「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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失われた神器 (初出 2010.8.15 renewal 2019.9.15)

【補注】
就職氷河期と呼ばれた時代に書いた文章だ。
私の想定していたとおりの結果になったと、思う。

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さらに年代を30年ばかり遡ってみよう。日本は高度成長期のまっただ中だ。 まさしく、終身雇用・年功序列・企業内労働組合の最盛期だった。
しかし、その時期にあっても、こうした原則が当てはまらない企業は多かった。いわゆる「中小企業」と呼ばれる規模の企業だ。
そして、会社のほとんどは当時も今も「中小企業」だから、日本の企業社会のほとんどは日本的経営の三種の神器と無縁だったことになる。 逆にいうと、終身雇用・年功序列・企業内労働組合が現実のものだったのは、大企業と行政機関だけに過ぎなかった。

昭和40年代、東京都の労働政策の柱は『労使関係の近代化』だった。 そして、具体的には「中小企業と大企業の格差是正」、その一つの効果として「中小企業における従業員の定着性の向上」に力点が置かれた。

中小企業の経営者は、「従業員が短期間で辞めてしまう」ことに悩まされていた。 (今と同じじゃないか!)
社会が大きくなっていくので、労働力は不足していた。 従業員にせっかく仕事を教えたのに、別の会社に引き抜かれる。 そうでなくても、少しでも労働条件のいい働き先を求めて、長続きしない。
規模の小さな企業は自社だけでは大企業のような贅沢な福利厚生は実現できない。 そこでその役割を行政が肩代わりしようということになり、中小企業勤労者の定着化に向けた支援策が、次々と着手された。
東京都も各区市に勤労福祉会館を建設、社団法人東京都勤労福祉協会を通じて、中小企業の福利厚生の改善を図ろうとした (※その後、勤労福祉会館は順次特別区に管理移管され、勤労福祉協会も平成15年に中小企業振興公社に吸収された)。

しかし高度成長が終わると風向きが変わった。
昭和61年(1986年)に労働者派遣法が施行。 しかし、その数年前から労働者派遣業は存在し、法律ができる頃にはむしろ、若者からジョブホッピングが歓迎されるような風潮となっていた。 法はこれを後追いで是認するような形で成立した。
国が公式に“派遣のような働き方”を認めた ――別の言い方をすれば、“倫理としての”終身雇用が、高度成長の終焉とともに、幕を下ろしたということになる。

「まさか」と思われるような企業が倒産し、中小企業ばかりでなく大企業の雇用安定も怪しくなっていく。 むしろ、企業を転々として移動していく生き方の方がいいのではないか、と考える人も多くなっていった。

一つの企業に勤め上げ、全身全霊でその会社のために尽くす――これ即ち“一所懸命”の思想に他ならない。
もともと、「終身雇用」なるものは実体の希薄な概念でしかなかったのかもしれない。
しかし、大多数の人たちが、それを「良いもの」として受け入れ、倫理的な価値を共有していた。 このことの意味は大きい。だから、失ったことのダメージも無視できないのである。

昔、労働組合のチラシなどには、資本家側の労働者搾取を比喩して、こんな表現が使われていた。
「キミが働くことによって、キミの給料は上がり、生活水準も良くなるかもしれない。 しかしその間に、会社の門構えはもっとずっと立派になっている」
要するに「利益を給料に回すより、企業の充実に回すのが資本主義というもんだよ」という説話だが、この例え話を聞いて違和感を感じる労働者も多かった。 従業員もまた、会社の門構えがもっと立派になってほしいと考えていたからだ。

立派な会社の一員として働けることに誇りを感じたいという気持ちは、理屈ではない。新築の社屋を見上げて、高揚感を感じるのは、何も経営者だけではない。
“一所懸命”の基礎には、こういった共同体意識があった。
大きな門構えの企業ですら、どんどん潰れてしまうのが不思議で無くなってしまった今、この話をしても、理解できる労働者は少ないかもしれない。

企業が与えてくれる報酬の範囲内で働く。好条件の企業が別にあれば、転職する――これは“一生懸命”であっても、“一所懸命”ではない。
こうした考え方が支配的になると、企業側の人事管理も自ずと違ってくる。

