「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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不安定万華鏡 (初出 2010.11.29 renewal 2019.9.15)

【補注】
さまざまな形態の労働力が出てきてしまって、それが不安定雇用につながっているという問題意識は、当時も今も変わらない。
が、本稿を掲載した頃は、かなり雇用情勢が悪かった。非正規従業員は、何かと不利な立場に立たされていたので、こういう文章を書いたのである。
今は状況がだいぶ違っている。
しかも、少子化で、労働力確保は今後とも難しい。
外国人労働者などを取り上げれば、本稿のような状況が見受けられるのかもしれないが、 なにぶん現場から離れてしまっているので、実際のところはよくわからない。

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ある土曜日の夜、飲み屋での会話だ。男性3人と女性1人のテーブルが、何やら騒がしい。仕事の件で憤慨している様子である。
聞き耳を立てると、こんな話だった。
彼らは、何かの芸術作品を作るクリエーター。 事情があって、制作責任者が交代した。 新しい責任者は相応の名声もあるようだが、それは畑違いの実績。 自分達の事業分野ではまったくの素人であり、お話にならない。 そこで、これからの製作方針について、今日に打合せが開かれた模様である。
しかしながら、彼ら4人の矛先は、現場の仕事がわかっていない責任者に向けられたものではない。 今日の打合せに、本社の企画部門メンバーが誰も来なかったことが、腹に据えかねているという。

「こんな大事な話なのに、なんで企画サイドは来ないの!」
「あの人たちは週休二日で、土曜は仕事をしないのが当然らしいよ」
「週休二日ねぇ・・・私たちには関係ない話よねぇ」
このやり取りからすると、彼ら4人は製作会社の下請け企業の従業員だと思われる。

昔と比べると、労働者の種類も複雑となった。
身分の安定している順番に並べると、こんな具合になる。
上記のメンバーは多分「正規の請負業者」に入る人たちだろう。

安定している 1. 正社員
2. パートタイマー
3. 契約社員(準正社員待遇)
4. 派遣社員
5. 偽装請負
6. 契約社員(フリーランス)
7. アルバイト(含.日々雇用)
不安定 8. 正規の請負業者

本稿は、注釈が多くなっている。こういうことを書くと、あれこれ例外事例を挙げて反論する人が必ずいるからだ。 上の表も“一般的には”という注釈付きだし、個別に見れば例外はたくさんある。
以下述べることも、あくまでも、私個人の見解だという前提で聞いてほしい。

1. パートタイマーの雇用はなぜ安定しているのか?

そこで、不思議に思われる向きもあろうかと思う。 なんで「パート」や「派遣社員」が上位にいるのだろうか、法的に問題のない請負業者が「偽装請負」より下なのだろうかと・・・。

労働法にはパートタイマーという言葉は出てこない。
一口にパートタイマーと言っても、種類は様々だ。ここでは、「正社員よりも勤務時間が短い従業員」と定義しておこう。 例えば、シフト制の交替勤務で、スーパーの売り場に立つ人たちのことになる。

会社はパートを大切にする。なぜなら、パート=顧客だからだ。
パートを邪険に扱えば店の評判に傷が付く。 給料の遅配でもしようものなら「あの店は危なそうだ」というウワサが蔓延する。 正社員に出す給料が不足していても、パートにはきちんと給料を出さなければ致命傷になる。
だから、パートは大切にしなければならない。

パートには年収の限界がある。
一般的には「103万円の壁」と言われているが(【補注】記述内容は初出時のもの、今は配偶者控除=150万円の壁になっている)、必ずしも103万円ではない。
130万円の場合(【補注】今でも、夫の社会保険の扶養に入れるは130万円まで)も多いし、人によっては、全然関係ない場合もある。
それでも「一定の収入に達する前に辞めなければならいない」と信じているパートは多い。このため自ら進んで短期雇用になり、身分の不安定さは増す。
しかし、労務管理の面から見れば、「正規雇用を申し入れる義務が減る」というメリットがある。
3か月程度のインターバルを挟みながら有期雇用を更新していけば、会社側から見れば、正社員を雇っているのと、さほど変わらない。

仕事を熟知した、顔なじみのパートさんたちが、繰り返し来てくれれば、売り場管理はひじょうにやりやすくなる。 ただし、そのためにはパートの供給源、すなわち地域の主婦が潤沢に存在しなければならない。
都心の食堂だと、忙しい11時~14時くらいの3時間程度を近隣のパートで補充することが可能だが、 そういう労働力の供給源が近くにいない地域だと、全日雇用にせざるを得ない。結果、労働コストが上がる。
また、新装開店直後は、なかなか人が集まらず大変らしい。 共稼ぎ世帯が多い地域や、お屋敷街、周囲に大規模住宅がない地域での人員確保も簡単にはいかない。
となれば、パートはますます大切な労働力ということになる。「あそこの店長はセクハラするらしい・・・」なんて風評が立つと、致命傷になる。

そんな裏事情があって、理論的には不安定雇用であるはずのパートタイマーの雇用が安定することになる。
(※注:くどいようだが、個々人別に見ると、そんな一般原則が当てはまらない場合も多い)

2. 契約社員(準正社員待遇)って、何?

