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羽越本線
沿革
大正9年2月22日羽越北線として秋田〜道川間(19.9km)が開業
大正9年7月30日道川〜羽後亀田間(8.1km)が開業
大正10年11月15日陸羽西線として吹浦〜象潟間(17.3km)が開業
大正11年6月30日象潟〜羽後本荘間(25.5km)が開業
大正11年10月16日羽後本荘〜羽後岩谷間(7.1km)が開業
大正13年4月20日羽後岩谷〜羽後亀田間(7.7km)が開業(羽越線に改称)
大正14年11月20日羽越本線に改称
昭和47年8月5日村上〜秋田が交流電化

羽越本線は今でこそ日本海縦貫線の一翼を担っていますが、当初は別々の路線として着工されました。すなわち、新潟県内は北越線(現:信越本線)に接続する路線として計画され、山形県内は奥羽本線と庄内地方を連絡する路線として計画されていました。 大正4年の鉄道敷設法改正より村上〜秋田間が第1期線に加えられたことによって、秋田県内は既に開業済みだった奥羽本線秋田駅から南下する形で建設が始まり、この区間は「羽越北線」とされました。一方、山形県新庄から庄内を結ぶ路線は「酒田線(大正6年に陸羽西線に改称)」とされ、酒田から南北に延伸する形で建設が始まりました。 陸羽西線は順調に工事が進み、大正10年に予定通り象潟まで開業しましたが、羽越北線の秋田〜象潟間は困難を極めました。羽後牛島〜新屋間に架ける雄物川橋梁は雄物川の度重なる増水により頻繁に工事が中断、折渡〜羽後岩谷間は粘土層の軟弱地盤のためトンネル建設が進まず、日本初のシールド工法を採用してようやく計画から6年遅れで完成、さらには海岸部が強風により築堤が何度も崩壊するなどし、全通するまでは着工から8年の月日を要しました。
ちなみに各難所のその後ですが、洪水が頻発した雄物川は昭和13年に放水路が完成、折渡トンネルは建設時に多くの「人柱」が立てられたとの噂どおり周辺から人骨が現れ、昭和26年に供養碑が建立されました。
全通後は、関西・北陸と東北を結ぶ幹線として重要視され、輸送量が限界に達していた東北本線の迂回路としても注目されました。そこで部分的に複線化が進められ、昭和47年には全線電化も遂げました。 しかし、上越新幹線開業によってその役割は新幹線と庄内地方を結ぶ連絡線へと変わり、長距離利用客は鉄道から航空機へとシフトするようになり、平成13年には大阪〜青森間を直通していた特急白鳥号が、平成24年には寝台特急日本海号が廃止となりました。 また、山形新幹線が酒田まで延伸された場合、JRは特急いなほ号を廃止すると明言しており、将来的には完全なローカル線へ転落する可能性もあります。

路線概要

営業キロ:76.9km(秋田〜小砂川)
線路規格:交流20,000V電化単複 1,067mm
単複詳細:秋田−下浜=道川−折渡=西目−仁賀保=金浦−小砂川
閉塞方式:CTC特殊自動閉塞式
使用車両:E653系1000番台[交直両用型電車](特急いなほ用)、701系[交流型電車](普通電車用)
駅名: 秋田羽後牛島新屋桂根下浜道川岩城みなと、[二古]、羽後亀田折渡羽後岩谷羽後本荘西目、[出戸]、仁賀保金浦象潟上浜小砂川
※[ ]は信号場です。
※駅名をクリックすると各駅の詳細な情報を見ることができます。

【沿線紹介】
秋田駅を出ると羽越本線はまっすぐ南下しますが、奥羽本線は左に曲がって離れていきます。住宅地の中を進み、雄物川橋梁(600m)を渡って新屋駅に到着しますが、かつては工場地帯への貨物支線が左右に分かれていました。新屋駅を過ぎると突然車窓が市街地から山間へと変わりトンネルへと入っていきます。 そして小さな駅を2つ過ぎると道川駅で、この辺りから車窓に日本海が見えるようになります。

折渡駅からは西目駅まで複線区間となりますが、県内の複線区間としては最長です。なお、折渡駅〜羽後岩谷駅間にある折渡トンネルは日本で初めてシールド工法が採用されたトンネルです。

