「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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モラルハザード:砂上の楼閣 (初出 2012.1.21 renewal 2019.9.15)

【補注】
本稿を掲載した頃と10年後の今日では、社会状況がかなり変わっていて、記載内容がそのまま適用できないことも多いのだが、本稿に書いたことは、 今でもまったくそのとおりではないか、と思う。
日本の生産現場が海外に進出し、現地の従業員にラインを任せると、やはり最初は何かとうまくいかないことも多い。 そこで、日本の技術者が現地指導に行ったときに、いろいろとアドバイスしていたらしい。
ところが、その後、日本国内に生産ラインが無くなってしまった。技術者は現場経験が乏しい。それでも、現地に行くと、現場の従業員からは質問攻めにあう。
しかし、それにキチンとした答えを示せない。これを、“DO、DOめぐり”と呼ぶという。“DO”とは、Plan,Do,Check,Actionの“Do”だ。 すなわち、計画の策定も、問題点の発見も、改善策の実行もできない技術者に成り下がっているという揶揄である。

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商売柄、世の中にひどい会社があることは知っている。
ほとんど価値のない商品を高額で売りさばいて発覚前にトンズラする企業。
「労働法なんか守っていたら事業なんてできない」と公言する経営者。
さすがにそういった会社はいつまでも存続できるものではないのだが、ひとつなくなっても、次から次から出てくる。 だから、ブラック企業がなくならない。

だが、ここでお話するのは、ごくごく普通の会社のことである。
ひじょうに生真面目な経営者と、仕事熱心な従業員がいる中堅企業。 そんな企業の経営が突然廃業する。そんなことが日常的に起こる時代になった。

ご承知のように、リーマンショックと3.11の東北大震災以来、社会情勢は大きく変化している。
だが、現実に経済に大きな影響を与えているのは、産業の空洞化と社会の高齢化だ。

シャッターを閉めた商店が増えた。
大店立地法(大規模小売店舗立地法)が平成10年5月に成立し、6月に公布された。 それまで規制色の強かった大店法が修正され、規制が緩和された。
その背景には、欧米からの規制緩和の要請があり、この流れに乗って、某おもちゃ販売店など、世界的企業が日本に進出することとなる。

識者は、規制緩和と海外勢の進出が、“シャッター商店街”の要因だと見るようだ。
しかし、それだけではないだろう。
以前から、スーパー、コンビニ、ドラッグストアーチェーン、100円均一ショップの蚕食によって小規模小売店は厳しい状況に置かれていた。 しかし、何とか耐えてはきてきたのだ。

商店がシャッターを閉めた最大の原因は、事業主の高齢化ではないか。
「自分たちは歳を取りすぎた。しかし、将来展望が見出せない中、後継者に継がせることはできない」という意識が、店じまいに繋がっている。
そして、規制緩和の風潮が、事業主の背中を押した。
特段根拠はないが、そんなところだと、私は感じている。

一方、大手の販売会社も、「商品が売れない。」と嘆く。
昔なら値段を下げれば売れないこともなかった。だが、今はいくら安くしても買ってもらえない。
おそらくその原因の多くは、社会が高齢化したことにある。
歳を取ると、購買意欲が落ちる。私の実感としても、そうだ。
“年寄り社会”が進めば、いかに新商品を作ったとしても売れない。
「『生産年齢人口減少に伴う就業者の減少』こそ、『平成不況』とそれに続いた『実感なき景気回復』の正体です。(デフレの正体 藻谷浩介 角川oneテーマ21)」

国内消費が振るわなければ、企業は販売先を諸外国に向ける。 さらに、海外の安い賃金を求めて生産拠点をアジア諸国に移す。 海外に拠点を持ち、現地の従業員を雇用し、国際的に商品を売る日本企業が増えた。 円高が定着すれば、この動きはさらに促進される。

しかし、単に利益を目的にして海外進出をすれば、現地にとっては経済大国日本による“搾取”としか受け止められない。 軋轢が強まれば、海外進出は成功しない。
そこで、企業は、現地従業員の中から優れた者をリーダーとして選び、現地に根付いた経営を進める。 そして気がつくと、諸外国の技術がナンバーワンを自負する日本を凌駕するようになっていた。

その結果、国内の雇用は減った。
とはいえ、日本企業の経営者が何も好きこのんで、国内雇用を悪化させたわけではないだろう。
今の経営者は、年代にすれば、高度成長期の競争を乗り切ってきた人たちだ。 そういう世代の経営者の目に、日本の若手労働者はどう映っているのか。もはや自分たちの企業を支える人材になりえないことに、薄々気がついているのではないか。

「最近、会社の人事・労務関係の方などからよく聞く話の一つとして、うつ病のタイプが昔とはかなり変化してきた、ということが挙げられます。 ・・・どういうことかというと、・・・最近は20~30代のさほど真面目でない若手の従業員が、いつの間にか休みがちになって病院からの診断書を持参し、 いきなり休職に入るというケースが目立つのです。 それだけでなく、・・・最近のうつ病では当人に自分の非を認める意識はなく、 むしろ上司や同僚への非難を隠さない、という傾向があります。 また、職場では抑うつ気分や頭痛など身体症状をさかんに訴え、仕事がなかなか捗らないのに、 休みの日にはパチンコや映画、スポーツなど私生活をエンジョイする、という二重人格的にも見える行動を平気でとったりします。 (総務のためのメンタルヘルス不調者対応実践マニュアル 森紀男、吉野真人、飛田秀成 日本法令)」














こうした傾向が多くの若者を支配するようになれば、<日本人=勤勉で努力家>、<外国人=合理的でドライ>という図式は崩れる。

「伝統的な技術持っていらっしゃる方が高齢で引退していくでしょう。若い人が継承しないんですよ。 せっかく今まで何十年と積み重ねた技術がそのまま消えていってしまう。」 (若林克彦 ハードロック工業社長 カンブリア宮殿4 村上龍 日本経済新聞出版社)。






先日、飲み屋で年配の商社マンとおぼしき2人の紳士が、こんな話をしていた。
「自分たちが就職先として商社を選んだのは、広く海外で自分の力を発揮できるからだった。 でも、今は、海外支店に出向させられるような仕事は嫌われて、不人気になっている・・・。時代も変わったもんだな。」

ゆとり世代は「欠乏」を知らない。だから「万一に備えて」という意識も薄い。さて、これからの難局を乗り切っていけるかどうか? 続く→