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男鹿線
沿革
大正2年11月9日船川軽便線として追分〜二田間(10.4km)が開業
大正3年11月8日二田〜脇本間(8.5km)が開業
大正4年12月1日脇本〜羽立間(4.8km)が開業
大正5年12月16日羽立〜船川(現:男鹿)間(2.9km)が開業
大正11年9月2日船川線に改称
昭和12年6月10日船川〜船川港間(1.8km)が開業
昭和43年4月1日男鹿線に改称(船川駅を男鹿駅に改称)
平成14年1月1日男鹿〜船川港間が廃止
平成16年10月16日路線愛称が「男鹿なまはげライン」に

船川港と奥羽本線とを鉄道で結ぶことを目的に「船川軽便線」として建設されました。しかし、貨物輸送という当初の目的は徐々に薄れ、男鹿半島が観光地として注目され始めた昭和43年に「男鹿線」に改称されています。 その後、秋田市の近郊区間ということで沿線の宅地造成が進み、列車もすべて秋田駅まで乗り入れるようになるなど、その後は秋田市の通勤・通学路線へと変貌を遂げています。 しかし一方で貨物輸送は減少の一途をたどり、平成14年をもって貨物扱いは廃止となり、男鹿〜船川港間の線路も撤去されてしまいました。 また、秋田市の近郊路線にありながら軽便線時代からの線形や非電化単線は変わらず、令和3年3月に蓄電池電車が投入されましたが、線内のスピードアップにはつながっていません。
なお、地図上は男鹿半島の南端を日本海に沿って進んでいますが、沿線は住宅と防風林が視界を遮っており、五能線のように車窓に日本海が広がるような光景はありません。

路線概要

愛称名:男鹿なまはげライン
営業キロ:26.6km(追分〜男鹿)
線路規格:非電化単線 1,067mm
閉塞方式:CTC特殊自動閉塞式
使用車両:EV-E801系[交流用蓄電池電車]
駅名: 追分出戸浜上二田二田天王船越脇本羽立男鹿
※駅名をクリックすると各駅の詳細な情報を見ることができます。

【沿線紹介】
起点の追分駅を出るとしばらく奥羽本線と併走し、複線区間のように見えます。両側に防雪林が見えてくると男鹿線は左側へとカーブし、奥羽本線と分かれます。
無人駅を2つ過ぎると行き違い設備がある二田駅に到着します。 次の天王駅を過ぎると、八郎潟と日本海を結ぶ船越水道に架かる鉄橋を渡り、鉄橋からは遠くに海を見ることもできます。ちなみに以前はこの鉄橋は可動式でした。

鉄橋を渡り終えるとほどなく船越駅に着きます。この辺りから右側に寒風山が見えるようになり、次の脇本駅からは間近に見ることができます。この駅を出ると線内唯一の男鹿トンネルをくぐり、水田地帯を進むと羽立駅へ着きます。そして車窓に臨海団地が広がると終点の男鹿駅に到着します。

なお、線内では平成13年までディーゼル機関車DD51に牽引された貨物列車とすれ違う光景が見られましたが、それも過去の思い出となってしまいました。

各駅詳細

※画像をクリックすると関連する画像を見ることができます。
追分駅
追分 おいわけ
開業日:明治35年10月21日
営業形態:業務委託[JR東日本東北総合サービス](早朝夜間無人)
構内配線:2面3線(ホームは単式1、島式2)
接続路線:奥羽本線
所在地:秋田市金足追分字海老穴

駅名からもわかるように、この地は2つの街道の分かれ目です。駅も男鹿線の起点となっていて、列車は主に1番線から発着します。貨物扱いをしていた名残からか、構内東側には貨物側線が広がっています。

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出戸浜駅
出戸浜 でとはま
開業日:昭和26年12月25日
営業形態:無人
構内配線:1面1線(ホームは単式)
所在地:潟上市北野

かつては相対式2面2線でした。昭和60年6月からは貨車を改造した駅舎となっていましたが、老朽化が激しくなったため、平成18年2月に現在の簡易駅舎となっています。「出戸浜」とは、山の端に出来た漁港、という意味のようです。なお。この駅から天王駅までは天王町に属していましたが、平成17年の合併により潟上市となっています。

 