羽後岩谷駅を過ぎて山間部を抜け田園地帯を進むと右手に巨大な建物が見えてきます。平成6年に移転新築された由利組合総合病院で、由利地域の医療の中核を担っています。そしてほどなく羽後本荘駅に到着します。

羽後本荘駅を出ると左側に由利高原鉄道の線路がしばらく並走し、由利本荘市の市街地が切れる辺りで分かれます。西目駅を過ぎると線路は再び海岸沿いを走り、日本海の絶景を楽しむことができます。

なお、羽越本線は単線と複線が入り乱れていますが、これは当時の国鉄が羽越本線をなんとか全線複線化しようと急いだ結果、奥羽本線と同様「まだら模様」の状態になってしまったもので、単線区間でも複線用地が確保されたまま放置されている土地も数多く見られます。 ちなみに秋田駅からこの辺りまでは油田地帯で、かつては沿線の随所に油井が見えましたが、今ではその面影はありません。

海岸に沿ってさらに南下すると、左手に鳥海山が近づいてきます。天気の良い日は美しい姿を見ることができますが、なかなか頂上までお目にかかることはありません。
南端の小砂川駅はこぢんまりしていて、県境の駅にしては寂しすぎます。しかもこの駅に特急は止まらないため、特急に乗っていると気が付かないうちに山形県へ入っています。

各駅詳細

※画像をクリックすると関連する画像を見ることができます。
秋田駅
秋田 あきた
開業日:明治35年10月21日
営業形態:JR直営
構内配線:4面10線(ホームは切欠式1、島式3)
接続路線:秋田新幹線、羽越本線
所在地:秋田市中通七丁目(北緯39度42分54秒 東経140度7分59秒)

乗降客数や発着番線数、列車本数その他すべてにおいて県内最大規模を誇る県都秋田市の玄関口です。平成9年の秋田新幹線開業に際して構内配線が変更され、駅舎も改築されました。また、平成11年1月19日からは新幹線自動改札機が、平成18年3月30日からは中央改札口に在来線自動改札機が稼働しています。すべての列車がこの駅を終点としています。ところで「秋田」の名称由来には諸説があり、洪水で氾濫する雄物川の河口に位置するため稲作に適さない土地(悪田)からきているとの説も有力です。

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羽後牛島駅
羽後牛島 うごうしじま
開業日:大正10年7月31日
営業形態:業務委託[JR東日本東北総合サービス](早朝夜間無人)
構内配線:1面2線(ホームは島式)
所在地:秋田市牛島西一丁目

かつては付近にあった工場へ貨物専用線が分岐していて、貨物の一大ターミナルの機能を持っていました。そのため、国鉄からJRに移行された後も駅業務はJR貨物が管轄していたという特殊な経緯を持っています。しかし現在では専用線はすべて廃止となり、貨物側線も大部分が撤去されてしまいました。それでも広い構内は健在で、ホームはまるで離れ小島のようになっているため、駅舎とは地下自由通路で結ばれています。
駅舎は昭和33年10月に改築されたものですが、駅業務の機能は平成4年2月からホーム上の待合室に移転しています。
なお、この駅の開業時は牛島町でしたが、大正13年に秋田市に編入されています。

 

新屋駅
新屋 あらや
開業日:大正9年2月22日
営業形態:業務委託[JR東日本東北総合サービス](早朝夜間無人)
構内配線:1面2線(ホームは島式)
所在地:秋田市新屋扇町

この駅の開業時は新屋町でしたが、昭和16年に秋田市に編入されています。この駅もかつては工場地帯食糧倉庫への専用線が延びていて構内には貨車がひしめいていました。なお、この駅までが秋田市の近郊区間で、秋田〜新屋間だけの列車が設定されています。

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桂根駅
桂根 かつらね
開業日:昭和62年3月31日
改称履歴:桂根信号場(昭和37年9月30日)→[駅に昇格]
営業形態:無人
構内配線:1面1線(ホームは単式)
所在地:秋田市下浜桂根字浜添