まず最初に、新規採用の従業員が「生涯その企業で働く」ということを前提に、人事を考えてみよう。

企業の人事担当はおそらく、その新採を「人の嫌がる仕事」に配置する。
人の嫌がる仕事というのは、キツイ仕事ばかりではない。 仕事には「もうすぐ廃止される仕事」「単純作業の繰り返し」「いわゆる使いっ走り」など、“働きがい”を実感できない仕事も含まれる。
一般的に新規採用者は仕事に不慣れなので、ただちに会社にペイするだけの貢献ができているかというと、はなはだ疑問である。 いくら給料が安いからといってもだ。
中小企業の社長に聞くならば「3年くらいは元が取れない」と答える人が多いのではないだろうか。

そういう新採の使い道としては、上記のような「人の嫌がる仕事」を与えるというのが合理的となる。 諸先輩もそういう道を歩いてきたのだし、そういう先輩社員に「いい仕事」を与えるためにも、「人の嫌がる仕事」は新米にやってもらわなければならない。
先輩社員は、その見返りとして、新米社員に「ちょっと付き合え」といって、飲み屋へ誘う。そこでの話題は、たいがい仕事の話と社員のウワサ話。こういった付き合いを重ねるうちに、新米社員は企業の風土に馴染んでいく。 一方、上司や先輩は、新人さんの性格を把握し、どうやってキャリアを積ませたらいいかを考える。 当時の表現を使うと、「将来、どんな社員にさせたいか?」ということになる。 そして、「だったら、今から○○のような仕事を教え込もう」という段取りになる。
そういう風景が、高度成長期の企業社会では普通だった。

逆に、「従業員は短期間のうちに転職してしまう」という前提に立つとどうなるか。

すぐに辞められてもらっては困るので、仕事はそこそこ希望するところにつける。 その代わり、本給はきわめて安く設定し、成績給部分を大きくする。だから、ひたすら忙しい。
忙しく働いても、多くは成果を達成できない。 そして、たくさん採用して、たくさん退職を繰り返す。
しかし、成果主義なので成績が上げられなくても会社の損失は少なくてすむ。 従業員側も、「しばらくは親元にパラサイトしていればいい・・・」くらいに考えているので、それはそれで納得する。

中には要領よく実績を上げる従業員もいる。そういう社員は思いきった抜擢をして昇進させる。
平成10年前後、各企業は競って「成績主義」を導入した。そして、年功序列がどんどん崩壊していった。
終身雇用という前提も希薄になっていった。
企業内労働組合の絆も細くなり、無関心層が増えた。
そして、会社への忠誠心も弱くなった。

うまく転職すれば大手企業に中途採用してもらうこともできるかもしれない。
大手企業も「社会の荒波にもまれた」人材を求めているからだ(※もっとも、そのタイミングが難しいし、再就職先で厚遇されるという確証もない)。

幸運に恵まれなかった残りの多くは、「自分が使い捨てにされてきたこと」に、遅くなって気がつく。
「前職の貴重な経験を次の仕事に生かす」というのがジョブホッピングなのだが、 こういう社会システムが定着すると、企業は「人としての成長」など、かまっていられなくなる。
20代前半ならまだいいが、30代になるとかなり転職の厳しい。逆に何某かのものを失って次の職に進む。

社会的に問題なのは、こうした不安定雇用層は、次世代を担う子供を育てるべき年齢でもあることだ。
22で大学を出て終身雇用の企業に入社すれば、30近くではすでに中堅クラスだ。
家庭を持たない社員に大きな取引権限を与えるのはリスクが伴う。 そこで企業としても、要職に就かせるために、従業員には「ぼちぼち身を固め」てもらわなくてはならない。
ところが20代後半で中途採用した従業員だと、まだ、その者がどんな人間だかわからない。 「当面は仕事に専念してくれ・・・」と、なる。
そうこうしているうちに、すぐ30代は過ぎる。気がつけば独身のまま。

とはいっても、企業としては、「社員の生活も大切にしてあげたいが、その余裕は無い。 行政が人件費分を補助でもしてくれるのか?」という言い分だろう。

こんなことが社会全体で展開されてしまっては、日本の国力そのものに影響が出るのも当然だ。
若者はモノを買わなくなる。少子化に歯止めがかからない。超々高齢社会がやってくる。

社会の側もそれに気付いてあたふたしているのだが・・・今から、間に合うだろうか?
(【補注】 率直に言って「間に合わなかった」と、今の私は考えている)(終)