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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − hospital −





「は? それで?」
由希が訊いた。
「それでって、だから、それで見舞いに来ないんだよ」
なにマメ鉄砲でも食らったような顔してんだ。
お前がなんで伊集院が来ないか訊いたから教えたんだろ。
「え、本当に?」
「だからー、ホントも何も 来てないだろ、ここんとこ」
「違う、そのことじゃない、バカ」
シズカも お前も バカバカ言うなよ。
「阿呆」
言い直せばいいってもんでもない。
「おま…、ホント…、あー…もー……、……馬鹿野郎……」
由希は言葉が不自由になったかのように言って、頭を抱えてしまった。
「で、どうするんだ、家…」
「あー、別に俺はどっちでもいいんだけどなー」
どっちにしたって、ジジイんトコには行くからなぁ。
「ま、伊集院が俺にいられると嫌だって言ったら、出ることになるだろうな」
「ふぅん」
納得いかない顔をして、由希は眉を寄せる。
「お前は平気なんだな? 真琴ちゃんに会っても」
「全然 平気」
友達だったらイイんだよなー。 嫌いじゃないし。
龍弥とかと一緒だな。
「…お前は、恋愛するための土台が全く出来てないんだな…」
わかっていたけど、これほどとは…、と由希が溜息をついた。
「なに言ってんだ」
俺は 丈夫で長持ちな女と恋愛するぞ。
前から言ってんじゃねぇか。
「ばっか…」
本日三度めの『 ばか 』。   お前 バカバカ言いすぎ
「本当にガキ…」


「 りゅう! 」
「げ…ぇっ…、桐香ぁ!?」
病室に駆け込んできた桐香が、由希を押しのけるようにして抱きついてきた。
桐香…、怪我人の上に乗らないでくれ…。
「お前、お母さんに病院に来ちゃいけないって言われてるだろ」
何やってんだ あの母親は〜〜。
「だって!! なんで びょうきの おみまいに来ちゃいけないの!?」
桐香わかんない! と頬を膨らませる。
「俺は病気じゃなくて、怪我」
OK?
「なんで けがの おみまいに来ちゃいけないの?」
きっちり言い返してきたな。  変に 知恵ついて・・・もー

「すみません、竜也様…」
「野島さーん…、頼むよー…」
俺は後ろの方で縮こまっている細身の男に話し掛けた。
野島(のしま)さんは桐香の運転手で、 学校の送り迎えなどをしてくれている。
きっと桐香に押し切られてココに来させられたんだろう。
はぁ…。 まぁ、むしろ ここまで粘ったことを褒めるべきだろうな…。
「お疲れさんでス…」
こんなワガママ娘に付き合わされるんだから大変だよ…。
仕方ない。
「桐香、外に散歩に行こう」
桐香はパッと嬉しそうな顔をしたが、俺の包帯に気がついて慌てて否定した。
「だめ! ねてないと!」
「俺はもう治ったの。 そろそろ退院だし」
俺は桐香の手を引いて、野島さんに母へ電話するよう合図した。

はー、いい天気だ。
夏が来るなー。

「あ、テスト資料 持ってきてくれた?」
俺は由希に訊く。
「ああ、カバンの中」
「サンキュー」
そろそろ古典とか歴史とか苦手なモンも勉強 始めないとなー。

「真琴ちゃん、学校 来てないよ」
「へー」
転校すんのかな。
もう あの学校に いる必要も ないもんなー。
シズカとかと一緒のところに帰るんじゃねぇの。

安心できる場所へ。

「お前、ホントに それでいいのか」
「いいも何も」
俺は桐香にアイスを買ってやりながら答える。
「 好きだって言ってきて、けど、今は好きじゃなくなって、」

釣りの小銭をジャージのポケットに突っ込んだ。


「離れてった」



「それだけの話だろ」






病院の中庭にいると、桐香の父、大津が来た。
「桐香!」
相変わらず熊のようにデカイ。
由希は何かを言いたそうにしていたが、そのまま帰り、 当の桐香は遊び疲れて俺の膝に頭を乗せて寝てしまっていた。
「なんでアンタが来るんだ?」
「今 仕事で日本に居ないんだよ」
「へ〜」
忙しくしてんだな〜。
ああ、でも、そうか。 だから桐香は淋しいのか。
両親が二人とも忙しいから、兄弟がほしいんだろうな。
「もうちょっと桐香かまってやれよ」
俺が言うと、大津は少しの間 考えるように黙った。

