−9月−

9/1 テント設営の手順をパーツ毎に区切って指導していくというのは,きっとどこでもやられていることでしょうが,ここでは「これは今までで一番確実だ。」と教育委員会のキャンプ担当の方が言われていたので,今までこういう方法では説明されていなかったようです。しかし,確かにこの方法だといくらか確実になりますが,このような「デジタル式」の指導は気にいらない,テントを自分たちで苦労し,考えながらどうにかたてる過程にこそ意義があるという指導の仕方も当然あると思います。ただ,一見教育的意味がありそうなアナログ的な方法も,実際は「途中から分からなくなって遊び始める子」「飽きてきてぼーとしている子」「手順がよく分からず,いつまでもいい加減な方法しか身に付かない子」等が現れてくることがあります。そして結局指導者に注意されながら,人の手を借りながらの活動になることもあります。

9/2 暑い夏の野外活動では,指示を短くし,活動に減り張りをつけ,全員がきびきびと動けるような進行の工夫が必要です。同じ仕事でもちょっとした評価,意欲付けを加えることで全く違った動きになることがあります。キャンプ2日目の子どもたちは自然観察で小一時間山を歩き回り,それに加えて寝不足もあり,疲れが見えていましたが,その後のテント撤収では「手順をパーツ毎に区切って活動,集合,評価」の繰り返しで一人の休む子もなく,活発に活動し,どの班も自分たちの力で1回で袋の中にたたんだテントを支柱と共に入れることができました。

9/3 この夏休み中に人間ドックに行ってきました。そこで,看護婦さんと話す機会があり,「ここの昼食も病院食から弁当に2年前から変わったんですよ。」と言われ,「それ,ひょっとして,ドックに来た先生の注文からじゃないですか?」と聞くと,「そうなんです。泊まりでドックを受ける先生から毎日同じ食事ではあきると言われたんです。」とのことでした。「先生って難しいでしょ。」と水を向けると,案の定・・・

9/4 「私の知人が,先生は偉そうにしていて人の言うことを聞かない,と言ってました。」と話すと,看護婦さんもつい「そうよね。遅刻をするし,順番が待てない。話を聞いていない。・・・」と日頃の思いを話して下さいました。その病院は教師の来院が特に多いのでより目立つのでしょう。その日も,私たちが採血を済ませた頃にやって来た人がいました。煮ても焼いても食えないような傲慢さがより助長されていくのが教師の世界なのでしょうか。「言うこと」と「すること」のギャップに気がつくようになりたいものです。

9/5 新学期になって6年生が一人転校してきました。遠くからの転校なので,教科書もほとんど違い,単元の配置の違いで,こちらではもう1学期に学習していて,あちらではまだ学習していないところは個別に補習するようになります。始業式のあった9月2日(月)は,いっしょに帰り,家までの道を確かめました。そして家の方から健康面や学習,生活面等について学校で気をつけてほしいことをお聞きしました。3日には転校生とクラス全員でピースをしている写真と2日の様子の紹介文を載せた学級通信を発行しました。転校生には1学期に発行した通信も全部いっしょにファイルに綴じて渡しました。その日は家の方みんなで通信を全部読まれていたそうです。どんな学校で,どんな担任で,どんなクラスか不安に思われている家族の方に少しは情報をお渡しできたと思います。

9/6 転校生が初めて学校に来た日の放課後,家に送っていく時,「今日は1日が短かった。」と言ってくれました。2日後,帰りに家によって家の人に様子を聞くと,「学校が楽しいと言っている。」と教えてもらい,ほっと一息ついているところです。この2回目の訪問の時は本人と家の人両方に向けて,「転校生というのは,最初のうちは珍しさもあって周りもちやほやすることもあるが,段々慣れてくると話しかけてくることも少なくなるものだ。これからは自分の方から周りに話しかけていく番だ。周りに優しくしていくことで最初にいいイメージをつくれば,自分の立場を楽にできる。」ということを伝えました。大人の世界であろうと,子どもの世界であろうと,人と人のつき合いというものは思慮,分別が必要とされます。お互い不完全な精神構造を持つ存在なのですから,感情のままに行動していては誰も相手をしてくれなくなるものです。

9/7 転校生がいた学校には各教室に2台ずつクーラーがついていたそうです。設定は何と20度。周りの学校も全部同じようにあると言っていました。今年冷房用の予算要求のニュースが流れていましたが,既にある所にはあるのですね。昔,戦闘機何台分かの予算で日本中の学校に冷暖房機が設置できるといった説を聞いたことがありました。「米百俵」の精神で私たちの教師生命があるうちに設置してもらえれば,少々へたな授業でも子どもたちは我慢してくれるかもしれません。

