞬戻り、007シリーズの象徴たるあのヴィジュアルへの運び方の実に巧いこと。久々という男性による主題歌“You Know My Name”に乗せて描かれる、切り絵風のアニメーションによるオープニングも痺れるほどに格好いい。
直後のアクションこそ些か破天荒、派手さに走ったきらいはあるが、しかし謎の鏤め方と話の繋ぎ方は、近年のアクション映画には珍しく理知的で洗練されている――駆け引きと呼ぶには全般に安易ではあるが、過度に複雑にしてはこうしたアクションやドラマの見せ場が減ってしまうのも事実だ。匙加減として絶妙である。
本編では敢えて象徴的に大きな敵役を用意していない。いちおうル・シッフルという男が最大の標的として現れるが、それはあくまで昨今のスパイ映画の着眼点となった“対テロ戦”という側面の表象としてに過ぎず、ボンドはテロ組織に資金が流入することを妨げるために様々な形で戦う。そういうスタイルを選んだからこそ理知的で、渋く仕上がっているのである。
アクションにおいても、冒頭こそ“掴み”としたかったのか派手だが、あとは基本的にリアルであり、物語の中によく浸透している。こうした映画では、格闘やアクションの構想が先にあるのか、やたらと凝ったり派手にしたアクションが物語に嵌めると浮いてしまったり、話そのものを歪めてしまう傾向にあるが、そうした欠点に自覚的になって、意識してコントロールしようとしている節がある。そうした冷静さがそのまま作品としてのクールさに繋がり、ドラマとアクションの醸し出す熱さとうまく調和を保ち、洗練されたイメージを醸し出している。
出色は新生ボンドの描き方である。最初は傍目にも無謀で破天荒な手段ばかりを選び、Mならずとも「本当にこいつが“00”で大丈夫か」と不安になるような“活躍”ぶりだが、それ故に立ちはだかる壁に困惑するさまが生々しく伝わってくる。活動を続けていくごとに、舞台が変化しているせいもあるが服装が洗練されていき、それに従ってわたしたちの知る“007”に接近していく過程の描き方も絶妙だ。冷血漢だがしばし我を見失ってしまい、単純なピンチに陥りながらもギリギリで切り抜けていく姿は、如何にも血気盛んな若き英雄といった風情であり、“成長物語”としての骨格をも成り立たせている。
敢えて地味なスタイルを選択したように見えるプロットも、終盤に来るとどんでん返しの連続となる。これらもわりと基本的な仕掛けなので見抜くのは容易いが、しかし畳みかけるように放ってくるので先が読めず、緊張感は最後まで持続する。纏めにくい物語のラストも切れ味鋭く、アクション映画ながら余韻は豊饒だ。
原点回帰のために敢えてジェームズ・ボンドを誕生前まで連れ戻し、危険な薫りと随所に盛り込んだユーモア、そして苦悩までも滲ませて、完成度は極めて高い。格好良さと渋さとを存分に描き出し、訴えた通りの原点回帰と、そして21世紀のための新たなボンド像を一発で確立させた傑作。好評を受けて、既にダニエル・クレイグの続投が決定しているそうだが、次回作もこの渋さと格好良さが保てれば、しばらくボンドは安泰だろう。(2006/12/27)