「契約社員」という区分けも、労働法上には存在しない。 「正社員」も、労働契約に基づいて企業の従業員になっている。つまりは正社員も契約社員なのだ。
にもかかわらず、あらためて「契約社員」というくくりを企業が作ったのには意味がある。 また、表では、「準正社員待遇」の契約社員と、「フリーランス」の契約社員に分けた。この差は大きい。

ところで、通常、契約社員には「有期雇用の更新」と「年俸制」がつきものになっている。
準正社員待遇の契約社員とは、「試用期間中の者」と読み替えると、かなり取扱いが近くなる。

「1年更新の有期雇用で年俸制で採用したが、成績に問題がなければいずれは正社員に任用します。 とはいえ、日本の雇用慣習からいって解雇はひじょうに難しいので、取りあえず“契約社員”という名目でお勤めください」という内容になる。
「正社員にしたいんだけど、今のところ空きがないので、実態は同じなんだけど、名前だけがまんしてね」ということだ。 だから、契約社員のままずるずると更新を続けていると「事実上、期間の定めのない雇用となっている」とみなされることが多い。

実は、こういった雇用形態は、昭和20~30年代の都庁にあった。 事務処理上では“雇員同格”と添え書きすることが多かった。 わかりやすく言い換えると「ヒラ社員と同じ」という意味である。
昔も今も、都庁の職員の頭数はきっちり決まっている。 しかし、それでは急な仕事の対応できない場合も多い。 そこで、その頃は事業予算で職員を臨時採用することが、当たり前のように行われた。 そのようにして採用されたのが「雇員同格」の職員だ。そして彼らは、空きが出ると正規職員になっていった(※今は不可能)。

先輩から聞いた話だが、採用面接で「野球ができるか?」と聞かれ、「できます!」と答えたら、 「ちょうど職場の野球チームに欠員が出ているので入ってくれ」と言われ、都庁職員になったという。 まさかとは思うが、昭和20年代の話だから、本当かもしれない。
今から見れば問題がある制度だが、時代の過渡期であり、責められない事情もある。 むしろ、小難しい採用選考とは別経路で、世の中の経験の豊富な人間を簡単な面接で採用し、 じっくり人物を見ながら職務に耐えるかどうか判断するというやり方は、ある意味、賢明ともいえる。

とはいえ、これと同じ状況が平成の民間企業で、当たり前のように存在するのは、いささか問題と言わざるをえない。 名目が違うからだ。今の「契約社員」は、雇用調整のための方便として利用されている。

まず第一に「年俸制」だ。 年俸制にすると残業代の支払義務がないと、誤解している経営者は多い。 年俸制の労働契約の記載で、正しく残業代の取扱いを決めるとなると、こんな具合になる。

年俸額¥4,000,000-
ただし、上記金額には年間360時間相当の時間外勤務手当を含めるものとする。 実際の時間外勤務が年間で360時間を下回った場合は、上記金額を支払う。 実際の時間外勤務が年間で360時間を上回った場合は、法により計算した差額を、別途支払う。

このように“正しく”記載された労働契約書を、私は残念ながら今日に至るまで見たことがない。
(【補注】初出時2010年.平成22年、その後の労働基準監督署の指導強化や、労働基準法の超過勤務規制などが加わっているので、 ほんとうに“正しく”契約が結ばれていることも、多々あると、想像している)

年俸制にすると、契約更新時に、企業は簡単に年俸額を上下させることができる。 「嫌なら雇用更新しないよ」と圧力を掛けられるからだ。(※もちろん最低賃金以下にはできないが)

次には、「有期雇用」である。

有期雇用契約は、企業も従業員も拘束する。
仮に「1年間の有期雇用」で雇った従業員を半年で企業が解雇しなくてはならなくなったとする。 しかし、これは契約違反だ。企業が訴えられないためには、残りの半年分の賃金を支払わなければならない。だから、簡単には契約を解消できない。
従業員側も、途中でもっといい就職先が見つかったからといって、簡単にはそちらに転職できない。

ところが、契約更新のその時に限っては、企業も従業員も、一瞬白紙状態になる。続けるか否かは、双方の気持ち次第だ。
従業員側は生活がかかっているので、その刹那においては企業側が圧倒的に有利になる。 このため、意に沿わぬ年俸額も受け入れざるを得なくなるのである。
(【補注】再掲時の2019年は、雇用情勢が圧倒的に従業員側有利に変わっている。だいぶ様相も変わったいると思う)

こうしたことから、雇用情勢が労働者側有利で、その従業員にそれなりのスキルがあるならば、契約社員は安定雇用、そうでないなら、不安定雇用になる。

なお、名称が「パートタイマー」や「契約社員」であっても“直接雇用”には変わりはないので、労災保険は当然適用され、 条件を満たせば社会保険の負担も会社側に生じる。半年働けば有給休暇を与えなければならない。
もし、就業規則に契約社員の取扱いが明記されていて、こうした事項が遵守されていれば、ある程度は安心できる会社だといえる。
といっても、事前に確認できればいいのだが、それを面と向かって聞けば雇ってもらえなくなる可能性が高まる。そこのさじ加減が難しい。
その企業に知り合いがいるのなら、別ルートから聞いてみるのもよいだろう。
続く→