9/8 先月,「魅力ある学校づくり」についての感想をMさんから頂きました。とても嬉しく思っています。本当にありがとうございました。暗闇に石を投げていて音が聞こえてきた感じです。こういう方がいて下さるとHPに向かう元気も出てきます。Mさん,半年の研修ご苦労様でした。また現場でのご活躍が始まりますね。あのバイタリティーある楽しい実践の数々を是非学びたいものだと思っています。これからもよろしくお願いします。

9/10 9月1日の日曜日は地区の草刈りで,雨の降る中草刈り機で作業をしました。そして7日(土)には稲刈りをしました。その日は15アール程の稲が残っていましたが,バインダーのアクセルを目一杯吹かして,約30分で一気に刈りました。私の家では米を作っているので,毎年田植えと稲刈りだけは手伝うようにしています。どちらも今は機械を使うので,大変楽に作業ができます。以前,秋の風景を取材に来ていたテレビ会社に偶然撮影され,その日の夕方のニュースで流されたらしく,次の日子どもたちに「先生,稲刈りしているところが映ってたよ。」と言われたこともあります。

9/11 今年の2学期,町内全部のどの学校にもALTが7回ずつ来てもらえることになりました。昨日はそのトップを切ってまず我が校にALTが一人で初めてやって来られました。私の学級では「周りの人々」という題材で,classmate,mother,father,sister,brother,grandmother,grandfather,baby,familyの単語学習とWho are you? I’m〜の会話学習を中心に行いました。最初はまず挨拶です。ALTのHello. How are you?に対して子どもたち一人ひとりが応えていくのですが,できるだけ前の人と違った返事をするように指示しました。

9/12 ALTにHow are you?と聞かれて,最初の子はI'm fine. Thank you. And you?と返しましたが,次の子からは「fine」以外の返事をしなければいけないので,「fine」の所をso-soやOK,hungry,thirsty,hot等に自分なりに変えて返事をしていました。その後は逆に子どもたち一人ひとりからALTに Hello. How are you?と挨拶させました。ALTはどの子にもI'm fine. Thank you. And you?と返していましたが,And you?と聞かれた子どもたちはまた一人ずつ違った返事をしなければいけません。今度はhungryが多かった(4時間目)のですが,一人は「ノッペリグー。」(not very good)を苦し紛れに言っていました。この最初の挨拶で,初めて来られたALTの方は驚いておられました。それまでにHow are you?に対する返事の仕方にはいろんなバリエーションがある説明をし,英会話の時間には毎回このように行ってきていたのです。

9/13 単語学習に使うカードはA4用紙にパソコンで作りました。今回は「周りの人々」でbabyやfamily等9種類(classmate,mother,father,sister,brother,grandmother,grandfather,baby,family)を専用紙にカラー印刷し,例のラミネーターでラミネートし,裏にはマグシートを付けました。これで毎年の使用に耐える物になります。更にこの9種類の絵を八つ切りのケント紙に全部が入るように名刺大の大きさに印刷し,1枚ずつ切り離します。これをラミネートし,トランプのようなカードにして,「ファミリー・ウノ」ゲーム(私が勝手に考えたゲームです。)に使いました。これは全員に数枚配れるだけのカードを作ることが必要になります。班ごとに分かれ,前の人が出したカードと同じカードを出していき,それが無い場合はパスするか,ファミリーのカードがあればそれを出してもよいことにします。ファミリーカードを出す時は次のカードの種類を指定できるというようなルールにしました。カードを出す時はその単語の発音をしながら出し,その後全員も同じ発音をするようにします。カードが早く無くなった人の勝ちです。ゲームはこれ以外に後2つしました。

9/14 2つ目のゲームは,A4用紙で作った絵カードに首にかけるリボンをつけたものを使います。9種類ありますから,9人以下でグループを作ります。各グループで円になり,絵カードを首からかけます。この状態でナンバーコールゲームのルールでゲームを行います。これは「パンパン(拍手),3番,7番」「パンパン,7番,2番」と拍手を2回して,自分の番号,人の番号の順でコールしていくゲームです。1番から最後まで番号を決めておいて,1番からコールを始め,言い間違えた人は最後の番号の人の所に移動します。こうして,間違えなかった人は段々1番に近づいていきます。この「番号」の代わりにそれぞれが首にかけた絵カードの名前をコールすることにします。「パンパン,mother,baby」「パンパン,baby,grandfather」といった感じです。トップとテールを決めておき,間違えるとテールに移動していきます。なかなか盛り上がります。

