「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

 INDEX

派遣という働き方:コストか賃金か (初出 2010.3.7 renewal 2019.9.15)

【補注】
本稿をあらためて読み直し、わずか10年の間に世の中の様子がずいぶん変わっていることに驚いた。 派遣労働に関しては法律や統計の取り方も様変わりしていて、そのまま使えない。 ということで全面改訂することにした。

******

2015年(平成27年)までは国の統計(労働者派遣事業の事業報告)は一貫性をもって派遣労働者数をカウントしていた。
これによると、2008年(平成20年)まで派遣労働者数は順調に増加しており、ほぼ400万人になったが、急激に減少し、その後250万人で上下していることになっている。 明らかにリーマンショックの影響が直撃したといえる。

ただし「数字」については当てにならない。 一般派遣で働く人の中では、複数の派遣会社に登録しておくことが常識となっている。派遣会社の方でも、それを当然のように考えていて、特段、おとがめはない。
400万人のうち、大部分の280万人は「登録者数」だ。ここにはかなりの重複がある。
派遣労働者にとって予想外の落とし穴だったのは、派遣と派遣との間の空白期間だ。
最初に紹介したように、「働くときはガンガン働いて、お金が貯まったら、まとまった時間を使って海外旅行」というのが理想的な派遣のモデルだったわけだから、 派遣期間と派遣期間との間に空白があることはむしろ歓迎すべきであるはずだった。
が、派遣という働き方を「生活のための収入源」と捉えると、これはやっかいな問題になる。 仮にここで1か月のブランクが空くということになれば、11か月分の給料で1年間暮らさなければならないということと同じだ。 1か月の手取りが25万円あったとしても、1か月ブランクがあれば23万円に値減りする。
だから、派遣労働者の多くは、複数の派遣会社に登録しておき、できるだけこの空白期間がないように調整する。 知り合いの派遣社員に聞いたところでは「4社くらい登録するのが当然」ということだった。
しかも、同一人物でも短期間で出入りするだろうから、実際のところ派遣労働者の人数が何人なのか、誰にもわからない。
とはいえ、派遣を含めた非正規従業員が増えてきたということは、間違いないだろう。

さて、平成29年(2017年)の報告書によると、派遣労働者1人あたりの派遣料金(1日8時間に換算してある)は、一般事務従事者(有期雇用)で14,360円となっている。
これに対して、同カテゴリーで本人に支払われる賃金は、10,006円である。その差が派遣会社の実入りとなる。
仮に、新規採用従業員の給与月額が20万円だとすると、1日あたりは9,500円くらいになるはずなので、派遣労働者の賃金は新採と同じくらいだといえる (派遣の場合は交通費が出ないことが多いので)。
ところが、会社側から見えるのは派遣料金だけだ。派遣は業務が限定されていて、当然、即戦力が必須条件だ。 このため、会社は新採の5割増しぐらいの実績を派遣社員に求めるだろう。“給料は同じくらいなのに、1.5倍働け!” つらいところだ。

古今東西、あらゆる業種に共通し、ホワイトもブラックも同様に、企業の雇用管理には一つの普遍的な原則がある。
それは「よく働く従業員には、長く勤続してもらいたい」ということだ。
(逆に言えば「仕事のできない従業員は、早いとこ辞めてもらいたい」ということにもなる。)

派遣労働者として受け入れていた従業員がこの「よく働く」に該当していたときは、当然、受入企業は自社の従業員として雇い入れたいと思う。
このため、いったん派遣元との登録を解消させ、あらためて自社に雇い入れる、という手法をとる。 派遣元としては、評判の良い登録者を失うことになる。そんなことをされては派遣元もたまらない。
そこで、最初から直接雇用につなげることを前提とした「紹介予定派遣」という制度ができた。紹介予定だと派遣料金もお高くなる。 そうすることで、派遣元も受入企業も派遣労働者も三方得となるようになっている。
同じ趣旨で「派遣労働者に対する雇用契約の申込み義務」というのもできた。
(1)派遣受入期間の制限のある業務(製造業など)について、3年間の派遣受入制限に抵触した日以降も、派遣労働者を使用しようとする場合
(2)派遣受入期間の制限のない業務(旧26業務など)について、同一の業務に同一の派遣労働者を3年を超えて受け入れており、 その同一の業務に新たに労働者を雇い入れようとする場合
派遣先企業は「正規従業員にならないか」と打診しなくてはならない。

このように、行政も非正規従業員の正規化に努力してきた。
ようやく最近になって誰もが知るようになったが、「正社員は簡単には解雇できない」。
もちろん非正規従業員も有期雇用期間の途中だと解雇できない(=契約違反になる)のだが、期間終了時に契約更新を止められることがままある。 いわゆる「雇い止め」だ。
切りたいのに何らかの理由で更新が避けられない場合は、「派遣元会社自体を乗り換えてしまう」という強引な手段に出ることもできる。

そんなわけで、契約更新の際、有期雇用の立場はとても弱くなる。 このため「3年」を一定の目安として、正社員化するのか更新しないのか、受入企業の決断が促される仕組みになっているのだ。

一方の正社員は、長期雇用が前提とされ、年功序列賃金とそれに応じた能力の上昇が要求される。
――そのはずだった。
しかし、多くの企業からは、「従業員が定着しない」「採用してもすぐに辞めてしまう」というボヤキが聞こえてくる。
正社員=固定労働力、非正社員=流動的労働力、という図式もずいぶんと変わってきているように思える。

盤石で強固な「正社員」という岩盤の上に、不安定な非正規従業員が乗っかっている、と見られた雇用構造だったのだが、 いつの間にか正社員の側も、安定感が揺らいできている。
そうなると、企業側から見れば、「正社員だろうと、非正規従業員だろうと、どっちでもかまわない」ということになる。

最近になって目立つようになった“転職サイト”の誕生。 あるいは「辞めさせ屋」のような商売の発生。 いずれも、正社員側の方から、システムが変容しているように感じられてしまうのだ 続く→