聖務日課
聖務日課はカトリック典礼の一方の柱であるわけですが、中世以降、8つある時課の中で、とりわけ晩課のウエイトがどんどん大きくなってきました。
聖務日課はどの時課であっても基本的に、祈りと朗読、それに詩編の朗唱で構成されています。
詩編とレスポンソリウムは後述するとして、残りの細かい物は以下の大体以下のような内容になります。
詩編は遙か昔から「歌」で歌うのが伝統になっていたようです。そのため詩編の音楽というのは非常にたくさん作られました。ゼレンカの作品で言えば、数的には最も多いものとなっています。
詩編を歌う際にはそれを単体で歌うのではなく、その前後にアンティフォナと呼ばれる短い歌が付きました。アンティフォナは日本語では「反復句」と呼ばれ、歌われている詩編に対する内容補足のようなものです。
初期の頃には詩編の各節が歌われる度に挿入されていたようですが、中世以降は詩編唱の前後に挿入されるという形式、すなわち
アンティフォナ→詩編→アンティフォナ
と歌うことになります。
アンティフォナ→詩編→詩編→・・・→アンティフォナ
という形式もあったようです。
詩編は全部で150編ありますが、毎週全部の詩編を唱えてしまえるように、何曜日のこの時課ではこれこれの詩編を唱えるという規則がありました。
また、それとは別に特別な祝日には祝日用の詩編が決まっていました。
その他の時課は特殊な祝日以外は規模縮小されたり個人で唱えるということになりましたが、その反動のように晩課は豪華な物になっていきます。
バロック以降のミサ曲以外のカトリック宗教音楽は、ほとんどがこの晩課と、聖週間のような特殊な機会のための音楽となりました。
晩課の構成
以下は晩課の構成を概念的に記した物です。
詩編唱
またその時課で歌う全詩編の前後に1回挿入という形式
例えば主日(日曜)の晩課においては 109,110,111,112,113 編を唱えるというようなことが決まっていました。
ゼレンカの作品リストを見れば詩編の番号が偏っていることが分かりますが、これはちゃんとした曲を付ける必要のある詩編は重要な祝日用だけだったためです。
以下はそういった祝日用の詩編のリストです。
主日 | 109,110,111,112,113 |
第一晩課一般(ラウダテ) | 112,116,145,146,147 |
使徒系祝日第一晩課 | 109,110,111,112,116 |
使徒系祝日第二晩課 | 109,112,115,125,138 |
聖処女系祝日 | 109,121,126,129,131 |
聖母マリア系祝日 | 109,112,121,126,147 |
建堂 | 109,110,111,112,147 |
聖体祭 | 109,110,115,127,147 |
以上はローマ式典礼での番号なので、ドレスデンでこの通り行われていたかどうかはわかりません。ただゼレンカの作曲した詩編番号は以下の通りで、
109 110 111 112 113 115 116 121 125 126 127 129 131 133 137 138 147
赤字表記しているのは互いに含まれていない番号です。すなわちこれらはほとんど一致していると見て良さそうで、このことよりドレスデンでもほぼこのような形で詩編が歌われていたと考えても良いでしょう。
- 133番は1739年という後期の作なので、何か別な機会のものだと思われます。
- 137番はドレスデンでは伝統的に使用されていたものかもしれません。137番はヨーク式の典礼書では建堂の際に使用されています。
詩編番号について
作品リストなどでは詩編唱の音楽には詩編番号が付いています。ところでよく見るとこの番号が通常日本で使われている新共同訳聖書などの番号とは食い違っていることに気づかれる方がいるかも知れません。
実は詩編の番号は、大元のヘブライ語聖書(新共同訳などの底本となっている)とカトリックで一般的に使われるウルガタ訳のラテン語聖書では、以下のように番号が食い違っています。
1編~8編
ゼレンカが使用した聖書は当然ラテン語の聖書です。そのためこのサイトでは詩編番号はウルガタ訳聖書の番号を使用しています。
レスポンソリウムとは朗読の後に行われる物で、その時に読まれた聖句に対する応答(レスポンス)のようなものです。
応唱部冒頭→応唱部1→応唱部2→独唱部→応唱部2→グロリア・パトリ→応唱部2
ややこしいものでは
応唱部冒頭→応唱部1→応唱部2→応唱部3→独唱部1→応唱部2→応唱部3→独唱部2→応唱部3→グロリア・パトリ→応唱部3
といったような形式を持っていました。
グロリア・パトリというのは小栄唱とも呼ばれる以下のような決まり文句で、レスポンソリウムだけでなく、詩編唱の最後や、カンティクムの後など、あちこちに頻繁に出てきます。
Gloria Patri et Filio et Spiritui Sancto. Sicut erat in principio et nunc et semper et in saecula saeculorum. Amen.
これは「あらゆる時のあらゆる場所で、父、子、聖霊に終わる事なき栄光がありますように」といった意味です。
これは聖週間に歌われる場合は省略される決まりになっていました。
朝課は朝といいつつ真夜中に行われる物です。これも中世以降基本的に簡略化されていきますが、これが重要な時期が年に一度ありました。それが復活祭直前の聖なる3日間、すなわち洗足木曜日、聖金曜日、聖土曜日です。
朝課も晩課と同じように祈り、朗読、詩編唱で構成されますが、他に比べて遙かに規模が大きくなります。
このとき詩編やレスポンソリウムが歌われるごとにろうそくを1本づつ消していって、最後の歌と同時に聖堂は真っ暗になりました。このため聖週間の朝課のことを暗闇の朝課(テネブレ)とも呼びます。
ゼレンカの出世作であるレスポンソリウムとエレミアの哀歌はまさにこのときのための物だと思われます。
ゼレンカのレスポンソリウム27曲はちょうど上記の仕組みに対応しています。
ゼレンカのエレミアの哀歌も、ルソン・ド・テネブレの際に歌われた物でしょう。元々哀歌の朗読の際は、単に読むのではなく特殊な朗唱形式があったようです。それがゼレンカの時代には独唱カンタータのような形に変化していたのだと思われます。
ただゼレンカの哀歌は本来なら3曲ずつの計9曲必要なはずですが、6曲しかない理由はよく分かりません(1723年版の3曲がその残りかも知れませんが)
従ってラテン語聖書の詩編番号は多くの場合新共同訳の番号より1若い番号になっています。
レスポンソリウム
元々は司式者と会衆の対話の形を持っていました。従って会衆が唱える応唱部と司式者が唱える独唱部交替するような形式を持っています。
ただこれが単に交替するのではなく、応唱部は細分されて複雑に応答されます。
具体的に例を挙げてみれば以下のようになります。
ゼレンカの詩編唱やマニフィカトなどの最後には大抵これが付いています。
暗闇の朝課
以下は聖週間中の朝課の構成です。聖週間中はいろいろ省略される事が多いので、普通の時の朝課よりは手順は簡略化されています。
また、聖なる3日間の第一夜課の朗読は、旧約聖書のエレミアの哀歌より選ばれることになっていました。このとき朗読する哀歌のことをルソン・ド・テネブレとも呼びます。
ただ上では独唱句と応答句だと書いていますが(前項のでの説明は中世の話)ゼレンカの時代には少し変わっているようで、ゼレンカのレスポンソリウムでは独唱部でも重唱、もしくは合唱になっています。ただ曲の構成は大体上のシンプルな例の構造どおりの AA'BA'という形式が残されています。
またゼレンカのレスポンソリウムは聖週間のためのものなので、グロリア・パトリも含まれていません。