もともと信号場だったところをJR移行時に駅に昇格させたものです。駅舎や待合スペースはなく、停車本数も極端に少なくなっています。駅昇格時は5メートルほどの短いホームが相対式で設置されていただけでしたが、その後ホーム長が延長されました。しかし、この駅での列車交換の必要性が低下したことにより、平成28年2月に下り線側のホームが撤去され、併せて上り線側のホームが一新され、現在の1面1線の単式ホームとなりました。
この駅周辺にある鉄道飛砂防止林は、大正10年10月に植えられた日本最古のもので、昭和37年10月14日には鉄道記念物に指定されています。

 

下浜駅
下浜 しもはま
開業日:大正9年2月22日
営業形態:無人
構内配線:2面3線(ホームは単式1、島式1)
所在地:秋田市下浜羽川字下野

島式ホームの駅舎側線路は、貨物列車などの待避用としてのみ使用されています。無人駅ではありますが、駅舎は平成11年3月13日に改築されたもので、待合室スペースと券売機・トイレが設置されています。ここはもと下浜村だったところで、昭和29年に秋田市に編入されています。

 

道川駅
道川 みちかわ
開業日:大正9年2月22日
営業形態:無人
構内配線:2面3線(ホームは単式1、島式1)
所在地:由利本荘市岩城内道川字井戸の沢

無人駅ではありますが、駅舎は平成13年に改築されたもので、待合室スペースと券売機・トイレが設置されています。道川は国産ロケットの打ち上げ実験が初めて行われた地で、昭和30年に海岸でペンシルロケットが打ち上げられました。なお、この駅の開業時は道川村でしたが、昭和30年に亀田町と合併して岩城町となり、平成17年に周辺市町村と合併して由利本荘市となっています。

 

岩城みなと駅
岩城みなと いわきみなと
開業日:平成13年12月1日
営業形態:簡易委託[由利本荘市]
構内配線:1面1線(ホームは単式)
所在地:由利本荘市岩城内道川

道の駅「岩城」の開業に合わせて設置された駅です。

 

二古信号場
二古 ふたご
開業日:昭和37年9月27日
営業形態:信号場
所在地:由利本荘市岩城二古

列車行き違いのための設備で、駅舎やホームはなく、一般客の乗降はできません。本線側および副本線側双方に出発信号機を備えた1線スルー構造となっています。

 

羽後亀田駅
羽後亀田 うごかめだ
開業日:大正9年7月30日
営業形態:簡易委託[由利本荘市]
構内配線:2面3線(ホームは単式1、島式1)
所在地:由利本荘市松ケ崎字高野

駅舎は開業当時からのものです。この地は、昭和30年まで道川町だったところで、江戸時代には岩城吉隆氏(秋田市の基礎を築いた佐竹義宣氏の甥)が治める亀田藩2万石の城下町でした。そのため、亀田集落の中を通ると、武家屋敷があった面影が随所に残っています。

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折渡駅
折渡 おりわたり
開業日:昭和62年3月31日
改称履歴:折渡信号場(昭和32年9月28日)→[駅に昇格]
営業形態:無人
構内配線:2面2線(ホームは相対式)
所在地:由利本荘市岩城上黒川字泉田

もともと信号場だったところをJR移行時に駅に昇格させたものです。ホームは、しばらく鉄パイプで組んだ簡易な構造でしたが、平成28年秋頃に一新されています。駅周辺に人家はほとんどなく、停車本数も極端に少なくなっている上にバスでのアクセスもできないなど、秘境駅としても知られています。

 

羽後岩谷駅
羽後岩谷 うごいわや
開業日:大正11年10月16日
営業形態:簡易委託
構内配線:2面3線(ホームは島式1、相対式1)
所在地:由利本荘市岩谷町字川端

駅舎は平成12年3月8日に改築されたものです。この地は昭和31年まで岩谷村だったところで、現在も駅周辺には市役所支所や郵便局、小中学校があります。また、地元で採れた野菜などの即売所を兼ねた道の駅「おおうち」も隣接しているため人通りは多く、地域の中核として活気があります。

 

羽後本荘駅
羽後本荘 うごほんじょう
開業日:大正11年6月30日
営業形態:JR直営
接続路線:由利高原鉄道
構内配線:2面3線(ホームは島式2)
所在地:由利本荘市出戸町字西梵天(北緯39度23分4秒 東経140度3分40秒)