「…竜、お前、一緒に住まないか?」

「………はぁ?」

なに言ってんだ、この熊。

「いや、桐香も居てほしいみたいだし…、……1回忌も過ぎた 」
「あー…」
そういうコト。

1回忌ってのは、大津の母の1回忌だ。
家柄がなきゃ人間じゃない、って感じのヒトで、母も苦労させられたらしい。
彼女にとっては俺は穢れた血で、 まぁ彼女が居なくなったんだったら、だいぶ俺への風当たりもマシには  なってるんだろう。

「はー」
俺は脱力して溜息をつき空を見上げた。

「…大津だから言うけどさ〜…」


「 俺 、」


「 条件付きのモノなんか いらないんだよ 」




好き、『 だけど 』、一緒に 居られない。
あの家に行っても 『 俺が 』 大変だから。  『 俺が 』 苦労するから。
だから 『 離れて 』 『 幸せになって 』 ?
母も父も、俺を好きなのは知っている。わかってる。
でも、離れて、一緒にいなくて、それで 幸せで いられるなら。

ごめん。 俺は、 そんな 『 好き 』 、 いらない。

「贅沢者だな」
「そうだな」
「ワガママ」
「わかってる」

両親のことは、いい。
でも、例えば、好きな人に、 このワガママは許されないことなんだろうか。
一緒にいたいと、それが、一番の幸せだと。
思える相手を願うのは贅沢すぎるのだろうか。

「夢見る少年だねぇ〜」
「俺は まだ若いからな、オッサン」


でも、いい加減 認める時期なのかもしれない。
そんなモノない。


初めてだったんだ。
あの夜、薄暗い月明かりの病室で、泣く伊集院を見た。
女の子に ふれたいと思ったのも、涙を綺麗だと思ったのも。

あのときが、初めてだったんだ。


初めて信じてもいいのかと思った。

やっと信じられるかもしれない と。




だから、手を伸ばした。




その髪に ふれた。




「お前は、 彼女に一緒にいてほしいと思われるようなコト、したのか?」
「してないな」
「じゃあ、離れていかれても仕方ない」
「そうだな」


大津は知っている。
俺の両親が、生まれ、というものを無視して結婚し、破綻したことを。
もちろん、それだけが原因ではないだろうけれど、 お互いに少しずつ何かがズレてきて、『好き』や『愛』がドロドロと腐っていった。
だから大津は、パーティで俺と伊集院を見て苦笑した。
俺にも その苦笑の意味は判った。


…わかったけど。


やっと、信じられるかもしれない と思ったんだよ。




「それまで怖くて逃げてたんだろ。臆病者」

「そーかもしれない」



でも、 もう、 どうでもいいよ。



目が覚めれば様子が変で。

……ああ、そうか。
伊集院は 俺が 伊集院家に相応しくないと気づいた。
『 俺 』だけでは満足できないと。
だけど、怪我の責任を感じて見舞いに来て。
俺を 駄目だ と思ってるのに、 もう気持ちは俺に ないのに。


だから、 俺が言ってやったんだ。


親切だろ?





…まったく、 やってくれるよな。


それは、俺にとって、最悪の 。









「…んじゃ、やっぱり暮らさないか」
「おう、わりぃな。 …あんまり、気にしないように言っといてよ」
母が俺と離れて どんなに傷付いているのか、それは解ってる。
罪悪感を持ってほしいわけじゃない。
俺も じいちゃんを選んだから、お互い様だ。
幸せでいてほしい と思ってるよ。 それは本当なんだ。

大津は俺の言葉に頷いて、桐香を抱き上げた。
そして、その大きな体で俺を見下ろす。
「竜、逃げてばかりじゃ何も手に入らない。 自分で、取りに行かないと」
ぶに〜っと俺の頬を引き伸ばしながら、言った。
「…そーだな。 これからは そーするよ」
「そーしろ」
俺の返事に、大津はニカリと笑った。
ホント、熊みたいな男だよ。
「大津さー、ホントは俺と暮らしたく なんか ないだろ」
俺がニヤリとして訊くと、大津は、
「ったりめーだろ! 嫌いな男の息子なんぞ!」
と あっかんべーをした。
「だよなぁ」
俺は大津の簡潔な答えに笑った。


「じゃーな、桐香」
俺は寝ている桐香を起こさないように言って、頭を撫でた。





もうすぐ、夏が来る。







つづく












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