上二田駅
上二田 かみふただ
開業日:昭和31年11月26日
営業形態:無人
構内配線:1面1線(ホームは単式)
所在地:潟上市天王字蒲沼

駅舎はなく、ホーム上の待合室は平成15年3月にログハウス風のものに改築されました。ホームへの階段下には電話ボックスと並んで券売機が設置されています。

 

二田駅
二田 ふただ
開業日:大正2年11月9日
営業形態:簡易委託[潟上市]
構内配線:1面2線(ホームは島式)
所在地:潟上市天王字上江川

旧天王町の中心駅で、駅前通りには役場もありました。現在のホームは1面のみですが、かつては駅舎側にもありました。現駅舎は平成6年10月に改築されたもので、併せて跨線橋も新設されました。ちなみに「二田」の名前の由来ですが、駅建設時に敷地を寄贈した二田氏(二田孝治元衆議院議員の祖父)の名前から取ったとされています。

 

天王駅
天王 てんのう
開業日:昭和31年11月26日
営業形態:無人
構内配線:1面1線(ホームは単式)
所在地:潟上市天王字道合

駅名からして町の中心にあるように思えますが、中心駅は二田駅であって、この駅は町のはずれにある無人駅です。ところで「天王」とは、牛頭天王という祭神を祀っていた牛頭天王神社がその語源で、明治政府の神仏分離政策により神社名を変更し、地名だけが残ったものです。その神社こそ現在の東湖八坂神社で、このような経緯を辿った地名や神社は全国に散在しています。

 

船越駅
船越 ふなこし
開業日:大正3年11月8日
営業形態:無人
構内配線:1面1線(ホームは単式)
所在地:男鹿市船越字狐森

かつて貨物を扱っていたこともありホームが異常に長くなっています。しかし昭和55年の貨物扱い廃止に伴い行き違い設備は撤去され、一部が引き込み線として残っている他は敷地は宅地となっています。駅舎は平成11年3月に改築されたもので、コンビニエンスストア「NEWDAYS」も併設していましたが、平成22年3月に閉店となっています。ちなみにこの駅が開業した当時は「船越町」でしたが、昭和30年に男鹿市に編入されています。

 

脇本駅
脇本 わきもと
開業日:大正3年11月8日
営業形態:無人
構内配線:1面2線(ホームは島式)
所在地:男鹿市脇本字曲田

かつては申川油田から地下のパイプラインで運ばれてきた原油がここで積み込まれ、平日の夕方に1日1往復あった専用貨物列車で男鹿の精油所まで輸送していました。平成14年に設備は撤去され更地となりましたが、数本の側線と広い構内が往時の面影を残しています。かつては簡易委託駅でしたが、平成23年4月1日に無人化されています。

 

羽立駅
羽立 はだち
開業日:大正4年12月1日
営業形態:無人
構内配線:1面1線
所在地:男鹿市船川港比詰字大巻

島式1面2線だった名残で駅舎とホームの間が広く空いていましたが、平成26年3月に現駅舎に改築された際に埋められています。また、かつては男鹿市による簡易委託駅でしたが、平成18年3月31日に無人化されています。

 

男鹿駅
男鹿 おが
開業日:大正5年12月16日
改称履歴:船川[読み「ふなかわ」]→船川[読み「ふながわ」](昭和5年10月20日)→男鹿(昭和43年4月1日)
営業形態:業務委託[JR東日本東北総合サービス]
構内配線:1面2線(ホームは島式)
所在地:男鹿市船川港船川字新浜町(北緯39度52分55秒 東経139度51分7秒)

男鹿線の終点で、男鹿市の中心駅です。駅舎は平成30年7月1日に移転改築されたものです。かつてはこの先、船川港まで貨物線が延びており、男鹿駅構内にも多数の側線がありましたが、平成14年に貨物線は廃止され、側線もすべて撤去されています。ちなみに「男鹿」は「岡」が訛ったものの当て字です。

【最寄りの観光スポット】男鹿水族館なまはげ館

ミニ情報

平成24年10月1日に各駅の駅名標のデザインが変更されました。
男鹿線(当時は船川軽便線)が計画された際、奥羽本線のどの駅から分岐させるかについて政治的な駆け引きが行われ、土崎駅や大久保駅という案もありました。
平成3年3月にタブレットからCTC制御に変更されました。
男鹿線は、JR東日本秋田支社が全線を管轄しています。

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