9/15 3つ目のゲームは,「Who are you ?」ゲームです。どこかにあるかもしれませんが,一応これも前日に私が勝手に考えたゲームです。クラスを2チームに分け,まず片方のチームから1人前に出てきて全員と向き合います。黒板には先ほど単語学習で使用したA4の絵カードが9枚並べてあります。その中の1枚を教師が選び,出てきた子の後ろの黒板に張ります。そして,全員でその子に「Who are you ?」と聞きます。出てきた子は後ろに示された絵カードの人物を予想し,「I'm father.」のように答えます。もし合っていれば,全員で「イエ〜ス!」。違っていれば「ノォ〜!」と反応します。3回答えるチャンスがあり,もし当たれば1ポイントとし,チームでポイントを競います。チームの名前もrabbitチームとかfoxチームとか付けるとこれも1つの単語学習になります。実際の授業では同点で最後の一人が出てくる状況になり,大変盛り上がりました。

9/17 会話の学習では,ALTに「Who are you?」と聞いてもらい,全員で教師の指した黒板の絵カードを見て,「I'm father.」等を答えます。次はALT対班,ALT対個人となります。その次は児童2人が立ち,Aが「Who are you?」と聞き,Bは教師が示した絵カードを見て,「I'm〜」と答え,続けて「Who are you?」と聞き返します。AはBと同じように,教師が次に示した絵カードを見て,「I'm〜」「Who are you?」と繰り返していきます。これを全員行い,ALTに聞いてもらっていきました。授業の始めと終わりにはThe Finger Familyという歌を歌いました。これには家族の名前が出てきて,授業内容にピッタリの歌です。

9/18 今回初めて来られたALTはほとんど日本語がしゃべられない方でしたが,英会話の授業においてALTの存在はとても大きなものがあると改めて感じました。普段はCDやテープに頼るしかないのですが,やはり雲泥の差がありますね。TTの配分よりALTの配分を,と願うのは私だけでしょうか。そして,TTの配分は複式学級にこそ必要ではないのでしょうか。全ての学級の授業が終わって帰られる時に,職員室で挨拶をすると,そのALTの方は何度も「Good Good!」と親指を立てて子どもたちの積極的な授業態度をほめて下さいました。そして,なぜか私たち職員を「Lovely Teachers」という表現でほめて?下さいました。

9/19 先日子どもたちは学級園に大根の種を植えました。こうしておくと,これからの時期,大根の葉が学級園を緑で彩ってくれます。ここ何年間は冬の間の学級園をにぎやかにするために,いつもこのパターンで,毎年運動会の後の行事になっています。(実はこの学校の男子トイレに入ると,目の前が透明なガラス窓になっていて,その真正面に見えるのが私のクラスの学級園なのです。学校に来られた男のお客さんはこの学級園をじーっと見ながら用を足されるのです。)以前の学校では収穫した大根でタクアンを作ったり,ストーブの上でおでんを作って食べたりしていました。今年はささやかなボランティア?活動の一環として,子どもたちの家の近所に配りたいものだと思っています。

9/20 今の学校には,各教室に畳1畳分ほどの大きさで,高さの低い台があります。子どもが掃除などでこれを動かす時はつい持ち上げずに引きずり,床に傷をつけるようになります。そこで最近この台の足4本に羅紗のような厚い布を巻き付け,横を釘で打ち付けました。今,机と椅子の足の裏もどうにかできないかと考えています。

9/21 先週植えた大根が発芽しました。毎年春には学級園に子どもたちの希望の植物も植えています。今年はインゲン豆の他に,ポップコーン用のトウモロコシやカラーピーマン,カボチャ,ジャガイモ等を植え,それぞれ収穫することができました。

9/22 空から見れば,小さな点にすぎない小さな所で,いろいろな小さないざこざや道理に合わない出来事が起こります。その影響で,つい右に流れたり,左に流れたり,憤慨したりと,常に自分なりの不満の1つや2つ,3つ4つを腹の底に持って誰もが日々を過ごしているのでしょう。例えばグランドに1本白線を引くとき,すぐ近くを見て引いて行くと真っ直ぐに引いたつもりでも曲がってしまいますが,遠くの1点を見つめてそこを目指して引いていくと随分きれいな線が引けるものです。どうにかして周りの小さな不満事象に惑わされずに,本来の自分の本当に目指したかった自分の姿を目指して力強く,それでいてしなやかに,ひょうひょうと浮浪雲のように過ごしていきたいものです。

9/23 9月12日に鹿児島の先生から「しゃっくりの止め方」についての質問メールをいただきました。その日に返信をしていたところ,22日に「早速,追試しました。見事成功!!」という報告をいただきました。本当にささいなことですが,少しは子どもとのコミュニケーションの一助になれたらと喜んでいます。鹿児島の先生,ご丁寧な返信ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