由利地方の中心都市として発展してきた由利本荘市(平成17年3月21日までは本荘市)の中心駅で、駅舎は令和3年8月5日に改築されたものです。ホームは4番線までありますが、JRは1〜3番線を使用し、由利高原鉄道が4番線を使用しています。かつては横荘鉄道がこの駅と横手駅を鉄道で結ぶ予定でしたが、途中まで建設が進んだところで挫折してしまいました。その路線を引き継いでいるのが現在の由利高原鉄道です。
ちなみに、なぜ駅名に「羽後」を付けているかというと、高崎線の本庄駅との混同を避けたためと言われています。

 

西目駅
西目 にしめ
開業日:大正11年6月30日
営業形態:簡易委託
構内配線:2面2線(ホームは単式1、島式1)
所在地:由利本荘市西目町沼田字弁天前

かつては2面3線でした。開業時からの駅舎は、老朽化と駅前再開発を理由に平成18年2月に解体され、今まで跨線橋のあった部分に接続する形で新駅舎が建築されています。この地は旧西目町だったところで、町制施行は昭和50年と比較的新しい町でしたが、平成17年3月の合併により由利本荘市の一部となり、30年の町の歴史に終止符を打っています。

 

出戸信号場
出戸 でと
開業日:昭和37年9月29日
営業形態:信号場
所在地:由利本荘市西目町出戸

列車行き違いのための設備で、駅舎やホームはなく、一般客の乗降はできません。

 

仁賀保駅
仁賀保 にかほ
開業日:大正11年6月30日
改称履歴:羽後平沢→仁賀保(昭和43年4月1日)
営業形態:簡易委託[TDKサービス]
構内配線:2面3線(ホームは単式1、島式1)
所在地:にかほ市平沢字清水

貨物扱いをしていた名残で、3番線の外側には側線跡があります。この地はもと平沢町だったところで、昭和30年の合併により仁賀保町となりました。その後も駅名は「羽後平沢」のままでしたが、昭和43年の明治100年記念行事の一環として駅名改称が行われました。平成13年6月には駅舎も改築されています。なお、平成17年10月には周辺2町との合併により「にかほ市」となっています。

 

金浦駅
金浦 このうら
開業日:大正11年6月30日
営業形態:簡易委託
構内配線:2面3線(ホームは単式1、島式1)
所在地:にかほ市字十二林

平成10年3月に改築された駅舎は図書館との合築となっています。現在のにかほ市となる前は「金浦町」だったところで、明治35年の町制施行以来、一度も町の境界が変わらなかったという歴史の古い町でした。また、この地は日本人初の南極探検隊の隊長を務めた白瀬中尉の生まれ故郷であり、その名前は現在も南極観測船の名前となっています。

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象潟駅
象潟 きさかた
開業日:大正10年11月15日
営業形態:業務委託[JR東日本東北総合サービス]
構内配線:2面3線(ホームは単式1、島式1)
所在地:にかほ市象潟町字家の後

現駅舎は昭和41年11月に改築され、平成24年10月1日に一部リニューアルされたものです。「象潟」の地名からも分かるように、この辺りはかつて多くの小島が海に浮かび、宮城の松島に匹敵する景勝地と言われていましたが、文化元年(1804年)の地震による隆起によって消滅してしまいました。

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上浜駅
上浜 かみはま
開業日:昭和27年3月1日
改称履歴:上浜仮乗降場(昭和26年4月1日)→[駅に昇格]
営業形態:無人
構内配線:2面2線(ホームは相対式)
所在地:にかほ市象潟町洗釜字砂山

駅舎は平成30年12月11日に改築されたものです。もとは「上浜村」だったところで、昭和30年に合併により象潟町(現:にかほ市)となっています。「上浜」とは浜辺の陸地側という意味が語源となっているようで、秋田市にある「下浜駅」とは関係がないようです。

 

小砂川駅
小砂川 こさがわ
開業日:大正10年11月15日
営業形態:無人
構内配線:2面3線(ホームは単式1、島式1)
所在地:にかほ市象潟町小砂川字小田

駅舎は平成18年3月に改築されたものです。島式ホームの駅舎反対側にある3番線には架線が張られておらず、事実上使用されていません。駅は海岸のすぐ近くにあるのですが、羽越本線が1段高い位置を通っていることもあり、駅の標高は34.2メートルもあります。

ミニ情報

羽越本線のうち、JR東日本秋田支社は、秋田〜本楯間を管轄しています。

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