−12月−

12/2 −イメージ(7)−「姿」
田園を散歩しながら農作業の風景を見てのどかに感じるのは一方的な見方です。作業の当事者の心情が分かれば,感じ方も変わってくるはずです。学校で自分が見せているつもりの姿と,子どもの側から見られている姿とは違うものだとなかなか気づけませんでした。以前は,教え方等についての要求を子どもたちから書いてもらっていましたが,それを見る本人に本当にそれを受け入れられる意識がなかったように思います。自分の「イメージ」は,その子にとって自分がどう映っているのかということを想像力豊かにイメージしていくものだとようやく分かってきました。

12/3 −イメージ(8)−「変わったのは」
以前,知り合いの知り合いで,熱血教師らしき人と同席した時,その人が「昔の子はよく自分の家に遊びに来ていたが,近頃の子は来なくなった。」と最近の子どもの変化を話されていました。しかし,それはひょっとしたら変わったのは子どもでなく,その教師自身が昔は「来てもらえる」姿をしていて,今は「来てもらえない」姿に変わってきているのかもしれないと思ったことがあります。どちらにしても,それを人のせいにしているうちは状況の変化,改善は望めないものです。不易流行と言われますが,自分の中でいつの時代においても大事にしていくべき部分と,周りの変化以上に自分の方が先を越して変化順応していくべきところも必要かもしれません。変わらない魅力と変わっている魅力です。独善的でなく共感的なイメージの創造です。

12/4 −蛍光灯−
先日の朝,教室の蛍光灯が一つ寿命がきてしまったので,新しいのと替えました。新しい蛍光灯が入っていた紙の筒を捨てようとして,これは遊びに使えそうだなと思いました。そこで,朝会の時まだ時間があったので,「この紙の筒って飛行機になりそうですね。ちょっとみんなで実験してきてごらん。チャイムが鳴ったら帰ってくるように。」と体育館に送り出しました。この筒がよく飛ぶのです。そして昨日,「あっ先生,蛍光灯が一つ消えています!」と嬉しそうに目を輝かせて教えてくれる子どもたちでした。

12/5 −総会要項−
もうすぐ児童総会があります。今回からようやく要項の報告文書を一部パソコンで作らせることができました。今まで,忙しい中まとめをするだけでも時間がかかり,その後入力,編集の指導までは印刷の時間も考えると難しいと思っていました。パソコンで作ったのは各委員会の反省の部分,冬休みのくらしについて,会計からの会計報告とそのグラフ化ですが,やってみるとどうにかできるものだと分かりました。表からグラフの作成をするのは総合の時間に学習しているので,その復習,応用にもなりました。要項の冊子を1冊ずつ綴じていく時の子どもたちの誇らしそうな顔つきを見ながら,これからは学校内での子どもの提案文書からも手書きがなくなっていく節目の時代が今なのかなと感じました。

12/8 −尊大(1)−「電話」
今まで「電話」にかかわって最も憤慨したのは,忘れもしない「中学校のある女教師」からの電話です。小学校を卒業して,一人だけ他の地域に転校していった子の担任になったその女教師はある時私に電話してきて,「小学校ではどんな教育をしていたのか?」というような質問をしてきたことがありました。それは小中の連携としてはとても大事な事で別に何でもないのですが,何度目かの電話があった時私が出ると,男の人の声で「ちょっと待っていて下さい。」と言われるのです???

12/9 −尊大(2)−「何故?」
自分が電話をかけておいて,相手が出るのを待つ間に何か用事をしようとして,他の人に受話器を持たせていたようです。何故かけられた方が電話に出て待っていなければならないのか?自分のその状況を不思議に思いながら,しばらくじっと立っていました。一瞬電話を切ろうかとも思ったのですが,躊躇してしまいました。今なら迷わずすぐに切ります。お互い忙しいのは同じです。

12/11 −尊大(3)−「尊厳」
きっとその中学校の女教師は,学校で生徒を呼んで来させたような時でも,先に自分の用事を済ませてから生徒に対応するようなことをしているのでしょう。相手を「待たせている」ということに心が向かないのです。人の尊厳を大事にできる心がいつの間にか抜けて,尊大な態度をとるようになってしまうのは,一つの「教員体質」ではないかと新採の頃から感じていました。だから「教師は潰しが効かない」なんて言われるのでしょう。

12/12 −尊大(4)−「寛容」
この中学校の女教師に限らず,尊大な態度をとる人物に出会うことは時々あります。自分の価値観にこだわりすぎると他人の迷惑が見えなくなるのでしょうか。こういう人に出会ったときはできるだけ近寄らないようにするか,相当の受容,寛容の精神を無理にでもつくりあげるしかありません。

