INDEX
派遣という働き方:予期せぬ結末 (初出 2010.3.7 renewal 2019.9.15)
【補注】
以前のページは破棄し、次項を繰り上げた。
******
ある日の午後・・・
A子は派遣社員として、X社でもう2年以上勤務していた。
派遣期間が3年を越えることは、原則として許されない。X社はA子に対し、「弊社の社員にならないか?」と声をかける義務が生じる。
A子は内心、それを期待していた。
A子はX社の今の仕事が好きだったし、職場の人間関係にも気をつかってきた
その日、X社社員のB男がA子に、微笑みながら言った。
「A子さんと、このままずっと働けるといいな。派遣でも、長くなれば受入会社は雇い入れる義務が出るって聞いてるけど、A子さんは、そうなったらOKしてくれる?」
「そうなれば嬉しいんだけれど・・・。無理よね」と、A子。
「だったら、僕から部長に頼んでみるよ。A子さんなら間違いないよ」とB男。
B男は早速、上司C課長に、国が定めた「雇い入れ義務」について、説明した。
国は、企業が派遣労働者をずるずると長期間更新させるのを良しとしていなかった。
派遣労働者の身分の安定を誘導しようとする政策の一環であり、この考え方は間違っていない。
B男は、A子の働きぶりの良さを力説し、人事部に検討を促すよう、懇願した。
C課長は、「人事に前向きに検討するように要請するよ」とB男に答えはしたが、内心、「弱ったな」と思った。
というのも、C課長は、すべての部下がA子に好意的ではないことに気づいていたからである。
たしかにA子は、気立てもいいし仕事もできる。周りの男子社員のウケもいい。
しかし、A子は真面目な性格で、自分の仕事に対して厳格に対応していた。社員の中には、A子の叱責を受けるものも少なくなかった。
そういうルーズな社員にとっては、A子は煙たい存在だったのだ。
それゆえにA子の存在を内心歓迎していない社員もいることを知っていた。
職場の管理者としては、こういうところまで気配りができているのが当然だ。
「少し、派遣受入の期間が長くなりすぎたかな・・・」と、C課長は思った。
とはいえ、B男との約束もあるので、C課長は人事部に、雇い入れの是非を尋ねた。
人事部のD部長は、にべもなかった。
「そんなに仕事ができるのだったら、キミが退職したらどうだ? そうすれば席が空くから、雇う余裕も出る」
そこまで言われてしまっては、C課長は返す言葉がない。
D部長は人事担当として、企業の人員管理の責任がある。当然、中長期的な人員配置計画に基づいて、企業は運営される。
これを乱さないために、派遣社員を受け入れているのだ。
立場上、D部長の判断は間違っていない。人事担当というのは、情に流されないことを常としなければ、勤まらない。
C課長は、「かなり厳しそうだ」という話を、B男に伝えた。
B男としては、A子にどう説明したらいいか、わからない。
饒舌なB男の口数が少なくなったのを見て、察しのいいA子は「自分の希望が通らなかったのだな」と悟った。
しかし、それで話は終わったわけではなかった。
人事部の中では、「そろそろ派遣会社を変更する時期」という話題で、打合せが開かれていた。
こうして、派遣契約先企業の変更に伴い、A子はまもなく、会社を去ることになる・・・・。
人は組織の中で働くとき、それぞれ自分の立ち位置を持っている。
ここに登場するA子、B男、C課長、D部長は、それぞれの立ち位置で、正しい判断を行っている。
派遣労働者に対する雇用申し入れ義務を設けた国も、間違った制度を作ったわけではない。
ひょっとして「雇用申し入れ」が義務づけられていなかったなら、A子は引き続きだらだらと雇用を継続できたかもしれない。
しかし、結果として、予定されているのとは逆の結果に行き着いた。
A子がそのまま会社で働きつづけるには、どうすれば賢明だったのか。
「正社員にはなりたくありません。けれど、この会社にはできるだけ長く置いてもらいたいんです」と、主張した方が賢明だったのかもしれない。
しかし、それも、どこか変だ。
「派遣労働者と正社員とは峻別されなければならない」という、根源的な問題から導かれた悲劇である。
言うまでもないことだが、この話はフィクションである。しかし、起こりうるケースであろう。
実は私もかつて派遣社員を部下にもって働いたことがある。彼女らは、実際、ひじょうによく働いてくれた。
当時は法も未整備で、雇用申込みや雇入期限などの決まりもなかった。雇用更新ができなくなったとき、それを伝えるのは私の役目だ。
しかも、その可能性は常にあった。
同じような「心づもり」を抱えながら、派遣社員を見つめている職場管理者は、今も多いことだと思う。(終)