9/24 最近久し振りに自分の授業をビデオに撮って見てみました。やはり多くの課題が見えてきます。人の授業は「見る」ことができても,自分の授業はいつも自分の中から「行う」だけだったことに改めて気がつきます。見るとやるでは大違いで,また,やると見るでも大違いです。自分の声をテープから聞いてみると,今までのイメージとひどく違うことに驚くように,授業を自分は「こういうイメージ」でしていると思っていても,それをビデオを通して外側から見てみると全く違っていることが分かります。今は,「自分で自分を見ながら」「一言,一言を自分で聞きながら」一つひとつの動き,話し方を変えていきたいなと思っているところです。

9/25 −笑い1−
先週英会話の研究授業(ALTなし)を行いました。事後の検討会で,職員同士で大笑いした一コマがありました。研究授業には教育事務所から指導主事といわれる偉い方がみえられるのですが,その方が私の授業を見られて,「先生は授業中の表情がいいですねぇ。普段の様子からもっとぶっきらぼうな人かと思っていたのですが。」と言われたのです。これを聞いて,職員一同「そうそう」,私も「やっぱりなぁ・・・。」と一緒に笑ってしまいました。実は普段,学級でも実際はニコニコしてはいると思うのですが,本当は「ボソボソっとぶっきらぼうに言うけど,その一言で子どもが笑ってしまう」雰囲気にもっていきたいと密かに努力をしてはいるのです。教師は静かに話しているのに,子どもたちはその話を聞いて大笑いをしている。というのが例のカリスマ教師の影響を受けた今の私の描いている絵の一つです。

9/26 −笑い2−
10年日記を見ていると,4年前の9月25日(金,雨)に『朝会の時,子どもたちは「先生から」で,話はなしと言うと,「エーッ,おもしろい話をしてえやぁ。」と言う。朝の話はおもしろいもの,と思いこんでいるらしい。』と書いていました。この年は転勤したばかりで,まだ自分のペースがつかめず,しかもクラスに早熟で批判精神の旺盛な何人かの女子がいて,毎日戦いの日々だったように覚えています。そこで考えたのは,とにかく彼女たちを笑わせることでした。しかし,当然変なギャグなど言おうものなら「さむゥ〜」の嵐が吹き荒れるのでした。

9/27 −笑い3−
勿論,学級経営の基本は「授業の質」です。毎時間の授業が,どの子も知的に満足感を覚えるようなものであれば,経営もスムーズにいくものでしょう。しかし,いつもそんな絵に描いたようなヒット授業ばかりができるものではありません。また授業の努力は当然するにしても,人と人との関係は理屈で表せない部分もあります。授業が料理の味とすれば,人間関係は料理を入れる器のようなものかもしれません。ということで,転勤してかつて経験したことのない実態に出合って今まで以上に意識したのは,「いっしょに遊ぶ」ということと「笑わせる」ということでした。

9/28 −笑い4−
転勤して行った当時,初めて登校拒否児の気持ちが分かったような気がしました。朝,学校に近づくと腹が痛くなってくるのです。教室の前まで来ると「よしっ!」と心の中でかけ声をかけて入って行ったことが何度あったことか。クラスの保護者に保育所の先生がおられて,その方に「大変でしょう。」と言われて,「そうですね。朝教室に入る時は,サーカスの猛獣使いが猛獣の檻の中に入っていく時はこんな気分なのかなと思いながら戸を開けるのですよ。」と冗談ぽくホントの事を話していたのを覚えています。そういう悲壮な状態で,毎日どうにかして朝の話で「笑わせられるネタ」を探していました。

9/29 −笑い5−
今思い返してみてもこの時期の話の内容はほとんど覚えていません。それくらい中身は取るに足りないものでした。ただ題材は何であろうと,そこに自分が本当におもしろいと思える視点を持って,その時の様子を真剣に表現していました。ただし,今までのパターンでは冷たい視線が投げかけられる雰囲気を感じて,相手の反応を見ながらどのあたりで共感的に笑ってくれるのか探りながら話していました。いっしょに笑うということは,連帯感とも結び付くように思います。映画館で笑う時のあの一瞬の雰囲気です。

9/30 −笑い6−
今意識している「笑い」は,教師は真面目な顔で話しているのに,子どもたちはそれを聞いて笑っている。子どもの話を聞いて,教師は大笑いをしている。教師が落語のような筋書きを持った話をして笑わせるのでなく,話題が子どもから自然に出てきて,教師はおもしろがって聞きながらそれに合いの手を入れ,更に盛り上げる問いかけをして,オチも子どもの側から出てくる。といったようなものです。こんなことを意識するようになったのもあのカリスマ教師の影響ですが,このおかげで私は今でもどうにか教師を続けられているのだと思っています。

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