12/13 −尊大(5)−「海」
しかし,ついやってしまうのは,尊大な人に対して意見をしてしまうことです。劇画の世界では大逆転が起きますが現実の世界では更に状況が悪くなります。昔,老子はこう言ったそうです。「河や海が数知れぬ渓流のそそぐところとなるのは,身を低きに置くからである。その故に,河や海はもろもろの渓流に君臨することができる。同様に,賢者は,人の上に立たんと欲すれば,人の下に身を置き,人の前に立たんと欲すれば,人の後ろに身を置く。かくして,賢者は人の上に立てども,人はその重みを感じることなく,人の前に立てども,人の心は傷つくことがない。」

12/14 −年賀状−
家族の年賀状320枚の印刷を5種類に分けてしました。子どもに出す場合,兄弟姉妹には別の種類になるようにします。毎年虚礼の廃止を行おうと,一部を除いて,1日に届いた年賀状にだけ次の年の年賀状を12月中に出すことにしています。3日以降に届く賀状は,こちらが出したために返信をわざわざして下さるものでしょうし,そうでないものもそれぐらいのつき合いでしかないということです。

12/15 −発問−
今まで国語の授業で最も大切なのは,文章の分析を促すような「発問」とその活動だと思ってきました。しかし今年からとまどっています。「細かな読み取りをするのでなく」と指導書に堂々と書かれているのです。「聞く,話す」の重要視からでしょうか。国語の学習の中に「パンフレット作り」「会議」「討議」等の部分が増えてきて,「発問」の重みが少し軽くなってきているように感じている今日この頃です。片方では基礎基本と言われています。どちらにしても雪像を作り上げるような空しい活動でなく,石垣を組み立てるような確実な取り組みにしていきたいとは思っているのですが・・・。

12/16 −語る(1)−「毎朝」
私のクラスでは毎朝全員が「自分を語る」活動をしています。というとカッコイイのですが,中身はいわゆる朝のスピーチです。よく順番を決めて一人ずつ朝スピーチをする活動が見られますがそれと同じことを全員が毎朝必ず行うのです。全員ですから中身は短くします。語ると言ってもあまり重い部分は出しません。言える子から自由にスピーチしていきます。

12/17 −語る(2)−「反応」
毎朝ですから,本当に短くて簡単な内容にします。例えば昨日は「今朝の朝ご飯がおいしかったです。」「昨日おじいちゃんとけんかして・・・」というような話が聞かれました。これは,やっているうちに段々短くて少し笑いのあるものが増えてきます。どうしても周りの反応を見ながら話すようになるからでしょう。教師の雰囲気作りでこの場面の活発さは変わってくるように思います。

12/18 −語る(3)−「内側」
自分の生活の一部を切り取ってそれをおもしろおかしく紹介するのは一つの話術だと思いますが,朝のショートスピーチを続けていると,これがいつの間にかできるようになります。しかも自分の生活の一部を語り,自分の思いを語ることでクラスの中に自分自身を表していくことになります。それは,ある子にとっては,学校という自分にとって外の世界だったものが内の世界に変化していくきっかけになることもあります。

12/19 −語る(4)−「毎日」
日記に「毎日」励ましの赤ペンを入れ,人の面白い文や例えの秀でた文,言葉のリズムのある文などの紹介をしていると,子どもの書く文章は変わってきます。同じように「毎日」国語の最初の5分に10短文の漢字テストをしていると,子どもの漢字定着率は必ず上がってきます。そして,「毎日」朝のショートスピーチをしていると,人前で発言する度胸がつき,これが道徳や国語の時間の指名なし発言にもつながっていきます。

12/20 −語る(5)−「楽しさ」
国語の授業の中で討論会や発表会をすることで,「話し方」や「聞き方」のノウハウは学習できるとしても,実際に「聞く力」や「話す力」を一人ひとりが身につけるところまでを保障していくことは難しいものです。やはり毎日の生活の中に具体的な場を設定していくことが必要です。そのとき重要なポイントは「楽しめるものであること」ではないかと思っています。楽しさという要素があれば毎日でも続けていけるはずです。まただからこそ本当に身につくものになるはずです。

12/21 −語る(6)−「おもしろくない」
日記にしても朝のスピーチにしても「楽しいもの」は最初のうちはなかなか現れてこないものです。また,教師の求めるものが高すぎると「書かされる文」「言わされるスピーチ」になり,子どもたちにとって「ちっともおもしろくない」活動になります。これではお互いエネルギーの無駄遣いになり,作文や話すことに対して「いやーな」イメージを植え付けることになります。

12/22 −語る(7)−「増幅」
一々,一々人の言うことすることに反応し,注文をつける人がいますが,これを教室で子どもに行うと子どもも嫌になってきます。朝のスピーチにしても,注文などつけず,「どんなスピーチをしても先生は頷きながら喜んで聞いてくれる」というような姿を見せることが大切だと思っています。また,最初からそんなに上手に話ができるものではないし,ましてや「面白さ」など教師でも難しいものです。普通,楽しいから笑うのですが,逆に笑うから楽しくなるということもあります。子どもの話のほんのささいな部分に光をあて,それを何倍にも増幅していっしょに楽しんでいると,本当に楽しいものも少しずつ生まれてくるものです。

12/23 −語る(8)−「感心」
これは書くことでも同じです。子どもが書いた日記等の文章に対して注文ばかりの指導より,その文の中に含まれる価値を無理矢理にでも引き出して,思い切り感心してみせるところから子どもの文は変わっていき,「言葉」を意識して書くようになります。

12/24 −語る(9)−「一言」
日記でも朝のスピーチでも子どもを「その気」にさせられるかどうかが大きなポイントです。これは学級経営の根幹にかかわる大事な点でもあります。4月に出会ったクラスがある日分かれ道にさしかかります。教師と対立していく道と同じ方向を向いていく道です。どちらの道を行くかは教師の一言によって決まります。「このクラスはなんてまとまりのないクラスなんだ。」でいくか,「こんなに協力できるクラスは初めてだ。」でいくかです。

12/25 −語る(10)−「人間関係」
というわけで,「朝,子どもがにこやかな表情で自分を語る」ようになるにはそれなりの下地づくりと,その時その時の状況に応じた雰囲気を和らげるさりげない教師のフォローが必要です。そしてこういう活動が違和感なく楽しくできるかどうかは子どもとの人間関係のバロメーターになります。

12/30 −ルスツ−
29日までルスツに行ってきました。新千歳空港に着いてからの昼食は勿論「かに,いくら丼」。空港から1時間40分バスに乗ってルスツに到着。その日の夜は焼き肉レストランで食べ放題,飲み放題。2日目は生まれて初めてのボードに挑戦。スクールの先生に褒められました。夕方からは屋内プール。ミニウォータースライダーもありました。夜は近くの地元の居酒屋「マルミツ」で冷凍していないカニを食べました。そこで忘年会をされていた地元の美人美容師さん2人とそのお母さんと意気投合。お酒や海鮮鍋をおごってもらい,周囲の迷惑顧みず大声で笑い合い最後は握手で分かれ,楽しい北海道の思い出ができました。次の朝は4階のレストラン雪景色を見ながらの朝食。外は1日中氷点下の世界でした。ルスツには3つの山にスキーコースが37あり,総滑走距離42kmで,これは北海道一だそうです。3日目からはボードをスキーに替え標高868mの「イースト山」の山頂から,距離2.5km,幅が60mから100mある「イーストティーニュコース」で洞爺湖を眺めながら滑りました。ここではスキーの他にもスノーモービルや犬ぞり,スノーラフティング等々様々な体験ができます。ホテルの中にメリーゴーランドがあったり,外には氷で作った時計台もありました。お土産はカニと北海道といったらこれです。雪の上を歩く度にパウダースノーの感激を味わえる北海道に是非皆さんもいかがでしょうか。

12/31 −ありがとうございました− 
今年から何となく始め,そのうち書くこともなくなるだろうと思っていたこの一筆箋も,気がつけば1年間続けることができました。お忙しい中,このような大した内容も無い,独り善がりのHPを毎日のように見て下さった方に本当に心より感謝申し上げます。思い返せば,この1年間は私が教師になってから一番忙しい年だったように思います。教育界の大きな変化の荒波にもまれ続けたような年でした。しかし本質的にその忙しさが「教育」にかかわることである限りは,やりがいもあります。特に私のような小人は閑居すると怠けるばかりですので,荒波をどんどんかぶっていこうと覚悟を決めています。このHPも毎日のアクセスが一人でもある限り,来年からも少しずつ更新していきたいと思っています。お忙しい中温かいメール,メッセージを下さった方々,そっと開いて見ていて下さる方々,本当にありがとうございました。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

2004年1月へ

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月